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57.頼れる場所【黒蝶編】
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コインロッカーに預けていた荷物を下げ、数ヶ月振りに帰ってきた自宅前に立つ。
久し振りに見る平屋は、懐かしさなどの情緒的なものは感じられず、僕の帰りを意地悪げに待ち構えているようにしか見えなかった。
「……」
大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。
ただ、家に帰るだけなのに。酷い動悸と眩暈に襲われ、足元がふらつく。
一歩。意を決して玄関前まで踏み出す。
前回来た時は、僕の傍にハイジがいた。……けど。今日からは、頼れる人なんて居ない。
元の生活に戻るだけ。なのに、ハイジから与えられた愛を知ってしまった分、心にぽっかりと穴が空いて痛みが残る。
ショルダーバッグの内ポケットを弄って、鍵を取り出す。この時間は、まだ誰も帰ってきていない筈。
「……」
不法侵入でもしているかのような、変な汗が滲む。せめて先に帰ってくるのが、アゲハならいいのに……
カチャン、
鍵穴に挿した鍵を回す。緊張する手をドアノブに掛け、玄関を開けようとした──時だった。
「……どちら様……?」
か細いながら、芯の通った女の声。
瞬間、背筋に悪寒が走る。
聞き覚えのあるその声の主なら、確認しなくても解る。……母だ。
「……」
怖ず怖ずと振り返れば、案の定、不幸を背負ったような弱々しい雰囲気の母が、直ぐそこにいた。が、僕だと気付いた瞬間、犯罪者でも見るような忌々しい目付きに変わる。
「……何の用?」
じとっとした粘着を帯びる目。眉間に皺を寄せ、全身で拒絶するように口先だけで吐き捨てる。
「……」
……何の用、って……
その悪意ある態度に、それまで忘れていた嫌悪感が蘇る。
「用が無いなら、サッサとそこを退きなさい!」
怒りで震えながら、今度はハッキリと言い放つ。その怒号に一瞬怯むものの……簡単に引き下がる訳にはいかない。
ハイジが迎えに来る場所は、ここなんだから……
「………アゲハは?」
意を決して、母の溺愛する兄の名を口にする。
どっちに転ぶかは解らない。でも、少なくとも、僕にとって免罪符のようなアゲハの存在を、母に思い出して貰えば、そこまで酷い事はしない筈。
───パンッ!
カッと目を見開いた瞬間、つかつかと足早に近寄った母が、片手を振り上げて僕の頬を叩く。
バンッ、バシンッ──
「──出ていけぇっ!!」
髪を振り乱し、鬼のような形相で、何度も何度も……頭を庇う僕の両腕や脇腹を叩く。
「今すぐ、出ていって……、」
「……」
「お前の顔なんか、二度と見たくないわ!」
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