上 下
9 / 107
第一章 梅雨の幻影

嬉しい

しおりを挟む

「……今日は、マジでサンキュ」

嬉しそうに、笑顔を僕に見せる大空。

店を出て、駐輪場に停めたバイクを引き取った後、手で押しながら駅へと向かっていた。
空はすっかり薄闇に覆われ、街のあちこちに灯りが点く。

こんな僕の指で、本当に役に立ったんだろうか。
細いとはいえ、男と女では……やっぱり違うと思う。
佐藤さんの指のサイズ、僕よりもっと細い筈……

「喜んでくれると、いいね」

心にもない事を口にする。
そんな自分が、嫌だ。

「……そうだな」

そう大空が答える。


やがて見えてくる駅の入り口。
もうここでお別れなのかと思ったら、淋しくなって自然と気持ちが沈んでいく。

ちらりと大空の横顔を盗み見る。
少しの間だったけど、大空と一緒にいられて楽しかった。
……でも。
あの指輪を、佐藤さんの為に選んだんだと思ったら……

「……」

複雑な心境のまま俯けば、不意に大空の足が止まった。

「……まだ、時間あるか?」
「え……」
「少しだけ、走らねぇ?」
「……」

思ってもみない大空の提案に、驚きながらもこくんと頷く。


「……バイク、好きなの?」

ヘルメットを装着して貰いながら、大空に尋ねた。

「好きだよ。バイク屋で、バイトもしてるしな」
「バイト……?」
「そう。……うちさ、母子家庭なんだよ。俺が学費稼がねぇと、生活成り立たねぇっつーか」
「……」

それなのに、あんな高価な指輪を。

「何だよ、その顔は。
学校にはちゃんとバイトの許可貰ってるし。コイツも……あー、原チャじゃねーから、まだ揉めてっけどな」

そう言って、サドルを叩いた大空が苦笑する。

……知らなかった。
大空がそんな境遇だったなんて。

「あー、そういやメット。悪ぃな。コレ恥ずかしいだろ」
「……うん。ちょっと……」

はにかみながら本音を吐露すれば、大空が遠慮なく笑う。

「お前用のメット、今度用意しとくわ」

そう言って大空がヘルメットをポンと叩く。

……それって。
また僕を乗せてくれるって事……?

「………うん」

僕専用のヘルメット。
指輪より、嬉しいかも──



バイクの後ろに跨がる。
二回目は少しだけ、大空の腰に手を回すのにも慣れた。

大空の手が、回した僕の腕を二回タップする。出発の合図。
大空の足が地面から離れれば、大空と僕を乗せたバイクが風に乗る。

この時間が、ずっと続けばいいのに……
何時までも……永遠に……





《それは、嬉しいね》
〈……はい〉

興奮したまま僕は、その夜ミキさんにメッセージを送った。
それを聞いたミキさんは、優しく受け止めてくれる。

《アメくん用のヘルメットは、どんなデザインなんだろう。楽しみだね》

そして、自分の事のように喜んでくれる。
それが、とても嬉しい。

〈……はい。楽しみです〉

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

しのぶ想いは夏夜にさざめく

叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。 玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。 世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう? その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。 『……一回しか言わないから、よく聞けよ』 世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。

【BL】記憶のカケラ

樺純
BL
あらすじ とある事故により記憶の一部を失ってしまったキイチ。キイチはその事故以来、海辺である男性の後ろ姿を追いかける夢を毎日見るようになり、その男性の顔が見えそうになるといつもその夢から覚めるため、その相手が誰なのか気になりはじめる。 そんなキイチはいつからか惹かれている幼なじみのタカラの家に転がり込み、居候生活を送っているがタカラと幼なじみという関係を壊すのが怖くて告白出来ずにいた。そんな時、毎日見る夢に出てくるあの後ろ姿を街中で見つける。キイチはその人と会えば何故、あの夢を毎日見るのかその理由が分かるかもしれないとその後ろ姿に夢中になるが、結果としてそのキイチのその行動がタカラの心を締め付け過去の傷痕を抉る事となる。 キイチが忘れてしまった記憶とは? タカラの抱える過去の傷痕とは? 散らばった記憶のカケラが1つになった時…真実が明かされる。 キイチ(男) 中二の時に事故に遭い記憶の一部を失う。幼なじみであり片想いの相手であるタカラの家に居候している。同じ男であることや幼なじみという関係を壊すのが怖く、タカラに告白出来ずにいるがタカラには過保護で尽くしている。 タカラ(男) 過去の出来事が忘れられないままキイチを自分の家に居候させている。タカラの心には過去の出来事により出来てしまった傷痕があり、その傷痕を癒すことができないまま自分の想いに蓋をしキイチと暮らしている。 ノイル(男) キイチとタカラの幼なじみ。幼なじみ、男女7人組の年長者として2人を落ち着いた目で見守っている。キイチの働くカフェのオーナーでもあり、良き助言者でもあり、ノイルの行動により2人に大きな変化が訪れるキッカケとなる。 ミズキ(男) 幼なじみ7人組の1人でもありタカラの親友でもある。タカラと同じ職場に勤めていて会社ではタカラの執事くんと呼ばれるほどタカラに甘いが、恋人であるヒノハが1番大切なのでここぞと言う時は恋人を優先する。 ユウリ(女) 幼なじみ7人組の1人。ノイルの経営するカフェで一緒に働いていてノイルの彼女。 ヒノハ(女) 幼なじみ7人組の1人。ミズキの彼女。ミズキのことが大好きで冗談半分でタカラにライバル心を抱いてるというネタで場を和ませる。 リヒト(男) 幼なじみ7人組の1人。冷静な目で幼なじみ達が恋人になっていく様子を見守ってきた。 謎の男性 街でキイチが見かけた毎日夢に出てくる後ろ姿にそっくりな男。

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

Endless Summer Night ~終わらない夏~

樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった” 長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、 ひと夏の契約でリゾートにやってきた。 最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、 気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。 そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。 ***前作品とは完全に切り離したお話ですが、 世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

【BL】キス魔の先輩に困ってます

筍とるぞう
BL
先輩×後輩の胸キュンコメディです。 ※エブリスタでも掲載・完結している作品です。 〇あらすじ〇 今年から大学生の主人公・宮原陽斗(みやはらひなと)は、東条優馬(とうじょう ゆうま)の巻き起こす嵐(?)に嫌々ながらも巻き込まれていく。 恋愛サークルの創設者(代表)、イケメン王様スパダリ気質男子・東条優真(とうじょうゆうま)は、陽斗の1つ上の先輩で、恋愛は未経験。愛情や友情に対して感覚がずれている優馬は、自らが恋愛について学ぶためにも『恋愛サークル』を立ち上げたのだという。しかし、サークルに参加してくるのは優馬めあての女子ばかりで……。 モテることには慣れている優馬は、幼少期を海外で過ごしていたせいもあり、キスやハグは当たり前。それに加え、極度の世話焼き体質で、周りは逆に迷惑することも。恋愛でも真剣なお付き合いに発展した試しはなく、心に多少のモヤモヤを抱えている。 しかし、陽斗と接していくうちに、様々な気付きがあって……。 恋愛経験なしの天然攻め・優馬と、真面目ツンデレ陽斗が少しづつ距離を縮めていく胸きゅんラブコメ。

誘いはマティーニのあとで

惣山沙樹
BL
大学二年生の中野葵は、ショットバーに憧れていた。そこで出会った一人の男性に、マティーニをすすめられる。そこから始まる恋愛と友情と就活を描いたドラマ。 51話完結。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

処理中です...