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第一章 初恋の人
39.
しおりを挟むふらふらとネオン街を彷徨う身体は、見知ったビルの前に辿り着く。
見上げれば、雨で薄白けた空に『雅-Miyabi-』の看板が眩しい程に輝いていた。
「……あー、雨かよ。どうする、美麗」
──美麗。
その名前に弾かれたようにびくんと身体が跳ね、瞬間、視界が冴える。
「どうしますか。諦めます?」
「………あー、いや。小降りになったら行くぞ」
エレベーターから降りてきたらしい、ラフな格好をした二人組の男。
一人は、先輩風を吹かせているホスト。そして、もう一人は……
「──、!」
咄嗟に、壁際に張り付いて隠れる。
「所で美麗。お前、例のオバサンと枕したろ」
「……はは。何ですか、それ」
「誤魔化すんじゃねーよ。
ったく、見りゃあ解んだよ。あのオバサンの、美麗を見る目付き。……あの執着ぶりは、マジでヤベぇぞ」
「……」
……枕……
枕って、確か………
瞬間。裸になった祐輔くんが、年配女性を優しくベッドに組み敷く構図が、頭の中を支配する。
「金持った寂しい独身女を、あんまり惚れさせんなよ。そのうち後ろから刺されても、知らねぇからな」
「……」
祐輔くんからの、否定的な言葉はない。
つまり……そういう、事……なんだろう。
……なんだ。
やってる事は、私と同じ……
同じ……だよね。
同郷で、同じ境遇。過去を捨てた祐輔くんだって……そういう事……するよね……
──ズキン……
そう言い聞かせるのに……胸の奥が、痛い……
苦しい……
「まぁでも。美麗の太客には変わりねぇよな。……あー、何だっけ。大学生の……」
「……果穂ちゃん?」
「そうそう。あーいう細客は、早めに手を打っとけよ。
キャバでもソープでも、どこでもいーから沈めて金作らせるか、見切るかのどっちかにしろ」
「……」
「お前、ここで天下取りたいんだろ?」
″いいよ。来てくれるだけで充分嬉しいから″
祐輔くんの優しい笑顔と声が重なって、蘇る。
「………そうですね。考えておきます」
ザァーッ……
雨に混じって、美麗の淡々とした返事が聞こえる。
その声は酷く冷めていて、とても祐輔くんの声とは思えなかった。
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