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一章 全てを忘れた怨霊

7話 動物霊の戯れ

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 夜が明けて、辺りは小鳥の鳴き声や風で木の葉が擦れる音が森の中に響く。私はおかしな夢から目が覚めたばかりで、ボーっとしながら吉田君の話にあいづちを打って返していた。しかし、私の寝床となっているルーフが体を起こし、身体を左に旋回させると、樹々の連なる森の奥に向かって低く唸って警戒を始めた。
 ルーフが何に警戒をしているかは私にはわからなかったし、吉田君もただルーフの唸る方向を私と一緒に見ているだけの様に思えた。

「あぁ、やっぱり。なにか先輩見てください」

 やっぱりとはなんだ、吉田君は分かっていたのか。と、この中で唯一何も感じ取れなかった私は少し恥ずかしく感じたが、ルーフや吉田君が向く方向をよく見ると、小さな猫が三匹やってくるのが確認できた。
 しかし生きている世界の街中で見た猫とは少し違う様で、身体の輪郭がぼやけているし、がりがりに痩せたり、酷いけがをしている。猫が近寄ってようやく妖気のようなモノを感じ取った私は、その向かってくる猫達が既に死んでいる霊という事が分かった。

「猫の霊っすね。捨てられた成れの果てかもしれないっす」

 ルーフは唸るのをやめているが、警戒態勢のような姿勢はそのままだった。ついでに吉田君の方を見ていると、吉田君もルーフの背中に乗っかってきている。そのことで分るのは、つまり危ない存在なのかもしれないということだ。
 猫の霊はシャーっという鳴き声と共に体毛を逆立ててこちらを警戒しているように見えた。面白いもので、猫の警戒のポーズは毛を逆立てることによって、自分を相手より大きく見せるポーズなのだと吉田君は教えてくれた。しかし、大きく見せるではなく、この猫達は実際に身体が徐々に大きくなっている。

「やる気っすね、楽にしてやるっすか! 」

 最初はルーフの足の爪ほどの大きさしかなかった猫は、今ではルーフの半分程度には大きくなっている。そして相変わらずの威嚇声と警戒態勢なのだから、非常にこわい。だけど吉田君の言う通り、この子たちは以前のルーフの様に今現在も苦しみ抜いているのだ。その事を想うと、少しでも早く楽にしてあげたい。
 先頭の猫の霊が鋭い爪を出して私達に飛び掛かる。ルーフはバックステップで後退してかわすが、後ろにいた猫の霊二匹がいつの間にか横から私達を挟み撃ちにして飛び掛かる。

「ひぃ! おっかないっすが、一匹は任せるっす! 」

 吉田君はそう言って左側の猫の霊に跳びつき、背中に思いっきり抱き着いた。猫は高い悲鳴と共に激しい動きで暴れ出している。私達が相手をする二匹の猫の霊は距離を詰めることもなく退くこともせずに間合いを測っている様子で動かない。
 一刻でも早く猫を楽にしてあげたいと思っている私は、これではらちが明かないと思い、奇襲を仕掛けるのを思いついた。その方法とは、ルーフに攻撃させて猫の霊に近づいたところで、猫の霊と一番近いルーフの場所から私が出てきて攻撃するという、『リーチ伸ばそう作戦』だ。

 猫の霊は相変わらず警戒して動かないので、ルーフには出来るだけ素早く攻撃してもラうことにした。
 ルーフの跳びついてのひっかき攻撃を後ろに跳んで避けようとする猫の霊だが、ルーフの攻撃が早く、ルーフのひっかきはかわしたが私を含めた射程距離よりは外に逃げられなかった。私はルーフの爪の先から出て、思いっきり猫の霊を引っかいた。

「ギニャァアァ――ッ」

 猫の霊のお腹は抉れ、足は一本私が貰った。私はとりあえずその足を食べたあと、足が一本捥げて地面を這う猫の霊をルーフに食べさせた。

「こっちはもうすぐ終わりそうっす! ギャッ――」

 報告をする吉田君の方を見てみたが、首が捥げかけている猫の霊に吉田君は引っかかれて吹き飛んでしまった。多少は心配したけど、思い返すとよくある事だと思い、私はもう一匹の傷だらけの猫の霊を楽にしてあげようとにじり寄った。
 こちらが進むとやはり向こうは退いてしまう。私はあえてよそ見をして猫の霊を挑発することにした。ルーフにふさふさの尻尾を振らせたのはおまけだ。だけど、そのおまけに猫の霊は独特の鳴き声を発しながら跳びかかった。

