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「ふふ、いい子だから……こっちへおいで」


優しくも不穏な声。
静かに僕を見下ろす若葉の口元が、妖しげに微笑む。

「……」

いま、捕まる訳にはいかない。
外に出て、助けを呼ばなくちゃ……

平常心を保つ為の呼吸を繰り返し、本能的に立ち上がって床を蹴る。


──はぁ、はぁ、

裸足のまま玄関の叩きに降り、ドアノブと鍵に手を伸ばす。


ガチ、ガチガチッ……

早く開けたいのに。焦りと恐怖から指が震えて、上手く抓みを回せない。


はぁ、はぁ……
……ガチガチッ、



「──それとも。このままアゲハを見殺しにしたい?」



耳元で囁かれる、若葉の低声。
その瞬間──息が止まる。

──トン、
強張った肩を掴む、柔らかな手。鼻腔に纏わり付く、甘っとろい色香。視界の直ぐ下に映る──不気味に光るナイフの刃先。


殺される──


そう直感し、背筋が凍り付く。
このドア一枚隔てた向こうには、明るい未来が待ち構えているというのに……


「……」


昔から、そうだ。
ヒステリックな母の前では、いつも僕は無力だった。幼い頃に植え付けられた恐怖は相当なもので。身を守る為の反抗心さえも、容赦なく削り取られてしまう。
……ずっと、足枷だった。
必要以上の恐怖が襲い、簡単に臆病にさせる。


だけど……諦めたくない。

こんな僕を、アゲハは命がけで助けようとしてくれたんだから───!



──ガチャンッ



抓みが、動く。

まるで希望の音が鳴り響いたかのよう──解錠したドアに体当たりし、必死で押し開け、素足のまま外に飛び出す。







「……おぉっ、と」

大きく開いたドア向こう──そこに立つ人影に飛び込む。

誰だっていい──全裸だという羞恥すらも脱ぎ捨て、迫りくる恐怖から逃れようとしがみ付く。


「……さくら、くん?」


聞き覚えのある声に驚き、怖ず怖ずと顔を上げれば……そこにいたのは、制服姿の岩瀬巡査。


「えっ、姫──?!」


その陰からひょいと姿を現したのは、春用のロングコートを羽織ったモル。

「ど、どうしたんッスかっ。ていうか、何で裸ッスか?!」

慌てふためくその様子に、何故か酷くホッとする。
岩瀬から離れ、導かれる様にふらっとモルに近付くと、倒れるようにして身体を預ける。

「……って、姫?!」

気を失いそうになるのを堪え、抱えてくれたモルの腕にしがみ付く。



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