99 / 109
最終章 この愛が全て
第100話 そして我ら、ここに集う 下
しおりを挟む
「おっと、おいたは困るぜ、おぼっちゃんよ」
ゲアハルトがアデレードの前に立つ。
「クリス、嬢ちゃんを頼むぜ」
その言葉にクリスは頷き、アデレードを守るように自分の後ろに下がらせる。ゲアハルトは動き辛い上着を脱ぎ、首元を緩める。公爵の手下達が威嚇するように剣を抜き、銀色の刃がシャンデリアの炎にきらりと光る。劇場で遠巻きにアデレード達を見ていた貴族達が悲鳴を上げて、劇場内を逃げ惑い、ある者は劇場の奥へ、ある者は外へと逃げて行った。
「武器もないのに大丈夫ですの?」
「こんな連中、素手で充分だ」
男の一人がゲアハルトに斬りかかってくる。ゲアハルトはそれをひらりと躱し、手刀で男の手から剣を叩き落とす。そして男の腕を掴み、襲い掛かろうとしていた他の男達に向かって放り投げると、避け切れなかった男達がもろにぶつかる。そのまま体勢を崩して縺れるように倒れた。何とか避けた男達も、素早くゲアハルトが後ろを取って首筋を叩いて次々気絶させた。
「まったく、この服借りもんなんだぜ。破れたら困るだろうがよ」
制圧し終えたゲアハルトが服に付いた埃を払うような仕草をする。
「で、お嬢ちゃんどうする? まだあいつが残ってるけど」
わなわなと震えるサウザー公爵を指差し、ゲアハルトはアデレードを仰ぐ。彼女が口を開こうとした瞬間、公爵は逃げ出した。
「あっ」
「おい!」
アデレードとゲアハルトが思わず叫ぶ。だが、公爵は入口から外へ出ることが出来なかった。
「どこへ行くのです、ウルリッヒ?」
劇場の入口から青い制服を着た兵が雪崩れ込んで来る。その兵を指揮しているのは怜悧な印象の若い金髪の男性だった。アデレードにはその男性に見覚えがあった。
あれは……クラウスさん?
マックスと一緒にホテルに泊まりに来た青年だった。
でも、何故クラウスさんが兵を引き連れているの? マックスさんの言っていた協力者ってクラウスさんのことだったの? 確かに、私も会ったことがある、という点ではそうかもしれませんけど……。
困惑するアデレードを他所に、クラウスの連れて来た兵が公爵とその仲間を捕えていく。
「何をする! 俺ではなく、この女を捕まえろ!」
クラウスが冷たく公爵を一瞥する。
「何を勘違いしているのです、ウルリッヒ。私は貴方を迎えに来たのですよ」
「迎えだとっ!?」
「えぇ、貴方は病を患っておいでです。それ故に虚言を繰り返すのですよ。ありもしない事実に基づいてね。これ以上他の方に迷惑を掛けるわけにはいきませんから、病院までお送りしますよ」
クラウスはうずくまるイザベルと彼女を守るように抱きしめる王子の姿をちらっと見る。
「ええいっ、俺は病気なんかじゃないっ。離せ! 俺を誰だと思っている! 離せ、離せ、離せっ!」
口から泡を飛ばし、怒りに任せて拘束を解こうと手足をばたつかせる。そのやせ細った体からは想像もつかないほど激しく抵抗する。クラウスはその様子にため息を吐く。仕方ない、と言わんばかりに兵の一人に目くばせする。すると、その兵は公爵を気絶させた。
「連れていきなさい」
クラウスの指示により、公爵達は劇場から引き摺られるように連行されていった。
「あの、クラウスさん、これは一体……?」
躊躇いがちにアデレードはクラウスに話しかける。
「王族は何も、国王陛下とエーリッヒ王子だけではありませんよ」
クラウスは苦笑した。
「あっ……!」
つまり、クラウスは王族の一人だったのだ。
そういえば、陛下の弟君には3人の御子がいて確か、3番目の王子がクラウス様と言ったような……。
アデレードは愕然としながら呟く。
「どうして今の今まで気が付かなかったのかしら?」
王子はイザベルをゆっくりと立たせる。
「フロイライン・アデレード、リーフェンシュタール伯の言う通り、息災でいてくれて良かった。どうか、これからの人生も貴女に幸多からんことを」
「ありがとうございます、殿下。殿下が真の愛を見つけられたこと、本当に喜ばしく思います。お二人の前途にも祝福が訪れますように。何といっても、愛が全てですわ」
アデレードは優雅に一礼し、劇場から出ていく2人を見送った。
「実は私がリーフェンシュタール領の貴女の許へ行ったのは、エーリッヒに頼まれたからなのです」
クラウスが静かに語り始める。
「彼はイザベルと結婚しようと決めるにあたって、もし貴女が不幸な境遇にいるのなら、自分も幸せに生きる権利はないとね」
「そう、でしたの……」
「優しい方ですよ。ただ、王太子には向かなかっただけで。案外降りることになって、ほっとしていると思いますよ」
「クラウス様……」
「では、私もこれで」
彼はアデレードに軽く礼をして、その場を辞した。
「さぁ、私達も帰りましょう」
