77 / 109
第4章 ホテルの個性的な客達
第78話 祭り、そしてその後
しおりを挟む
そして祭りの日、露店が並び人々が賑やかに行きかう。広場には設置された舞台の上で、領民達がめいめいに練習してきた楽器や歌、芝居を披露し、それを見物人が楽しそうに見ている。勿論、彼らの側にはビールやワイン、それに酒の肴が置いてあった。
ブッフバルトは半ば強引にシュナイダーを連れて祭りへ繰り出す。アデレード達も仕事の合間に出店を覗いたり、舞台を見たりと、祭りを謳歌していた。
そして陽が暮れ始めると、篝火が広場の方々で焚かれ、幻想的な趣になる。楽隊が楽器を鳴らし、陽気な音楽が流れ始めた。
すると、村人達は好き勝手に踊り始める。手を取って夫婦で踊り出す者も居れば、一人で体を揺らす者も居る。ブッフバルトなど女性達に囲まれながらくるくると舞っていた。ディマも楽しそうに人々の周りを飛び跳ねる。それを微笑みながら座って見ていたアデレードを、メグが腕を引っ張って立ち上がらせる。
「お嬢さん、さぁ」
「えぇ、ちょっと……」
アデレードは背中を押されて歩み出すと、目の前にカールが現れた。
「「あっ」」
これはどう考えても、一緒に踊れということだろう。アデレードは動揺しながら言った。
「えっと……私こういう曲調のダンスは踊ったことがありませんの……」
「気にする事はないさ」
カールはアデレードの右手を取り、そしてもう片方の手を彼女の腰に回す。アデレードの鼓動が早くなる。
「は、伯爵」
「細かいことは気にせず、楽しめば良い」
カールは笑って、ステップを踏み出した。アデレードは彼の動きに合わせるように、慌てて足を運ぶ。
「伯爵、酔ってらっしゃいます?」
彼らしからぬ行動の裏には酒が絡んでいると、アデレードは冬狩りの時に学んでいた。
「いや。少し飲んではいるが。それがどうかしたのか?」
それでは、私はまた狐に騙されてるの?
春先に、狐に騙されてカールとダンスする幻を見たことを思い出した。
「フロイライン?」
「いえ、ちょっと驚いただけですわ」
アデレードは首を振った。
たぶんこれは幻じゃない、けれど……。
「そうですわね。お祭りですもの、楽しまなきゃ!」
アデレードはニコッと笑って、カールの手を握り返し、彼の肩に手を置く。そして、今度はアデレードが旋律に乗って、思い切り体を動かす。
カールは一瞬驚きつつも彼女の動きに合わせる。夜遅くまで、2人は時にカールがリードし、時にアデレードがリードしながら、愉快に踊り続けた。
次の日、まるで夢見心地でアデレードは目を覚ます。
一生の思い出だわ。伯爵とあんな風に踊れるなんて。起きた今でも胸がどきどきしているわ。
ふわふわした気持ちで、ディマの散歩に行き、そして朝食を給仕していると、ブッフバルトに何か含みのあるような笑みを向けられた。
「フロイライン、昨日はとても幸せそうでしたね~」
その言葉に、シュナイダーも無言で頷く。アデレードは顔を赤くした。
「我々も、貴女に何だが活力を貰った気がします。そこでお願いなのですが」
「何でしょうか?」
「少し書きたい劇が出来ました。そこでしばらく、部屋に籠りたいのです。終わるまで、我々のことは構わないで下さい」
「でも、お食事は……」
「気が向いたら適当にやりますから、食堂にパンやハムでも置いておいて下さい」
「……分かりましたわ」
アデレードは神妙に頷くと2人はそれぞれ部屋に戻っていった。
「ディマ、貴方も静かにしてなきゃダメよ」
アデレードの言葉が分かったのか、愛犬は頭を上下に動かす。
そして、一週間後の昼下がり、おもむろに部屋からブッフバルトが出てきた。
「貴女のお陰で、素晴らしい脚本が出来上がりましたよ、フロイライン!」
そう言って、嬉しそうに出来上がった原稿をアデレードに渡す。中を開いて読むと、一人の猟師が恐ろしい人を喰う山の化け物と対決する話だった。
……あれ、この話、似たようなことを誰かから聞いた気がするわ。でも、それは化け物ではなくて、熊だったような……。
「って、これゲンさんのっ!」
アデレードは思わず叫んでいた。
私の話は? あれだけ、興味津々で聞いていたのに?
「えぇ。彼の語り口は素晴らしいですね。熊との緊迫のやり取り、彼の波乱万丈の半生、いやー一大スペクタクルですよ。あ、元々の話は熊でしたけど、そこは化け物に変えさせてもらいました」
……私、酔っ払いの与太話に負けたの?
