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菊地編
188.
しおりを挟むそんな訳、ない……
僕が五十嵐とどうこうなるとか、有り得ない。
一緒に逃げようって、確かに言われた。
ろくに返事もせず曖昧なままにしていたせいで、真木から薬を渡されるハメになった。でも──
「……嫌、だ」
手を伸ばし、菊地の腕の中に身を委ねる。
「やだ……離さないで」
失いたくない。
見捨てられたら、僕は……
どうしたらいいか……解んない……
「……さくら」
菊地の手が後頭部に当てられ、強く引き寄せられる。雫の垂れる程しっとりと濡れた髪。ゆっくりと撫でるその手は、優しくて……心地良くて……
「お前、本当変わってんな……
こんな、ゾンビみてぇな俺を可愛く誘ったり、躊躇無く抱き付いてきたりしてよ」
戸惑いながらも落ち着きを払った声。嬉しさが滲む温もり。
トクトクと……少しだけ速い、菊地の鼓動。
「離すもんか。……もう、離れたいっつっても、逃がしてなんかやんねぇよ」
「……」
「俺だけのモンだ。他の誰にもやらねぇ」
ザァー……
「……好きだ、さくら」
シャワーの音で消え入りそうになる程、小さな声。
しかし耳元で、確かな声で囁かれれば、キュッと胸が切なく締め付けられる。
「……ん、」
熱情を孕んだ瞳が直ぐそこまで迫り、菊地の熱い唇が僕の唇を塞ぐ。
濡れた顔を、そのままに。
「ふ、……っん、」
差し込まれる熱い舌先。
舌を差し出し、自ら絡ませてそれに答える。
「……は、…ぁ……」
熱い……
熱くて、熱くて……
……もう、立ってられない……
菊地の腕に手を掛ける。
何度も角度を変え、舐るように咥内を弄られ──熱い吐息が何度も交差し、混ざり合い、濡れた僕の肌の上を菊地の指先が愛おしむように滑り下りる。
「……可愛いな……お前……
色気ある癖に、汚れを知らねぇガキみてぇな目で……俺をじっと見やがって……」
切なげに潤んだ瞳。
唇を少しだけ離した後、吐息混じりにそう呟く。
「さくらを見てると、溜まらなく愛しさが込み上げてきて……溢れんだよ……
……俺がとっくの昔に捨てちまった人間らしい感情全てを……お前が、思い出させてくれる……」
「……」
「一緒にいると、穏やかな気持ちになって……心が落ち着くんだよ」
……そんな……こと……
だって僕は、捻くれてて、性悪で、こんなにも汚れきってて……
「んな顔すんな。お前は全然、汚れちゃいねぇよ。
あんまり自分を卑下すんな」
……ザァ──、
菊地の瞳が優しく揺れる。頬に添えられた手。その親指が、そっと僕の目の下を拭った。
「……もっと、自信持て」
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