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出入口の方を見ると、もうマスコミが集まっていた。数台のカメラとレポーター。ジャーナリスト。時折焚かれるフラッシュの数々。

「……」

単なる殺傷事件なら、きっとこんなに騒がれなかった。この報道陣の多さが、皮肉な事にアゲハの人気を物語っている。

「……姫」

呼ばれて振り向けば、少し離れた所からモルが手招きをしていた。

「裏に車付てるんで、今のうちに行きましょう」
「……」

返事もせず、隣の岩瀬に目をやる。
顔を上げた岩瀬が涙ぐんだ眼を此方に向け、口角を少しだけ持ち上げる。


「……」


若葉の為に涙を流す岩瀬に、僕は何て声を掛けていいか解らなかった。

ありがとうございます、とか。ご迷惑をおかけしました、とか。そんな取って付けたような言葉は、きっと要らない。
若葉をお願いします、なんていう台詞も……何だか変だ。

春コートの袖に腕を通し、スッと立ち上がって岩瀬を見下ろす。


「……さよなら」


憔悴した表情の岩瀨にそう告げると、寂しそうに僕を見つめていた眼が伏せられ、静かに肩を震わせた。






モルに誘導され、裏手に出る。
もうすぐ春だというのに、夜はまだ真冬のように寒くて。薄手の春コート一枚だけでは賄いきれず、感覚が麻痺する程身体が冷えきっていた。

「乗って下さいッス」

開けて貰った後部座席に乗り込めば、暖房の効いた空気が露出した僕の肌を纏う。

「……姫」

運転席のドアを閉め、シートベルトを締めたモルが僕に話し掛ける。

「これから、リュウさんの所に向かいます」
「……ぇ……」

驚いて顔を上げれば、ルームミラー越しのモルと目が合った。

「危険な目に遭わせる位なら、もう遠くに置いときたくはないそうッス」
「……」
「って事で。覚悟はいいっスか?」


『今、組織内で跡目争いが始まってて、実は……結構危険なんスよ』『
もし姫がリュウさんの女だってバレたら、結構マズイ事になるッスから』──脳裏を過るモルの言葉が、不穏な空気を連れてくる。

でも、竜一の傍にいられるなら──


「……うん」





マスコミが集まる直ぐ脇を通り抜け、車は闇夜へと向かって走る。

……もう、後戻りはできない。
もしかしたら、今まで以上に危険な目に遭うかもしれない。

車窓の外を眺めながら、膝の上に置いた手に力を籠める。

そんな緊迫感の中、カーラジオから流れる音楽があまりに軽快で。『好きだ』『愛してる』を繰り返す歌詞に、思わず笑みが溢れてしまう。

「……ふふ」
「え、なに笑ってんスか?」

そんな僕に、モルが少し呆れたような声を上げた。





【Series4 end】


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