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しおりを挟む膝枕を受け、背中を丸めた若葉に抱き締められるアゲハ。その頭部はアゲハの長い髪によって遮られ、此方からは様子が窺えない。だらんと床に付いた腕。それがゆっくりと持ち上がり、立てた人差し指の先がドアへと向けられる。
「……!」
手足が震えるのを必死に抑え、身体を半回転させて四つん這いになる。
『逃げろ』──アゲハに、そう言われたような気がして。
臆病になる手を前に出し、息を潜めながら進む。
……アゲハ……
手の甲でぐいと顔を拭い、浅くなってしまう呼吸を深くしながら血の気が引いていく脳に酸素を送る。
……どうか、無事でいて……
後方から聞こえる、若葉の啜り泣く声。恐怖と不安に駆られながらも、一歩、また一歩と確実にドアへと向かう。
ズリ、ズリリ……
ふくらはぎから足首にかけて巻き付いた薄手のケット。動く度に擦る音を立てている事に気付き、払い取ろうと振り返ると──
「───待て、さくらッ!」
空気を震わす低い怒声。
血糊の付いたナイフを握り、スッと立ち上がった若葉が──この異常な惨劇をものともせず、僕に飛び掛かる。
「……!」
ザクッ、──ケットごと足を引っ込めれば、それまであった所にナイフが突き立てられる。
……はぁ、はぁ、はぁ
ケットから足を引き抜き、まるで死にかけの虫の如く、床に這いつくばったまま必死に手足を動かす。
……逃げなきゃ、
やっとの思いで立ち上がり、転がるようにして隣の部屋へと出る。
「……さくら……」
先程までとは違う。ねっとりと纏わり付くような猫撫で声。
人を殺した経験が、あるからだろうか──
腰が抜け、全身に力が入らない僕とは違い、引き戸の奥から姿を現した若葉は足下がしっかりとしていた。
「……っ、」
──ガタンッ、
逃げようとして足が縺れ、ドアの端に身体をぶつけて廊下に倒れる。
ススス……
床の上を滑るように、近付く足音。
「……」
滑らかな肌。それを覆い隠す長い髪。血塗れた手に握られる、バタフライナイフ。
この闇の中でも解る程の妖艶な若葉が、今は不気味な姿にしか映らない。
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