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ニートと吉田真奈美
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ざわざわと人が行き交っている。風に髪を乱されるのが嫌で、不機嫌な顔をしている人たちとたくさんすれ違った。今日は風が強い。土曜だからか、普段は人気も少ない駅でも、若者を含め人が集まっている。彼もまた、使い慣れないヘアジェルで髪を固めてきたのに、風が強く吹いているものだから、乱れて、しかしジェルなので直すことが難しく、少し変な髪型になっていた。いよいよ例の"コックリさん"と会う日だ。センスはないがお金を持っている彼は、総額だけは高いコーディネートに身を包み、ぎこちのない自信を貼り付けたような顔で、待ち合わせの喫茶店へ向かっていた。場所は、最寄りの駅ではあるが、家から歩いて20分ほどかかる所にある。街灯と同様に人工的に並べられた街路樹が、紅葉を終えて枯れ果てた葉を、舞い散らしている、その中を歩いている。顔も性別もわからない人間と会うなど初めての経験な上に、普段から人とコミュニケーションを取っていない彼には、クリスマスやら大晦日に負けずとも劣らない大きなイベントであった。不安やら何やらを抱えていたはずの彼だが、ある一定の量を超えた途端にそれらは感んじられなくなるようで、もはや何も考えることもなく、ただ目的地へ向かっていた。いよいよ到着も間近というところで、麻痺していた感覚は突然に正常な機能を取り戻し、不安と緊張は心臓の鼓動を速めさせた。
(もう、コックリさんというのは来てるのか?俺の方が、先についてるのか、、。)
とにかく、ここまで来て引き下がるのは、彼のプライドであっても許すことはない。まずは、店内に入る前に、着いたことをツイッターから連絡する。
『待ち合わせ場所に着きました。もう着いていますか?』
すぐに返信が来た。
『店の1番奥の、左手の窓側の席に先に座っています。店員に後から人が来ることを伝えて、案内して貰えるよう言っておきました。』
コックリさんと名乗る人物は、先についていたようだ。着いているのなら、連絡くらいよこせ、と思ったが、もはやインターネット上だけの関わりではなくなってしまった、強く言葉を突きつけることは控えた。
『わかりました、今から入ります。』
彼が店内に入ると、店員が疲れた笑顔で、一名様ですか、と確認を求めてきた。い、いえ、先に入っているはずの人の、連れになります、などとぎこちない返事を彼はしたが、店員は淡々と業務をこなすだけで、特に疲れた顔を変化させることもなく、かしこまりました、と言って、店の奥の左手の、窓側の席に案内してくれた。そこには、驚くことに、三ツ橋マナミと顔が瓜二つの女が座っていた。あまりに似ているので、驚いて、彼は座ることもできなかった。
「こんにちは。座ってください。」
女は言った。声まで三ツ橋マナミに似ている。
「は、はい」
彼は慌ただしく座って、目を合わせることが怖かったが、ゆっくりとその女の顔へ視線を向けた。やはり、三ツ橋マナミに似ている、いや、これは、どうだ、彼は困惑した。
「私は、三ツ橋マナミという名前で声優をしています、吉田真奈美です。はじめまして。」
彼女は言った。彼は聞いた。しかし、その言葉の意味を彼が理解し、状況を納得するのには、少しだけ時間を要した。
「三ツ橋マナミって、あ、あれ、あの」
「はい、その、三ツ橋マナミです。驚かせちゃって、すみません!あはは」さっきの店員のそれとは正反対の、清純をそのまま体現したような笑顔で彼女は言った。
「そうなんですね、あ、なんかすみません」
「いえ!気にしないでください。えっと、村田さん?」
「あ、そうですね、ツイッターで村田という名前を使っています。深山です。こんにちは。」
「突然こんな風に連絡してしまって、会ってもらうなんて、ありがとうございます。」
「いえ、そんな、お構いなく、えっと、それでその、情報共有というのも、何をしましょうか。」三ツ橋マナミが目の前にいることについて、どういうことなのか聞こうにも、何をどう聞いたらいいのか、彼には分からなかった。
「そうですね。改めてどういった症状なのか、ということとか、いつからなのか、とか、ですかね。」
挙句、お互いに何を話したら良いのか、うまく掴めておらず、テンポの悪い会話が続いた。適当にコーヒーを頼んで、蜜柑の味がしたことや検査の内容とその結果などを話した。コックリさんという名前は、「可愛いコックが助けてあげる」のコックを文字ったものなのか、などが気になりだした頃、なぜ三ツ橋マナミと自分が喫茶店で会話をしているのか、ようやく確認できる心理状態になったので、彼はそれを聞くことにした。
「そういえば、吉田さんは、なぜ、僕のアカウントをフォローしてるのかっていうか、その、ほら、有名人じゃないですか」
吉田真奈美は、少し曇った顔をしたが、すぐに清純を取り戻し、「公式アカウントだけじゃ見きられないファンの方の反応とかが見たくって、こっそりフォローしてるんです!お忍びっていうか」と、答えた。それより、と吉田真奈美は続けた。
「本当に困ってるんです。チョコレートの味しかしないので、食事もままならなくって」
「うん、過去にそんな症例は無かったって、どの医者も言うから、ほんとに困りました」
「まあ、今日はお互いの状況の情報を交換したということで、この辺でお開きにしちゃいましょうか、、」
三ツ橋マナミと話している状況も勿論衝撃だが、同じ症状に苦しんでいるということもさらに衝撃であった。打開案も見つからないので今日は解散することになったが、連絡先を交換し、これからも何か情報が得られれば共有することを約束した。
「じゃあ、私は地下鉄に乗るので、これで!」
吉田真奈美は、最後まで、アニメの主人公宜しく、清純な性格だった。食という生きがいを無くして心苦しい生活を送っていた彼にとって、敬愛する三ツ橋マナミと喫茶店で過ごしたことは、何にも変えがたい幸福な時間だった。彼はその事をツイッターに投稿したい気持ちを抑えて、家路についた。
(もう、コックリさんというのは来てるのか?俺の方が、先についてるのか、、。)
とにかく、ここまで来て引き下がるのは、彼のプライドであっても許すことはない。まずは、店内に入る前に、着いたことをツイッターから連絡する。
『待ち合わせ場所に着きました。もう着いていますか?』
すぐに返信が来た。
『店の1番奥の、左手の窓側の席に先に座っています。店員に後から人が来ることを伝えて、案内して貰えるよう言っておきました。』
コックリさんと名乗る人物は、先についていたようだ。着いているのなら、連絡くらいよこせ、と思ったが、もはやインターネット上だけの関わりではなくなってしまった、強く言葉を突きつけることは控えた。
『わかりました、今から入ります。』
彼が店内に入ると、店員が疲れた笑顔で、一名様ですか、と確認を求めてきた。い、いえ、先に入っているはずの人の、連れになります、などとぎこちない返事を彼はしたが、店員は淡々と業務をこなすだけで、特に疲れた顔を変化させることもなく、かしこまりました、と言って、店の奥の左手の、窓側の席に案内してくれた。そこには、驚くことに、三ツ橋マナミと顔が瓜二つの女が座っていた。あまりに似ているので、驚いて、彼は座ることもできなかった。
「こんにちは。座ってください。」
女は言った。声まで三ツ橋マナミに似ている。
「は、はい」
彼は慌ただしく座って、目を合わせることが怖かったが、ゆっくりとその女の顔へ視線を向けた。やはり、三ツ橋マナミに似ている、いや、これは、どうだ、彼は困惑した。
「私は、三ツ橋マナミという名前で声優をしています、吉田真奈美です。はじめまして。」
彼女は言った。彼は聞いた。しかし、その言葉の意味を彼が理解し、状況を納得するのには、少しだけ時間を要した。
「三ツ橋マナミって、あ、あれ、あの」
「はい、その、三ツ橋マナミです。驚かせちゃって、すみません!あはは」さっきの店員のそれとは正反対の、清純をそのまま体現したような笑顔で彼女は言った。
「そうなんですね、あ、なんかすみません」
「いえ!気にしないでください。えっと、村田さん?」
「あ、そうですね、ツイッターで村田という名前を使っています。深山です。こんにちは。」
「突然こんな風に連絡してしまって、会ってもらうなんて、ありがとうございます。」
「いえ、そんな、お構いなく、えっと、それでその、情報共有というのも、何をしましょうか。」三ツ橋マナミが目の前にいることについて、どういうことなのか聞こうにも、何をどう聞いたらいいのか、彼には分からなかった。
「そうですね。改めてどういった症状なのか、ということとか、いつからなのか、とか、ですかね。」
挙句、お互いに何を話したら良いのか、うまく掴めておらず、テンポの悪い会話が続いた。適当にコーヒーを頼んで、蜜柑の味がしたことや検査の内容とその結果などを話した。コックリさんという名前は、「可愛いコックが助けてあげる」のコックを文字ったものなのか、などが気になりだした頃、なぜ三ツ橋マナミと自分が喫茶店で会話をしているのか、ようやく確認できる心理状態になったので、彼はそれを聞くことにした。
「そういえば、吉田さんは、なぜ、僕のアカウントをフォローしてるのかっていうか、その、ほら、有名人じゃないですか」
吉田真奈美は、少し曇った顔をしたが、すぐに清純を取り戻し、「公式アカウントだけじゃ見きられないファンの方の反応とかが見たくって、こっそりフォローしてるんです!お忍びっていうか」と、答えた。それより、と吉田真奈美は続けた。
「本当に困ってるんです。チョコレートの味しかしないので、食事もままならなくって」
「うん、過去にそんな症例は無かったって、どの医者も言うから、ほんとに困りました」
「まあ、今日はお互いの状況の情報を交換したということで、この辺でお開きにしちゃいましょうか、、」
三ツ橋マナミと話している状況も勿論衝撃だが、同じ症状に苦しんでいるということもさらに衝撃であった。打開案も見つからないので今日は解散することになったが、連絡先を交換し、これからも何か情報が得られれば共有することを約束した。
「じゃあ、私は地下鉄に乗るので、これで!」
吉田真奈美は、最後まで、アニメの主人公宜しく、清純な性格だった。食という生きがいを無くして心苦しい生活を送っていた彼にとって、敬愛する三ツ橋マナミと喫茶店で過ごしたことは、何にも変えがたい幸福な時間だった。彼はその事をツイッターに投稿したい気持ちを抑えて、家路についた。
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