 この瞬間を見逃すものかと、私は振り返り様にルーフに猫の霊をひっかかせた。猫の霊はバラバラになったが、なんとすぐに体はつぎはぎに再生してしまった。猫の霊は再び警戒の声を高くあげ、私達を呪い殺さんとする勢いで睨む。

「ほぎゃーッ」

 吉田君の絶叫が聴こえたが、私は良い事を思いついたのでそっちの方も向かずに実践してみた。

「みゃーお」

 私の声でやろうと思ったけど、やめて正解だ。私はさっき喰らった猫の魂の身体を使い、対する猫の霊に対して『安心してこっちにおいで』としゃべらせた。すると対する猫の霊の警戒態勢は解かれたようで、逆立った体毛は落ち着いてこっちに鳴き返した。

「なーお」

 身体の操作は非常に便利で、猫の身体を使えば猫の言葉もわかった。どうやら『兄弟』の兄らしい対する猫の霊は、弟の身体で喋る私の方にゆっくりと歩き出す。

「みゃーお」

 ルーフは私の中に還し、猫の弟の頭を私のお腹から出して兄を呼ぶように鳴き喋った。対する兄の猫は弟の頭を舐め、私はそんな猫の兄を早く救いたかったので、口をできるだけ大きく開けて弟にじゃれる兄猫の魂を喰らった。
 兄弟は何匹兄弟なのかが気になった私は、吉田君と対している三匹目の猫の方へ眼を移した。、今まさに三匹目の猫の霊を喰らおうとしている吉田君を確認すると、瞬間的に止めて意見した。どうしてもこの三匹目も兄弟なのかを確かめたかったのである。

「いーっすよ。兄弟だし、魂は無くなっても身体は揃ってたほうがいいっすもんね」

 同意してくれた吉田君にお礼を言うと、私は兄の猫の身体を使って、消滅しかけている猫の霊に話しかけた。

「みーッ」

 どうやら三匹目の猫は妹らしい。身体は吉田君によってほとんどバラバラになってしまっているが、もぞもぞと兄の頭に近づこうとうごめいている。はやく三匹ともまとめて楽にしてあげたくなり、吉田君に向かってコクリと頷きく。吉田君は微笑んで私に頷き返す。

「兄弟三匹、今度は幸せになれるといいっすね」

 私は大きく口を開いて、三匹目の猫の魂を喰らった。これで猫の三兄弟は、楽になったのか、救われたのかと私は考えた。初めて見た三兄妹は酷い状態で、ボロボロの傷だらけで血の滴る兄猫、がりがりに痩せて骨と皮だけしかないような弟と妹の猫、どれをみても酷かった。私に喰われるまでその身体だったということは、死んでから今の今まで傷の痛みや餓えに苦しみ抜いていたことが私にも想像できた。きっとすぐに行動を起こそうとした吉田君はすぐそのことがわかって、私と一緒にあの子たちを救いたかったのだろう。
 私は幽霊で怨霊だから、死後の世界は分かり始めた。だけど、魂の消滅という本当の死の先は分からない。私の想像では、何もかもが無くなっちゃうことだと思う。あの子たちは私に喰われて消滅したのだ、ルーフの様に守護霊になったわけでも、成仏したわけでもない。生まれ変われないのだ。

「なにか先輩。猫、綺麗な体になりましたね」

 吉田君に言われて気が付く。私のお腹から出ている猫は妹の身体だ。あのがりがりで見るにも耐えない酷い姿だったが、今では動きそうなくらい元気そうな体の容をしている。
 魂の消滅であの子たちはもう生まれ変わる事は無い。だけど、少なくとも苦痛から解放された。それだけでも、あの子たちにとっては救いだったと今は信じる私です。
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