私を抱いて…離さないで

第二章 人と、金と…

58.

机に付いた手を此方に伸ばし、軽く折り曲げた人差し指を私の顎先に引っ掛け、くいと持ち上げる。

「……」

──どうして……？
何でそこまで踏み込んでくるの？
そんなの、私の自由じゃない。
私は、ただお金が欲しいだけ。先輩の彼女になりたい訳じゃない。
お金なの。
今の私に必要なのは、お金。
祐輔くんの為に使うお金なの。
脅されてはいたけれど、割り切ってAV出演を引き受けようと思っていたのに。
……何で。
何で、邪魔するの。強制するの。
何で先輩の取り巻き達に、目を付けられなくちゃいけないの。
私は先輩の、一体何なの──？！

「……」

積もり積もったものが、遂に心の中で爆発する。
──だけど。カースト上位の先輩に、そんな事が言える訳もなく……

「……果穂？」

何の反応も示さない私に、先輩が細めた視線のまま声を掛けてくる。

「…………」

僅かながら小さく頷けば、それに納得したのか。爽やかな笑みを見せた先輩が、顎に掛けた指を外す。


「あっ、安藤せんぱーい！」

突然。講義室の入り口から聞こえる、甘ったるい猫なで声。見れば先輩の取り巻きの一人が、そこから手を振っていた。

「………おー、どうした？」
「どうしたぁ？　じゃないですよぉ。もう他の先輩達、集合してますよー！」
「オッケー。すぐ行くよ！」

背を向け、立ち去る彼女に手を降り返す先輩。

「……」

本当に、どういうつもりなんだろう。
先約があったのに、どうして『今日、家に来れる？』なんて、私に声を掛けたの？

「……これから仲間内で飲み会なんだ。
果穂の声が聞きたいから……バイトが終わったら、電話して」

悪びれた様子もなく、爽やかな笑顔を残して先輩が去って行く。

「……」

もしかして……女の子をお持ち帰り出来なかった時の、保険にしたかった、とか？

身体だけじゃなく、私の心まで思い通りにしようとするなんて。
先輩から、こんな屈辱を受けるなんて思わなかった。