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「……」

凄い、剣幕……
思い返せば、母が僕以外の人にキツく当たる所なんて、見た事がなかった。確かにアゲハを溺愛していたけれど、執着とは少し違う。クラスの女子達が訪ねて来た時、穏やかな顔つきで対応していたのをよく覚えている。

「……僕も」

食器を拭きながら、唇から言葉が零れ落ちる。

「僕も、アゲハ目当ての女達に……踏み台にされてました」

カチャン、
水気を軽く切って籠に入れた若葉が、此方を横目で見る。

「『友達になろう』って。心の中では、そんな事思ってない癖に。気持ち悪いくらいの笑顔を貼り付けて、僕に近付いて。……でも、話し掛けてくる内容は、決まってアゲハの質問ばかりでした」
「……」
「中には、女性教師もいて。事ある毎に呼び出されては、本当にうんざりする程、しつこく聞かれて……」
「………そう」

静かにそう言った若葉が、蛇口の水を止める。

「それは、今も続いてるの?」

さっきまでとは違う、少し重たい空気。若葉の声が、何処となく尖ったように聞こえる。

「ゲイの噂が流れてからは……」

拭き終わった食器をそっと重ね、目を伏せたまま首を横に振る。

「アゲハ王子の恥さらしだって、遠巻きにされてます」
「……」
「でも、その方が気が楽で……結果的に、良かったんですけど……」

……なに、言ってるんだろう。
拭き終わった食器類を持ち上げ、若葉から目を逸らしたまま背を向ける。食器棚に其れ等を収めながら、軽く自己嫌悪に陥る。


「けど。……なぁに?」


ふわっ、

両肩に腕を乗せられ、寄せられる若葉の身体。背後から漂う、甘っとろい香り。

「本当は、仲良くなりたかった?」

後ろ髪に掛かる、甘い吐息。
意地悪げな声が絡められ、僕の外耳を擽りながら心臓を柔く締め付ける。

「……」

先程よりも、大きく首を横に振る。
そんな事、あり得ない。
アイツらが僕を“アゲハの弟”としか認識していなかったように、僕もアイツらを“姑息な女”としか思ってなかったから。


「実は今日、岩瀨さんに偶然会ったんです……」




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