34 / 80
34.過去
しおりを挟む×××
それから暫く、平穏な日々が続いた。
ハイジが望んでいた通り、陽の当たる世界に身を置いてはいるけれど。僕だけがこの場所にいていいのか……時々、解らなくなってしまう。
突然襲う不安。重くのし掛かる罪悪感。胸が、押し潰されそうになる。
それでも。立ち止まってなんかいられない。
前へと、進まなくちゃ……
*
「おぉー! 凄いご馳走じゃないですかっ!」
小さな長テーブルの真ん中に置かれた、二~三人用の土鍋。卓上コンロでグツグツと具材が煮え、立ち上る湯気のお陰で部屋の中がしっとりとして温かい。
寄せ鍋の中身を立ったまま覗き込んだ岩瀨が、コートを脱いでマフラーを外す。
「美味そうだなぁ。これ、若葉さんが?」
「ええ。……って、言いたい所だけど。これ全部、さくらが用意してくれたのよ」
「………へぇ、」
それまで嬉しそうにニヤけていた顔が、一瞬引き攣る。邪魔者の僕ではなく、大好きな若葉の手料理を期待していたんだろう。
引っ越し当日、僕が倒れてしまったせいで延期になっていた食事会。岩瀨は遠慮していたそうだけど。手伝って貰った上に残りの手続きまでして貰った手前、そういう訳にはいかず。
「それ、預かるわね」
「……あぁ、すいません」
受け取った岩瀨のコートとマフラーを、ハンガーに掛ける若葉。その様子を見つめながら、テーブル前に腰を下ろす岩瀨。二人の様子を見守った後、台所へと足先を向ける。
「……」
スーパーでの一件もあって、気まずいと思っていたけれど。岩瀨の方は、別段気にしてないようだった。寧ろ、若葉に夢中でそれ所じゃないんだろうけど。
冷蔵庫から缶ビールを二本取り出し、パタンとドアを閉める。コップや取り皿等は既に用意してある為、真っ直ぐ居間へと戻る。
「嫌いなものがあったら、遠慮無く言ってね」
綺麗な所作で、岩瀨の深皿に鍋の具材をよそる若葉。その様子をじっと見つめる岩瀨。その瞳は何処か潤み、少しだけ顔を綻ばせているようにも見えた。
「……」
もし、この二人が付き合う事になったとしたら。
きっと僕は、本当に邪魔な存在でしかない。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる