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第三章 虚ろいの秋雨
引き裂くもの
しおりを挟むスーツ姿の彼が、振り返る。
僕と目が合った瞬間……二つの瞼が大きく持ち上がるのが見えた。
「………:実雨(みう)」
小さく動いた唇が、僕の本名を溢す。
それだけで……胸の中が熱くなって……
「……はい……」
視界が、涙で歪んでいく。
それを拭う余裕もなく、制服の胸元をキュッと握る。
「逢いたかった、です……」
「……」
「………僕、」
また整わない呼吸。
視線を落とし……空いた手で樹さんの袖口をキュッと掴む。
大空の時とは、違う──
ふわりと甘くて切ない感情が、僕の全てを優しく包み込んでいく。
だけど、大空に初めて恋した時と同じ感情も、はち切れそうな程に内側から溢れていて……
「……」
この感覚が一体何なのか………今、ようやく解った。
魁斗の言う通り、僕は───
「僕、……ずっと、樹さんを……」
酷く震える声。
次から次へと溢れる涙。
それを、瞬きだけで切って落とす。
足下の闇に消えていったその行く末を、頭の片隅で案じながら。
「………実雨」
僕の頬を、樹さんの指先がそっと触れる。
それに驚いて見上げれば、下睫毛に溜まっていた涙がポロッと零れ、頬を伝って流れ落ちる。
「僕も、会いたかった……」
その濡れた頬を、長い指先が優しく拭ってくれる。
憂いを帯びた、優しい双眸。
背中に手が回り、そっと僕を抱き竦める。
「さよならした後も、ずっと気がかりで。
……忘れた事なんて、一度も無いよ」
「……」
一度も──
その言葉に押され、おずおずと樹さんの背中に手を回す。
穏やかな声。優しい匂い。
何もかもがあの時と同じで、胸の奥が柔らかく締め付けられる。
「………樹さん」
「ん……?」
「もう、僕から……離れないで」
回した手に、キュッと力を込める。
僕の事、好きじゃなくてもいい。……身代わりでも構わない。
……だから、お願い。
もう……さよならなんて、言わないで──
「………うん。約束する」
大空に似た、穏やかな声が舞い降りる。
ずっと苦しかった胸が、呼吸が……やっと軽くなって、楽になっていく。
温かくて……心地良くて……
……ここに居ていいんだって、思えて。
僕の後頭部を、大きな手が優しく撫でる。まるで、飼い主を見つけて飛び付いた迷子犬を、よしよしと宥めるかのように。
でも、今はそれが嬉しい。例えそこに、恋愛感情が無かったとしても。
「──おいっ!」
低い声と共に迫り来る、強い気の塊。
それは、突然現れた、嵐のように。
大きな手が樹さんと僕の肩を掴み、乱暴に引き裂かれる。
瞬間──樹さんの手が、僕から離れていき……
「てめぇ! 俺のツレに、何してんだ!」
唸るように響く怒号。
後方に追いやられ、僅かに後ろに蹌踉ける。
驚いて顔を上げれば、僕と樹さんを分断するように、僕に背を向けて立つ人影が見え──
「……!」
……え……
今井くん……!?
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