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「きゃーん、カッコイイ~!」
「アゲハ王子ぃ~!!」

黄色い声援が飛び交い、アゲハが声のする方へと顔を向ける。それに応えるように笑顔を振り撒き、手を振りながら。


その姿はまるで……闇夜を煌びやかな光で照らす、美しい黒蝶。


「……」

感情が、麻痺していく。
余りに惨めで、涙が滲んで溢れるのに……乾いた笑いが込み上げて、肩が震える。

「……ふ、」

最初から、違っていたんだ。
例え、同じ闇の世界に足を踏み入れたとしても……アゲハの周りだけは光が宿り、眩い程に輝く麗しい世界へと変わる──

「ふっ、……はは……」

……なんだ。
たった、それだけの事だったんだ。


美しい羽根のある蝶は、自分の意思で優雅に夜空を舞い飛う。

風に吹かれ、流されるだけの桜の花片は、その一瞬の儚い輝きはあれど……人々の足元に舞い散り、踏みつけられて、ただ汚されていくだけ……


──最初から僕は、アゲハに近付く事も、敵う筈も無かったんだ。




「……立てるか?」

頭上から声がして、顔を上げる。
と、そこには黒スーツ姿の男性が、冷たいガラス玉のような眼で僕を見下ろしていた。

「……」

──竜一。
いつからそこに居たんだろう……
考える暇もなく、スッと差し出される手のひら。
瞬きもせず、怖ず怖ずとその上に手のひらを乗せれば、僕の手首をしっかりと掴み、力強く僕を引っ張り上げてくれる。

合わせた手と手──ただそれだけで、泥の中から掬い上げられたような気がした。


「アゲハは好きか?」

愛想を振り撒くアゲハの姿を捕らえながら、竜一が呟く。
足元がふらつき、身体を支えられず膝から崩れ落ちてしまう。と、握り締めた手を強く引き寄せられ、もう片方の腕が僕の脇に差し込まれる。

「……っ、」

必然的に、竜一の腕の中に収められる身体。
重なり合う、心音と心音。

トクン、トクン、トクン……
ずっと守りたいと思っていた温もりが、直ぐそこにあり……どうしようもなく、心が震えてしまう……


「……俺は、アゲハが嫌いだ」


僕の背中に手のひらを置いた竜一が、ぼそりと耳元で囁く。


……え……


一瞬、耳を疑う。

……どうして。
だって竜一は、アゲハが好きなんじゃ……


顔を上げると、ガラス玉のような眼が、静かに真っ直ぐ僕を見下ろしていた。
その瞳の奥に宿るのは、優しげな色。

「……」

瞬きもせず見つめていれば──竜一の唇が舞い降り、汚れてしまった僕の唇を優しく塞ぐ。


ざわざわ、ざわざわ……

美しいアゲハのいる、この人集りの中で──






【Series1 end】


※Series2『鎖』へと続きます…

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