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しおりを挟む出されたのは、薄い水色のだし汁に生卵と刻んだ青ネギが乗った、湯気の立つ温かいうどん。
箸で摘まんだうどんを啜れば、市販のスープの素そのものの、平坦な味がした。
「初めて作ったけど、案外作れちゃうものね」
「……」
「さくらは、自炊した事ある?」
「……はい」
「そう。偉いわね」
「……」
偉い、のかな……
箸で摘まんで引き上げたうどんを、器の中に戻す。
「そうしなければ、……僕は生きてこれなかったから」
ぼそり、と息を吐くように呟く。途端に変わる空気。うどんを啜る手を止めた若葉が、ふたつの大きな眼を僕に向ける。
「小さい頃から僕は、……僕だけ、母からご飯を貰えなくて。お腹を空かせた僕を気に掛けてくれたおばあちゃんが……料理を、教えてくれたんです」
折檻部屋に閉じ込められた時も。皺々の小さな手が、啜り泣く僕の手を掴んで。優しく導いてくれて。台所に並んで立って、色んな料理を一緒に作りながら教えてくれた。
僕が将来、食べ物で困らないように。一人でも生きていけるように。
「……そう」
「……」
「実は、僕もね。……母に酷く嫌われていたのよ」
「……え」
静かにそう吐き出した若葉が口角を持ち上げただけの作り笑いをし、腰ほどの高さのカラーボックスに置かれた写真立てに視線を向ける。
「達哉の傍にいるだけで……狂ったように僕を叱責したり、鉄の棒で叩いてきたりしたの」
「……」
「でもね。その度に、達哉が盾になって、僕を庇ってくれて。……本当に、優しい人だったわ」
「……」
庇って……
ツキン、と胸が痛む。
僕も似たような事ならあった。アゲハの傍にいようものなら、狂ったように叩かれて、酷く怒鳴られたから。
……でも、アゲハは……
僕を庇ってはくれなかった。
発狂する母を抱き締め、傍に寄り添いながらずっと宥めていた。熱りが冷めた頃になってやっと、僕の所に来てくれたけど。まるで偽善者。一定の距離を保ち、作り物のような笑顔を貼り付け、当たり障りのない言葉を投げかけるだけ。
……解ってる。
また母の逆鱗に触れない為だったんだって。
でも、僕は……庇って欲しかった。
淋しかった。
おばあちゃんが居た頃は、違っていたから。
母を宥めるおばあちゃんを遠目に見ながら、安心させるように僕の肩を抱いてくれたアゲハの温もりは、今でも覚えている。
「……どうして」
でも、どうして。
アゲハは……母が居ない所でも、僕を避けるようになったんだろう。
僕の頭を優しく、撫でてくれなくなったんだろう……
「さぁ。どうしてかしらね」
僕の呟きにも似た言葉に、若葉が静かに返す。
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