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最終章 この愛が全て
おまけ7 ずっと後の話。
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かつてそこには高貴な人が住んでいた。王位より恋を選んで消された王子……。
「って、そそる題材じゃない?」
溌溂とした黒髪の20代半ばくらいの女性が、隣に立っている気弱そうな同じ歳くらいのそばかすのある青年に話し掛けている。
「100年以上も前に、突然王室の記録から消えたエーリッヒ王子の真相を探りに、我々はベルファーレン侯爵領に潜入した! ……ていう記事はどうかしら?」
「潜入って……別にベルファーレン侯爵領は封鎖されてませんけどね」
「読者は絶対食いつくと思うのよね」
「王族の人に発禁にされても知りませんよ」
2人はある雑誌の記者と挿絵画家だった。女性の方をアリス、男性の方をライリーと言った。
「そのくらいギリギリを攻めなきゃ、シュナイダーの名が泣くわ」
アリスの方は遡れば先祖は作家のシュナイダーであった。それ故に彼女も文筆で名を上げたいと思っていた。
「あの大作曲家のブッフバルトが王子の恋を題材にして歌劇にしたんだもの、その後が気になるじゃない?」
「でもあの歌劇、花形は魔女のアデリーナですよね? 主役の2人じゃなくて。難曲である魔女アデリーナのアリアを完璧に歌い切ってこそ、一流の歌手って言われるくらいですし」
「だから、気になるんじゃない。魔女アデリーナのモデルだと言われているリーフェンシュタール伯爵夫人は色々逸話の残っている人だけど、主役の2人のことはあまり知られていないし」
2人は話しながら小高い丘を登る。
「村の人の話だと、もう見えてくる頃ですね」
アリス達は村人から、かつてその王子が住んでいたとされる館跡を目指していた。話によると何十年も前に雷が落ち館が燃えて以来、放置されているらしい。
「その前から誰も住んでなかったそうだけど……見えてきたわ。きっと、あれよ」
小高い丘の上に、屋根が落ち壁も一部を残し崩れ落ち焼け焦げた跡のある館跡が見えてきた。周囲にはその館の建材と思われる石が無数に転がっている。
「まさに廃墟って感じ」
草原の中に建つその廃墟に静かに風が吹き抜けていく。忘れ去られた場所。まさにここはそれだった。
「何だか詩情を誘う光景だな……雑誌の挿絵にするにはぴったりだよ」
そう言って挿絵画家のライリーがスケッチを始めた。アリスはその館跡にずんずんと近づいていく。
「あ、倒壊の恐れがあるから近づくと危ないって村の人が言ってましたよっ」
ライリーが慌てて彼女の後を追う。
「何も残ってませんよ。焼け落ちて何十年も経ってるんだし」
瓦礫の中を進んで、足元に何か落ちていないか探しているアリスに、追いついたライリーが声を掛ける。
「分からないでしょ。何か、王子達が暮らした痕跡が見つかるかも」
まだ辛うじて残っている煉瓦造りの壁には、暖炉がまだ比較的形を保った状態で存在していた。
「暖炉の上とかに何か隠れてないかしら……」
アリスが暖炉の上の飾り棚や近くの壁を叩く。そこで彼女は煉瓦の一個が緩んでいることに気が付いた。そしてそれを引っこ抜いた。
「ちょっ、止めて下さいよっ。崩れたらどうするんです?」
不安そうにライリーがぎゅっとスケッチブックを抱きしめる。しかし、それは杞憂に終わった。煉瓦の抜けた穴には小さい黒い表紙の日記と思しい物が一冊置かれていた。
「こんなところに日記……?」
アリスは慎重にそれを取り出す。長年の風雨による浸食や火によってだいぶ痛んでおり、開いたら壊れていきそうだったが、アリスは好奇心に勝てず、その日記を開いた。中はインクが滲み、特に後ろの方はほとんど判別出来ない。
「読める部分から見てみましょ。どれどれ……」
”イザベルは庶民だ。だから、世間の非難には耐えられない。だが、公爵家の娘なら、大貴族で後ろ盾もしっかりしているのだから、多少非難されても大丈夫だろう。放っておけば良い。それがイザベルを守る為だ……この言葉は、ウルリッヒの言葉だったのか、私自身の内なる声だったのか、今となってはどちらでも良いことだ。私は見捨てた、婚約者だったアデレードを……”
「これ! まさか王子の日記……」
アリスは目を見開く。
”彼女のことは嫌いでは無かったが、気位の高さや我儘さに私は疲れていた……しかし、彼女はどこかへ消えて以来、誰も行方を知らない。本当にこれで良かったのだろうか……?”
