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最終章 この愛が全て

第96話 決着に向けて

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 カールは窓の前に立ち、外を眺める。しかし、彼の目に映っているのは王都の家並みではなく、故郷の山々であった。

 皆、変わらず生活してくれていれば良いが……。

 連行されたときは、投獄も覚悟していたが、今のカールは法務院の1室に留め置かれていた。部屋は広く、家具も全て揃っているので不便はない。手紙であれ面会であれ外部との接触と外出の禁止を言い渡された以外は。
 法務院の中でも、自分の身柄をどうするのか決まっていないことを、カールはこの1週間あまりで知ることとなった。

 そういえばアデレードはどうしているだろうか。おかしな行動を取っていないと良いが……何だか、嫌な予感がするな。

 カールはため息を吐いた。

「伯爵?」

 声を掛けられて、振り返ると黒い法衣を纏った50代ほどのとび色の髪の紳士が紅茶を盆に載せて立っていた。

「すみません、ノックはしたのですが……」
「いや、こちらこそ気が付かなくて申し訳ない、ロイド卿」
「何か考え事でも?」
「山は遠いな、と思いましてね。ここからでは欠片も見えない」

 立っていたのはマックスの父だった。彼はこの法務院で要職に就いている。

「何も貴方が執事の真似事など。貴方の職責ではありますまいに」

 ロイド卿はテーブルに紅茶を置いた。

「いえ。私が希望したのです。末の息子がご迷惑をおかけしておりますし。とんだバカ息子でお詫びのしようもございません」

 そう詫びながらも、父から子への愛情がカールには感じられた。

「育て方を間違えました」
「いいえ。マックスは好ましい人物ですよ」

 屈託のない正直さ、邪気のない素直さからは、家族から愛され可愛がられて育ってきたのがよく分かる。

「何となく手を貸したくなる、愛嬌のあるところなどは得難い資質だと思います」

 ま、本人には絶対に言いたくないが。

 恐縮するロイド卿を見て小さく笑みを零し、カールは椅子に座り紅茶に口をつける。

「末の息子が貴方への嫌疑を晴らすべく、そちらの方と一緒に動いているそうです。あんな子でも何か役に立てることがあれば良いのですが……」
「そちらの方?」
「はい。リーフェンシュタール領から伯爵を追いかけて来られた方々です」
「そうか……」

 来ている。彼女はきっと来ている……。変なことになっていないと良いが。

 カールは自分の勘が当たりそうな気がして、思わず渋い顔になる。ロイド卿は彼の姿を見ながら、やりきれない気持ちになっていた。
 この一週間ほどでカールと接してみて、彼が貴族としても人としても良く出来た人物だと分かった。法務院へ連れて来られた際も、喚きも嘆きもせず、一切の動揺も見せず、ただ一言。
 諸君らのたゆまぬ正義への奉仕に敬意を。その誠実かつ公平な職務の遂行を私は信じている、と告げたのだった。
 その一言で、彼は自分の容疑は不当であると滲ませたのだ。その堂々たる佇まいは、居並ぶ高官の肝を冷やすのには充分だった。
 そしてそれ以来、カールは何の不満も漏らさず、部屋で静かに過ごしている。それが却って法務院の人々に言い知れぬ不気味さと圧力を感じさせるのだった。
 そうかと思えば、リーフェンシュタールの山々の話をする彼は青年らしさも見せる。
 全く以て、サウザー公爵の圧力に屈した一部の高官達にロイド卿は忸怩たる思いと、長年奉職してきた法務院への失望を少なからず覚えた。
 カールが紅茶を飲み終えたところで、扉をノックする音が聞こえてきた。
 私が、とロイド卿が扉を少し開けると、若い官僚が何か慌てたようにロイド卿に耳打ちすると、彼の表情にも驚愕が広がる。

 何か不味いことでも起きたのか?

 カールは覚悟を決める。ロイド卿は緊張した面持ちで、扉を恭しく開く。入ってきたのは、金糸の刺繍が施された白いローブを身に纏い、ロイド卿と同じくらいの年代の男性で
 だが、すらりと背が高く、その濃い金髪に宝冠が輝く。

「陛下」

 カールはその顔を見て、驚きつつも急いで椅子から立ち上がり、床に膝をつき、頭を垂れる。流石にカールも動揺を隠しきれない。ロイド卿が静かに扉を閉めて、部屋には国王とカールだけになった。

「良い。楽にしてくれ、リーフェンスタール伯爵」
「はっ」

 カールはゆっくりと立ち上がる。

「そこへ座っても良いかな。私も歳でね、ずっと立っているのは辛いのだ」

 苦笑いして、王は椅子に腰掛ける。

「陛下、何故こちらへ……?」

 カールは躊躇いがちに王に尋ねる。
「此度の件、そなたには申し訳ないと思っている」

 頭を下げた王に、カールは焦った。

「陛下、そのようなことはっ……」
「ウルリッヒには自分で自分の道を正して欲しかったのだが……」

 王はため息を吐く。普段は威厳に満ちたその姿も、今は疲労の色が濃い。

「甥っ子としては、多少のやんちゃには目を瞑ってきたが、それが仇になってしまったな。これは私の責任だ。こうなっては公爵には……」
「陛下」

 カールは続けようとしていた王の言葉を遮った。

「失礼ながら、公爵は御病気です」

 王は驚いた顔をする。

「ですから、ありもしない陰謀の影に取り憑かれておいでなのです。病んでおられるから、現実と妄想の区別が付かなくなっていらっしゃるのです」
「リーフェンシュタール伯……」
「ウルリッヒ殿は、心を病んでおられる。ただ、それだけです。しかし、病んだその精神はおそらく治りません」

 かつてラシッド医師が言っていたことを、カールは思い出していた。麻薬は強い依存性があり、一度中毒に陥れば、それは治らぬ病にかかったも同じだと。

「もし、陛下が責任をお感じになるのなら、ウルリッヒ殿を療養させるのがよろしいかと存じます」
「そう思うか?」
「差し出がましい口を利きました。ご容赦下さい」
「いや。そなたの忌憚のない意見は貴重だ。聞けて良かった」

 カールは丁重に頭を下げる。

「そうか、病か。それでは公爵としての仕事も勤まるまいな」

 王は独り言のように呟きながら、立ち上がる。

「すまぬな、伯爵。今しばらくここで待っていてはもらえぬだろうか。遠からず全ての決着が着く」
「陛下の御心のままに」

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