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しおりを挟む「随分と探したんだぜ」
「……」
足を止めずに歩く僕に忍び寄り、傍らにぴったりとくっついて話し掛けてくる。嫌な目付き。顔を覗き込まれるものの、無視を決め込み目を合わせないよう努める。
「ハイジがよぉ……」
──ドクンッ、
その名前を吐かれ、思わず足が止まる。
と、その隙に片腕が首に掛けられ、グイと引き寄せられながら太一の顔が近付く。
「姫に、会いたがってんだよ」
細くて吊り上がった、感情の読み難い二つの眼。それが真っ直ぐ僕を捉える。
「……嘘だ」
「嘘じゃねぇよ。ハイジがヤベぇ仕事してんの、……知ってるだろ?」
「……」
「大怪我しちまってさぁ。動けずに床に伏せてんだよ。うわ言のように、『さくら』『さくら』って、姫の名前を連呼しててよぉ……」
……え……
サッと血の気が引く。
鈍器で頭を殴られたような衝撃が走り、痺れた脳内が冷えていく。
手足の末端から感覚を失い……呼吸が、上手くできない。
『さくら。……ひとつ、約束してくんねェか』
『どんな噂を聞いても、溜まり場には戻ってくンなよ』
『約束、だかンな』
ハイジの優しい声が、色褪せる事無く耳の奥から聞こえる。
ドクン……、ドクン……、
……約束、したんだ。
ハイジが迎えに来るまで、待ってるって……
「だから、来いよ」
「……ゃだっ!」
抵抗した刹那、持ち上げていた口角を引き下げた太一が、強引に僕を抱き寄せる。
「……何だよ姫。ハイジを見捨てる気かよ」
「──っ、!」
耳下辺りに鼻先を近付け、スンッと匂いを嗅いでくる。
「あぁ、……そうか。もう新しい男ができたんか」
「……ちが、」
「トバされるわ。怪我するわ。裏切られるわ。
惚れた女に、恩を仇で返されるって……ハイジが可哀想だとは思わねぇか? なぁ、お姫サマ」
「……」
そこまで言われてしまったら……
ハイジに対する罪悪感と、会いたいという気持ちが沸き上がり、その衝動に駆られてしまう。
「………わかった」
もしかしたら本当に、ハイジが怪我をしていて、僕に会いたがっているのかもしれない……
胸のざらつきに気付きながらも、ハルオとの生活を脱したいと思っていた僕は、太一の言葉に従ってしまった。
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