そこから少し滲んでいて読めない箇所があった。
”一緒に暮らし始めて以来、イザベルは塞ぎ込むことが多くなった。私の身を心配しているのだろうか……理由を聞こうとしてもはぐらかされてしまう。何か隠している、そんな気がする。そんな時、リーフェンシュタール伯が訪ねてきて、どう責任を取るのか迫って来た。イザベルを選んで王太子の座を降りるのか、それとも別れてただの王子に戻るのか……私の気持ちは決まっていた。だが、一つ気掛かりなことがある。アデレードがどうしているか、だ。もし、彼女が辛い境遇に居るなら、どう償うべきだろうか?”
「何だか、ブッフバルトの歌劇の2人とはずいぶん違うわね……」
”イザベルと2人でここへ来た。それは我々が未熟で浅はかで一人の少女を欺いたが故の罰だ。我々はその罪と向き合っていかなくてはならない。だが、彼女は我々を責めなかった。新しくやり直せば良いと言ってくれた。ならば、我々も歩んで行こう。2人で生きるという道を、我々を閉じ込めるこの牢獄の中で”
「これ以上は完全に文字が滲んで読めないわね……あっ」
風が吹いた瞬間、アリスが手に持っていた日記がパラパラと崩れ、その風に攫われるように舞っていった。
まるで読まれたことに満足して消えていったみたい。
「……現実は、そんなに甘い恋愛じゃなかったってことね。ここは王子と恋人の甘く苦い檻だったわけ、か」
「でも、結局どんな暮らしをしていたのか、分からず終いでしたね」
ライリーが残念そうに呟く。
「そうね……」
誰の記憶にも、どんな記録にも、もう残ってはいない。
「でも、その方が創作の余地はあるってもんよ」
「え?」
「読者が食いつく記事書かなきゃ!」
アリスはそう言って、意気揚々と丘を下っていく。
「ちょ、嘘をいけませんよ、嘘はっ」
ライリーも慌ててそれに続いた。アリスは一度だけ振り返り、ひっそりと建つ館跡を見て、微笑む。
そしてその後、アリスの書いた記事で、何故かこの地が恋人達の聖地として若者達に持て囃されることになった。
「って、そそる題材じゃない?」
溌溂とした黒髪の20代半ばくらいの女性が、隣に立っている気弱そうな同じ歳くらいのそばかすのある青年に話し掛けている。
「100年以上も前に、突然王室の記録から消えたエーリッヒ王子の真相を探りに、我々はベルファーレン侯爵領に潜入した! ……ていう記事はどうかしら?」
「潜入って……別にベルファーレン侯爵領は封鎖されてませんけどね」
「読者は絶対食いつくと思うのよね」
「王族の人に発禁にされても知りませんよ」
2人はある雑誌の記者と挿絵画家だった。女性の方をアリス、男性の方をライリーと言った。
「そのくらいギリギリを攻めなきゃ、シュナイダーの名が泣くわ」
アリスの方は遡れば先祖は作家のシュナイダーであった。それ故に彼女も文筆で名を上げたいと思っていた。
「あの大作曲家のブッフバルトが王子の恋を題材にして歌劇にしたんだもの、その後が気になるじゃない?」
「でもあの歌劇、花形は魔女のアデリーナですよね? 主役の2人じゃなくて。難曲である魔女アデリーナのアリアを完璧に歌い切ってこそ、一流の歌手って言われるくらいですし」
「だから、気になるんじゃない。魔女アデリーナのモデルだと言われているリーフェンシュタール伯爵夫人は色々逸話の残っている人だけど、主役の2人のことはあまり知られていないし」
2人は話しながら小高い丘を登る。
「村の人の話だと、もう見えてくる頃ですね」
アリス達は村人から、かつてその王子が住んでいたとされる館跡を目指していた。話によると何十年も前に雷が落ち館が燃えて以来、放置されているらしい。
「その前から誰も住んでなかったそうだけど……見えてきたわ。きっと、あれよ」
小高い丘の上に、屋根が落ち壁も一部を残し崩れ落ち焼け焦げた跡のある館跡が見えてきた。周囲にはその館の建材と思われる石が無数に転がっている。
「まさに廃墟って感じ」
草原の中に建つその廃墟に静かに風が吹き抜けていく。忘れ去られた場所。まさにここはそれだった。
「何だか詩情を誘う光景だな……雑誌の挿絵にするにはぴったりだよ」
