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痴話喧嘩

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「なぜすぐに助けを呼ばなかったのですか?」
「それは、悪意を感じなかったので」
「初対面なのに何がわかるのですか?リュシーは悪意がなければ誰に抱きつかれてもいいということなのですか?」
「それは……」

 淡々と私に質問してくるアルは今まで以上に怖く感じた。きっとそれほどまでに怒っているのだろう。アルが言うことは至極当然で何も言い返せない。私は下を向いて黙り込んだ。

「ごめんなさい、僕も少し熱くなりすぎました。少し冷やしてきます」
「はい、いってらっしゃいませ」

 あんなにアルが怒っているところは初めて見た。少し落ち込む。けど、壁の花になっていられるほど暇ではないのがパーティーの主役だ。少し沈んだ気分のまま挨拶回りにいった。

 いつの間にかアルは隣にいた。それにいつものアルに戻っているようだった。だけれど、なんだか距離が遠い気がした。そのまま挨拶回りは終わりダンスの時間になった。

「リュシー、踊ってくださいますか」
 
 そう跪いて笑顔になるアルはやっぱり無理しているようだった。私は頷いて差し出された手に自らのものを重ねる。オーケストラが音楽を奏で始めると周りも一斉に踊り始めた。いつもより密着するダンスは密会にとっておきだった。周りをみると笑顔で踊っている男女がたくさん。だけれども、私たちの間に一切そんな空気はなかった。そのままダンスもパーティーも終わってしまった。公爵邸に戻る馬車の中。アルと二人きりになった状態で私は話し始めた。

「今日は本当にありがとう。ブルーゲンベルクのご子息との関係についてはまだ私もよくわかっていなくて、アルに説明できる状態じゃないの。怒っちゃうかもしれないけれど今度ご子息と会う約束があるの。だからそのとき一緒に話を聞いてくれる?私のことについてアルにも知って欲しいの。今一番大切なのはアルだから」

 私の時戻り前のことについて話すのはとても嫌だけれど、今回はアルに添い遂げたいと願っているから。

「ごめんなさい、リュシーに気を使わせてしまったね。自分でもよくわからなくなった。リュシーがとても大切だから傷つけたくなくてでも、ブルーゲンベルク公爵子息と抱き合っている時、自分がどうなってしまうかわからないほど胸が苦しくなった。きっとこれが嫉妬なんだろう。まだ僕は子供でしかないのにこんな感情を覚えるとは思っていなかった。こんな感情を覚えるぐらいに僕はリュシーのことが大切だし、大好きなんだ。だからリュシーが知って欲しいのであれば僕は一緒に行く。それが本当にリュシーの望むことであれば」

 私の手を握りながらアルはそういった。私とアルは出会ってまだ一ヶ月だ。でも、それほどまでにアルに大切に思われているのがすごく嬉しかった。両親から十何年頑張って手に入れようとしていたものがすでに手に入った気がして。

「やっぱりアルと婚約者になれてよかった」
「急にどうしたの?」

 気づいたらそう口に出してしまっていた。急に言われてアルはとても驚いているみたいだった。もう家に着いてしまう。早く問いかけの答えを言わなくては。

「今の私がある理由をアルにも知って欲しい。だから一緒に話を聞いて?これは紛れも無い本心だから」
「うん。一緒に話を聞かせてもらう。その前に、リュシーのこと抱きしめていい?それにあのコート僕にちょうだい?」
「いきなりどうしたの?」
「リュシーが僕のことすごい好きなのは分かったけれど、あの男に抱きしめられたのとあの男のものをリュシーが持っているのは許せないから?」

 すごい威圧。もうはいとしか言えない空気だ。というかコート持っていること知っていたのか。私は仕方なくコートを取り出した。魔法については何も聞かないのだろうか。普通であれば学園に入ってから習うのに。

「はい、これどうぞ。借り物を人に渡すってどうかなとは思うのだけど」 
「婚約者がいる令嬢に物貸す方が悪い。あと抱きしめていい?」

 改まってそう聞かれてしまうと恥ずかしい。不意打ちも心に悪いけれど、あらかじめ言われても変な気分になる。否定の意味を込めて顔を横に向けたのだけれど、通じなかったみたいで次の瞬間には抱きしめられていた。

「すぐに放してね」
「あの人が抱きしめた時間の倍過ぎたらね」

 そうなるとかなり抱きしめられていることになるのだが。そもそも私がどのくらい抱きしめられていたかなんて知るはずないのに。

「ね、ねぇちょっと。長すぎじゃ無い?」
「まだ」
 
 一分は過ぎただろうか。アルはいつまでこのままでいるのだろうか。ずっとこうしていると変に意識してしまう。それと同調するように私の心臓がドキドキと鼓動している。

「ねぇ、リュシーの心臓すごくドキドキしてるね」

 煽るようにアルはそう言う。

「そんなの言わなくていいから!!ねぇもう馬車止まったから!」
 
 ガシャんと馬車が止まり、従者が歩く音がする。それが死へのカウントダウンのように聞こえた。もう必死になってアルのことを叩いたり抵抗したりした。従者がこちらの扉を開けるギリギリでアルは私のことを放してくれた。

「アルなんか大っ嫌い!!!」

 従者のエスコートも受けずに私は馬車から降りて公爵邸に走り去った。従者が驚いて私の名前を呼ぶのが聞こえる。ごめんなさい、今は誰にもこの顔を合わせたくないんです!!



「第三王子殿下、お嬢様はいかがなさったのでしょうか」
「ちょっとした痴話喧嘩、だよ」
「はぁ、そうでしたか。では王城へ参らせていただきますね」

 馬車は再び動き出した。その中でアルはずっとリュシーのことを思って微笑んでいたのであった。
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