アデレードはゲアハルトとクリスに微笑みかける。アデレード達の戦いは終わったのだ。
とりあえず、今はディマを撫でながらゆっくり休みたいわ。
屋敷で待っている愛犬の姿を思い出し、アデレード達も劇場を出ていく。
「いやー、流石、我が女神。素晴らしい悪役っぷり。私の創作意欲もばしばし刺激されたよ。こうしちゃいられない。早速書き始めないと! ねぇ、シュナイダー」
「あぁ、そうだな」
貴族達が逃げ去った後も、芸術家の2人は好奇心からその場に留まり、ずっと経過を見ていたのだった。
ゲアハルトがアデレードの前に立つ。
「クリス、嬢ちゃんを頼むぜ」
その言葉にクリスは頷き、アデレードを守るように自分の後ろに下がらせる。ゲアハルトは動き辛い上着を脱ぎ、首元を緩める。公爵の手下達が威嚇するように剣を抜き、銀色の刃がシャンデリアの炎にきらりと光る。劇場で遠巻きにアデレード達を見ていた貴族達が悲鳴を上げて、劇場内を逃げ惑い、ある者は劇場の奥へ、ある者は外へと逃げて行った。
「武器もないのに大丈夫ですの?」
「こんな連中、素手で充分だ」
男の一人がゲアハルトに斬りかかってくる。ゲアハルトはそれをひらりと躱し、手刀で男の手から剣を叩き落とす。そして男の腕を掴み、襲い掛かろうとしていた他の男達に向かって放り投げると、避け切れなかった男達がもろにぶつかる。そのまま体勢を崩して縺れるように倒れた。何とか避けた男達も、素早くゲアハルトが後ろを取って首筋を叩いて次々気絶させた。
「まったく、この服借りもんなんだぜ。破れたら困るだろうがよ」
制圧し終えたゲアハルトが服に付いた埃を払うような仕草をする。
「で、お嬢ちゃんどうする? まだあいつが残ってるけど」
わなわなと震えるサウザー公爵を指差し、ゲアハルトはアデレードを仰ぐ。彼女が口を開こうとした瞬間、公爵は逃げ出した。
「あっ」
「おい!」
アデレードとゲアハルトが思わず叫ぶ。だが、公爵は入口から外へ出ることが出来なかった。
「どこへ行くのです、ウルリッヒ?」
劇場の入口から青い制服を着た兵が雪崩れ込んで来る。その兵を指揮しているのは怜悧な印象の若い金髪の男性だった。アデレードにはその男性に見覚えがあった。
あれは……クラウスさん?
マックスと一緒にホテルに泊まりに来た青年だった。
でも、何故クラウスさんが兵を引き連れているの? マックスさんの言っていた協力者ってクラウスさんのことだったの? 確かに、私も会ったことがある、という点ではそうかもしれませんけど……。
困惑するアデレードを他所に、クラウスの連れて来た兵が公爵とその仲間を捕えていく。
「何をする! 俺ではなく、この女を捕まえろ!」
クラウスが冷たく公爵を一瞥する。
「何を勘違いしているのです、ウルリッヒ。私は貴方を迎えに来たのですよ」
「迎えだとっ!?」
「えぇ、貴方は病を患っておいでです。それ故に虚言を繰り返すのですよ。ありもしない事実に基づいてね。これ以上他の方に迷惑を掛けるわけにはいきませんから、病院までお送りしますよ」
クラウスはうずくまるイザベルと彼女を守るように抱きしめる王子の姿をちらっと見る。
「ええいっ、俺は病気なんかじゃないっ。離せ! 俺を誰だと思っている! 離せ、離せ、離せっ!」
口から泡を飛ばし、怒りに任せて拘束を解こうと手足をばたつかせる。そのやせ細った体からは想像もつかないほど激しく抵抗する。クラウスはその様子にため息を吐く。仕方ない、と言わんばかりに兵の一人に目くばせする。すると、その兵は公爵を気絶させた。
「連れていきなさい」
クラウスの指示により、公爵達は劇場から引き摺られるように連行されていった。
「あの、クラウスさん、これは一体……?」
躊躇いがちにアデレードはクラウスに話しかける。
「王族は何も、国王陛下とエーリッヒ王子だけではありませんよ」
クラウスは苦笑した。
「あっ……!」
つまり、クラウスは王族の一人だったのだ。
そういえば、陛下の弟君には3人の御子がいて確か、3番目の王子がクラウス様と言ったような……。
アデレードは愕然としながら呟く。
「どうして今の今まで気が付かなかったのかしら?」
王子はイザベルをゆっくりと立たせる。
「フロイライン・アデレード、リーフェンシュタール伯の言う通り、息災でいてくれて良かった。どうか、これからの人生も貴女に幸多からんことを」
「ありがとうございます、殿下。殿下が真の愛を見つけられたこと、本当に喜ばしく思います。お二人の前途にも祝福が訪れますように。何といっても、愛が全てですわ」
アデレードは優雅に一礼し、劇場から出ていく2人を見送った。
「実は私がリーフェンシュタール領の貴女の許へ行ったのは、エーリッヒに頼まれたからなのです」
クラウスが静かに語り始める。
「彼はイザベルと結婚しようと決めるにあたって、もし貴女が不幸な境遇にいるのなら、自分も幸せに生きる権利はないとね」
