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第二章 人と、金と…
52.
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「……でも、ありがとう。
俺の為に用意してくれたんだよね」
「……」
「その気持ちだけで、充分。……あ、俺も飲んでいい?」
少し砕けた笑顔を向け、美麗がミネラルウォーターに手を伸ばす。
ペットボトルのキャップを空け、そのまま口を付けてゴクゴクと飲む。
「………色んな所でアルコール入れたから、結構キツくて」
「……」
「今は、これが一番だな」
はは……と、あどけない表情で美麗が笑う。
細客にも神対応──多分、気を遣って盛り上げようとしてくれているんだろう。
そう感じているのに、震える。
心が、震える……
「……だから、気にしないで」
目の前にスッと差し出される、ハンカチ。
あの時と同じ……光景……
「………え、」
驚いて美麗を見上げれば……スッと顔を近付けた美麗が私の頬に触れる。下瞼に添えた親指が、ゆっくりと涙の跡を拭い……
「……ね。果穂ちゃん」
「……」
くっきりとした二重。
その瞳が、間近で合う。
さっきまでの雰囲気が消え、甘く作り変えられていく空気。
真っ直ぐに向けられたその双眸から、目が離せない。
触れられた所が、熱い──
ドクン、ドクン、
整わない呼吸。熱くなっていく頬。
心臓が破裂する程、ドキドキして止まらない。
「何でかな。果穂ちゃんといると、凄く──落ち着く」
触れていた指が、スッと離れる。
何に戸惑ったのか。台詞を吐いて直ぐ、美麗の瞳が大きく揺れた。
「………前に、話したよね」
「……」
「俺、施設にいたって」
僅かに伏せられた美麗の瞳に、陰りが見える。
何時になく、静かで真剣な口調。
「……色んな蟠りがあって。家族も友達も、過去の自分も……全部捨てたかったんだよ。この街に飛び込めば、本当の居場所が見つかるかもしれないって。
でも、結局……俺は、積み重ねてきた過去の上に存在するんだって。思い知らされただけ……」
「……」
「だからかな。果穂ちゃんを見てると、昔を思い出すんだよ。……まだ汚れてなかった頃の、俺を」
「……」
居場所──それは、私も同じ。
血の繋がりはあるのに、ずっと疎外感しか無かった。親子や兄弟の絆とか、そういうものを感じた事なんて、一度もない。
……祐輔くんは、ご両親に引き取られた後、どうしていたんだろう……
ご両親と、何があったんだろう……
「……ごめんね。何か酔い過ぎて、俺変な事喋ってるよね」
はは……、と祐輔くんが、笑って誤魔化す。いつもと同じ、元気な声。
「……ううん。私も、……」
施設にいたんだよ──
そう口にしそうになった時──背後から現れた黒服が、美麗にそっと耳打ちをする。
「……ごめん。ちょっと出掛けてくるね。すぐ戻ってくるから。……待ってて」
いつもの明るい笑顔を残し、美麗が黒服と共に席を立つ。
煌びやかなシャンデリアの下、光り輝く美麗が、他の卓に向かいながら元気よく手を振った。
「……」
席に着いてから、まだほんの数分。
祐輔くんが長くいられるのは、やっぱりお金を多く落としてくれる所で。
……今の私は、この店にとって価値の低い……細客でしかなかった。
俺の為に用意してくれたんだよね」
「……」
「その気持ちだけで、充分。……あ、俺も飲んでいい?」
少し砕けた笑顔を向け、美麗がミネラルウォーターに手を伸ばす。
ペットボトルのキャップを空け、そのまま口を付けてゴクゴクと飲む。
「………色んな所でアルコール入れたから、結構キツくて」
「……」
「今は、これが一番だな」
はは……と、あどけない表情で美麗が笑う。
細客にも神対応──多分、気を遣って盛り上げようとしてくれているんだろう。
そう感じているのに、震える。
心が、震える……
「……だから、気にしないで」
目の前にスッと差し出される、ハンカチ。
あの時と同じ……光景……
「………え、」
驚いて美麗を見上げれば……スッと顔を近付けた美麗が私の頬に触れる。下瞼に添えた親指が、ゆっくりと涙の跡を拭い……
「……ね。果穂ちゃん」
「……」
くっきりとした二重。
その瞳が、間近で合う。
さっきまでの雰囲気が消え、甘く作り変えられていく空気。
真っ直ぐに向けられたその双眸から、目が離せない。
触れられた所が、熱い──
ドクン、ドクン、
整わない呼吸。熱くなっていく頬。
心臓が破裂する程、ドキドキして止まらない。
「何でかな。果穂ちゃんといると、凄く──落ち着く」
触れていた指が、スッと離れる。
何に戸惑ったのか。台詞を吐いて直ぐ、美麗の瞳が大きく揺れた。
「………前に、話したよね」
「……」
「俺、施設にいたって」
僅かに伏せられた美麗の瞳に、陰りが見える。
何時になく、静かで真剣な口調。
「……色んな蟠りがあって。家族も友達も、過去の自分も……全部捨てたかったんだよ。この街に飛び込めば、本当の居場所が見つかるかもしれないって。
でも、結局……俺は、積み重ねてきた過去の上に存在するんだって。思い知らされただけ……」
「……」
「だからかな。果穂ちゃんを見てると、昔を思い出すんだよ。……まだ汚れてなかった頃の、俺を」
「……」
居場所──それは、私も同じ。
血の繋がりはあるのに、ずっと疎外感しか無かった。親子や兄弟の絆とか、そういうものを感じた事なんて、一度もない。
……祐輔くんは、ご両親に引き取られた後、どうしていたんだろう……
ご両親と、何があったんだろう……
「……ごめんね。何か酔い過ぎて、俺変な事喋ってるよね」
はは……、と祐輔くんが、笑って誤魔化す。いつもと同じ、元気な声。
「……ううん。私も、……」
施設にいたんだよ──
そう口にしそうになった時──背後から現れた黒服が、美麗にそっと耳打ちをする。
「……ごめん。ちょっと出掛けてくるね。すぐ戻ってくるから。……待ってて」
いつもの明るい笑顔を残し、美麗が黒服と共に席を立つ。
煌びやかなシャンデリアの下、光り輝く美麗が、他の卓に向かいながら元気よく手を振った。
「……」
席に着いてから、まだほんの数分。
祐輔くんが長くいられるのは、やっぱりお金を多く落としてくれる所で。
……今の私は、この店にとって価値の低い……細客でしかなかった。
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