そう言って挿絵画家のライリーがスケッチを始めた。アリスはその館跡にずんずんと近づいていく。
「あ、倒壊の恐れがあるから近づくと危ないって村の人が言ってましたよっ」
ライリーが慌てて彼女の後を追う。
「何も残ってませんよ。焼け落ちて何十年も経ってるんだし」
瓦礫の中を進んで、足元に何か落ちていないか探しているアリスに、追いついたライリーが声を掛ける。
「分からないでしょ。何か、王子達が暮らした痕跡が見つかるかも」
まだ辛うじて残っている煉瓦造りの壁には、暖炉がまだ比較的形を保った状態で存在していた。
「暖炉の上とかに何か隠れてないかしら……」
アリスが暖炉の上の飾り棚や近くの壁を叩く。そこで彼女は煉瓦の一個が緩んでいることに気が付いた。そしてそれを引っこ抜いた。
「ちょっ、止めて下さいよっ。崩れたらどうするんです?」
不安そうにライリーがぎゅっとスケッチブックを抱きしめる。しかし、それは杞憂に終わった。煉瓦の抜けた穴には小さい黒い表紙の日記と思しい物が一冊置かれていた。
「こんなところに日記……?」
アリスは慎重にそれを取り出す。長年の風雨による浸食や火によってだいぶ痛んでおり、開いたら壊れていきそうだったが、アリスは好奇心に勝てず、その日記を開いた。中はインクが滲み、特に後ろの方はほとんど判別出来ない。
「読める部分から見てみましょ。どれどれ……」
”イザベルは庶民だ。だから、世間の非難には耐えられない。だが、公爵家の娘なら、大貴族で後ろ盾もしっかりしているのだから、多少非難されても大丈夫だろう。放っておけば良い。それがイザベルを守る為だ……この言葉は、ウルリッヒの言葉だったのか、私自身の内なる声だったのか、今となってはどちらでも良いことだ。私は見捨てた、婚約者だったアデレードを……”
「これ! まさか王子の日記……」
アリスは目を見開く。
”彼女のことは嫌いでは無かったが、気位の高さや我儘さに私は疲れていた……しかし、彼女はどこかへ消えて以来、誰も行方を知らない。本当にこれで良かったのだろうか……?”
そこから少し滲んでいて読めない箇所があった。
”一緒に暮らし始めて以来、イザベルは塞ぎ込むことが多くなった。私の身を心配しているのだろうか……理由を聞こうとしてもはぐらかされてしまう。何か隠している、そんな気がする。そんな時、リーフェンシュタール伯が訪ねてきて、どう責任を取るのか迫って来た。イザベルを選んで王太子の座を降りるのか、それとも別れてただの王子に戻るのか……私の気持ちは決まっていた。だが、一つ気掛かりなことがある。アデレードがどうしているか、だ。もし、彼女が辛い境遇に居るなら、どう償うべきだろうか?”
「何だか、ブッフバルトの歌劇の2人とはずいぶん違うわね……」
”イザベルと2人でここへ来た。それは我々が未熟で浅はかで一人の少女を欺いたが故の罰だ。我々はその罪と向き合っていかなくてはならない。だが、彼女は我々を責めなかった。新しくやり直せば良いと言ってくれた。ならば、我々も歩んで行こう。2人で生きるという道を、我々を閉じ込めるこの牢獄の中で”
「これ以上は完全に文字が滲んで読めないわね……あっ」
風が吹いた瞬間、アリスが手に持っていた日記がパラパラと崩れ、その風に攫われるように舞っていった。
まるで読まれたことに満足して消えていったみたい。
「……現実は、そんなに甘い恋愛じゃなかったってことね。ここは王子と恋人の甘く苦い檻だったわけ、か」
「でも、結局どんな暮らしをしていたのか、分からず終いでしたね」
ライリーが残念そうに呟く。
「そうね……」
誰の記憶にも、どんな記録にも、もう残ってはいない。
「でも、その方が創作の余地はあるってもんよ」
「え?」
「読者が食いつく記事書かなきゃ!」
アリスはそう言って、意気揚々と丘を下っていく。
「ちょ、嘘をいけませんよ、嘘はっ」
ライリーも慌ててそれに続いた。アリスは一度だけ振り返り、ひっそりと建つ館跡を見て、微笑む。
そしてその後、アリスの書いた記事で、何故かこの地が恋人達の聖地として若者達に持て囃されることになった。
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