「そう、でしたの……」
「優しい方ですよ。ただ、王太子には向かなかっただけで。案外降りることになって、ほっとしていると思いますよ」
「クラウス様……」
「では、私もこれで」
彼はアデレードに軽く礼をして、その場を辞した。
「さぁ、私達も帰りましょう」
アデレードはゲアハルトとクリスに微笑みかける。アデレード達の戦いは終わったのだ。
とりあえず、今はディマを撫でながらゆっくり休みたいわ。
屋敷で待っている愛犬の姿を思い出し、アデレード達も劇場を出ていく。
「いやー、流石、我が女神。素晴らしい悪役っぷり。私の創作意欲もばしばし刺激されたよ。こうしちゃいられない。早速書き始めないと! ねぇ、シュナイダー」
「あぁ、そうだな」
貴族達が逃げ去った後も、芸術家の2人は好奇心からその場に留まり、ずっと経過を見ていたのだった。
2
お気に入りに追加
161
あなたにおすすめの小説
運命の歯車が壊れるとき
和泉鷹央
恋愛
戦争に行くから、君とは結婚できない。
恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。
他の投稿サイトでも掲載しております。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
私と一緒にいることが苦痛だったと言われ、その日から夫は家に帰らなくなりました。
田太 優
恋愛
結婚して1年も経っていないというのに朝帰りを繰り返す夫。
結婚すれば変わってくれると信じていた私が間違っていた。
だからもう離婚を考えてもいいと思う。
夫に離婚の意思を告げたところ、返ってきたのは私を深く傷つける言葉だった。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
王子からの縁談の話が来たのですが、双子の妹が私に成りすまして王子に会いに行きました。しかしその結果……
水上
恋愛
侯爵令嬢である私、エマ・ローリンズは、縁談の話を聞いて喜んでいた。
相手はなんと、この国の第三王子であるウィリアム・ガーヴィー様である。
思わぬ縁談だったけれど、本当に嬉しかった。
しかし、その喜びは、すぐに消え失せた。
それは、私の双子の妹であるヘレン・ローリンズのせいだ。
彼女と、彼女を溺愛している両親は、ヘレンこそが、ウィリアム王子にふさわしいと言い出し、とんでもない手段に出るのだった。
それは、妹のヘレンが私に成りすまして、王子に近づくというものだった。
私たちはそっくりの双子だから、確かに見た目で判断するのは難しい。
でも、そんなバカなこと、成功するはずがないがないと思っていた。
しかし、ヘレンは王宮に招かれ、幸せな生活を送り始めた。
一方、私は王子を騙そうとした罪で捕らえられてしまう。
すべて、ヘレンと両親の思惑通りに事が進んでいた。
しかし、そんなヘレンの幸せは、いつまでも続くことはなかった。
彼女は幸せの始まりだと思っていたようだけれど、それは地獄の始まりなのだった……。
※この作品は、旧作を加筆、修正して再掲載したものです。
妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!
石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。
だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。
しかも新たな婚約者は妹のロゼ。
誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。
だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。
それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。
主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。
婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。
この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。
これに追加して書いていきます。
新しい作品では
①主人公の感情が薄い
②視点変更で読みずらい
というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。
見比べて見るのも面白いかも知れません。
ご迷惑をお掛けいたしました
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる