蛍火

真田晃

文字の大きさ
上 下
30 / 71

30.

しおりを挟む

「逃げるように引っ越したのに。新しい家でも、学校でも、噂はついて回ってきて。結局、僕に居場所なんて……何処にも無かったんです。
そんな時、荷物の中に手紙を見つけて。……嬉しくて」
「……」
「返事を貰えるなんて、思ってません。……ただ、居場所ならここにあるよって、そう言われたような気がして」
「……」

それまで黙っていた教師が、振り返って白川に顔を向ける。
黒縁眼鏡の奥に潜む、静かな二つの眼。

「……辛かったな」

神妙な声で、ぽつりと呟く。

「あの時──小山内先生と君の家に乗り込んだ時のあの光景は、今でも目に焼きついてるよ。
……あれは、常人のする事じゃない」
「……」
「君はこれまで、随分と辛い思いをしてきたんだ。……きっとこの先は、幸せな事しか待っていないよ」
「……」

教師の言葉に、白川の表情が陰る。
あの光景──一体、白川は父親に、何をされていたというんだろう。
まさか、殺されそうになった……とか……?

「先生で良ければ、頼ってくれ。小山内先生のような力はなくとも、……君の話を聞いてあげる事は、できるから」
「………はい」

そう言った教師を見上げ、白川が困ったように微笑む。
何とも頼りない台詞だと、部外者の僕でも思う。



さわさわさわ……
自然公園の木の葉が擦れ、夏特有の湿った風が頬を撫でる。

「……もう直ぐ、夏祭りなんですね」

白川が、建設中の櫓へと視線を向ける。

「見たかったな……小山内先生の法被姿」
「……」

そう吐露する白川の隣で、教師が背中を丸め、後頭部の髪をガシガシと掻き混ぜる。


──もしかして。
白川が、僕の時代に現れたのは……
小山内先生の法被姿を……見たかったから……?
おかしな思考に行き着いている事に気付き、そんな訳はないと頭を振って打ち消す。
白川の過去に、何があったかは知らない。けど、小山内先生を今でも想い続けているのだけは、伝わってくる。

……何だろう。
僕が麻生さんを密かに想っているのと、似ている気がして。
胸の奥がキュッと痛い。


「……神輿を、見に行かないか?」
「え……」

思わぬ台詞に、白川が困惑したような声を上げる。

「小山内先生が来るまで、まだ時間はある」
「……」
「この気候条件で見られるかは解らないが、そろそろ蛍も飛んでいる頃だろう」
「………でも、」


「なんで、……そうなるかな……ッ!」


突然、教師が声を荒げる。
思い詰めたように、片手で後頭部を掻き毟りながら。

「言っただろう……! 君は何も恥じる事は無いんだ。……人の好意は、素直に受け取りなさい」
「……」

白川の肩がビクンと震え、脅えた瞳を大きく揺らす。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『手紙を書いて、君に送るよ』  

葉月
BL
俺(晶《あきら》)には、その人のことを考えると、心が震え、泣きたくなるほど好きな人がいる。 でも、その人が…。 先輩が想いを寄せるのは俺じゃない。 その人が想いを寄せているのは、俺の幼なじみの薫。 だけど、それでもいいんだ。 先輩と薫が幸せで、俺が2人のそばにいられるのなら。 だが7月5日。 晶の誕生日に事件がおこり… そこから狂い始めた歯車。 『俺たちってさ…、付き合ってたのか?』 記憶を無くした先輩の問いかけに、俺は 『はい、俺、先輩の恋人です』 嘘をついた。 晶がついた嘘の行方は…… 表紙の素敵なイラストは大好き絵師様、『七瀬』様に描いていただきました!! 少し長めの短編(?)を書くのは初めてで、ドキドキしていますが、読んでいただけると嬉しいです。 よろしくお願いします(*´˘`*)♡

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。 このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。 そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。 一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて… 那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。 ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩 《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

「優秀で美青年な友人の精液を飲むと頭が良くなってイケメンになれるらしい」ので、友人にお願いしてみた。

和泉奏
BL
頭も良くて美青年な完璧男な友人から液を搾取する話。

共に行く者【BL風・ホラー/オカルト】

hosimure
BL
オレ、南條(なんじょう)和城(かずしろ)は仲の良い同級生たちと、グループとして一緒にいた。 特に仲が良かったのは、幼馴染の角汰(かくた)孝一(こういち)。 温厚で控え目だが、本当は頑固で真っ直ぐなヤツだ。 しかし最近、1人の女の子がグループに入ってきたことにより、グループ内の雰囲気がおかしくなった。 これはどうするべきか…。

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

物語のその後

キサラギムツキ
BL
勇者パーティーの賢者が、たった1つ望んだものは……… 1話受け視点。2話攻め視点。 2日に分けて投稿予約済み ほぼバッドエンドよりのメリバ

処理中です...