にこやかに話すブッフバルトに何故か謎の敗北感を覚えるアデレード。わなわな震えていると、丁度シュナイダーも部屋から出てきた。
「おー我が友! 君も小説を書き上げたのかい?」
ブッフバルトの問い掛けにシュナイダーは頷く。
「粗削りだがな。フロイラインも良かったら読んでみてくれ」
アデレードはシュナイダーの原稿を受け取り、読み始める。
「……って、私死んでるっ!?」
再びアデレードが叫んだ。
シュナイダーの書いた話は、山奥の高級ホテルで、訳アリの客達と女主人と使用人達が繰り広げるミステリーであった。その冒頭、女主人が毒殺されるところから始まる。明かされる客達の秘密、鍵を握るメイド、そして犯人は山の崖に追い詰められ、自らが犯した罪を告白するのだった……。
「うむ、良い作品が書けた。礼を言うフロイライン」
「それは、どうも……」
「出来上がったら、ここへ贈ろう。そこへ本棚へ置いてくれ」
「あ、ありがとうございます」
アデレードは何か釈然としないものを感じたが、素直に受け取ることにした。
それから、彼らは2日ほど作品を書き上げた解放感を味わい、楽しみ、そしてリーフェンシュタール領から王都へ帰って行った。
「……何だかどっと疲れたわね。そうでしょ、ディマ」
アデレードは迎えに来た馬車を見送りながら、呆然と呟いた。
ブッフバルトは半ば強引にシュナイダーを連れて祭りへ繰り出す。アデレード達も仕事の合間に出店を覗いたり、舞台を見たりと、祭りを謳歌していた。
そして陽が暮れ始めると、篝火が広場の方々で焚かれ、幻想的な趣になる。楽隊が楽器を鳴らし、陽気な音楽が流れ始めた。
すると、村人達は好き勝手に踊り始める。手を取って夫婦で踊り出す者も居れば、一人で体を揺らす者も居る。ブッフバルトなど女性達に囲まれながらくるくると舞っていた。ディマも楽しそうに人々の周りを飛び跳ねる。それを微笑みながら座って見ていたアデレードを、メグが腕を引っ張って立ち上がらせる。
「お嬢さん、さぁ」
「えぇ、ちょっと……」
アデレードは背中を押されて歩み出すと、目の前にカールが現れた。
「「あっ」」
これはどう考えても、一緒に踊れということだろう。アデレードは動揺しながら言った。
「えっと……私こういう曲調のダンスは踊ったことがありませんの……」
「気にする事はないさ」
カールはアデレードの右手を取り、そしてもう片方の手を彼女の腰に回す。アデレードの鼓動が早くなる。
「は、伯爵」
「細かいことは気にせず、楽しめば良い」
カールは笑って、ステップを踏み出した。アデレードは彼の動きに合わせるように、慌てて足を運ぶ。
「伯爵、酔ってらっしゃいます?」
彼らしからぬ行動の裏には酒が絡んでいると、アデレードは冬狩りの時に学んでいた。
「いや。少し飲んではいるが。それがどうかしたのか?」
それでは、私はまた狐に騙されてるの?
春先に、狐に騙されてカールとダンスする幻を見たことを思い出した。
「フロイライン?」
「いえ、ちょっと驚いただけですわ」
アデレードは首を振った。
たぶんこれは幻じゃない、けれど……。
「そうですわね。お祭りですもの、楽しまなきゃ!」
アデレードはニコッと笑って、カールの手を握り返し、彼の肩に手を置く。そして、今度はアデレードが旋律に乗って、思い切り体を動かす。
カールは一瞬驚きつつも彼女の動きに合わせる。夜遅くまで、2人は時にカールがリードし、時にアデレードがリードしながら、愉快に踊り続けた。
次の日、まるで夢見心地でアデレードは目を覚ます。
一生の思い出だわ。伯爵とあんな風に踊れるなんて。起きた今でも胸がどきどきしているわ。
ふわふわした気持ちで、ディマの散歩に行き、そして朝食を給仕していると、ブッフバルトに何か含みのあるような笑みを向けられた。
「フロイライン、昨日はとても幸せそうでしたね~」
その言葉に、シュナイダーも無言で頷く。アデレードは顔を赤くした。
「我々も、貴女に何だが活力を貰った気がします。そこでお願いなのですが」
「何でしょうか?」
「少し書きたい劇が出来ました。そこでしばらく、部屋に籠りたいのです。終わるまで、我々のことは構わないで下さい」
「でも、お食事は……」
「気が向いたら適当にやりますから、食堂にパンやハムでも置いておいて下さい」
「……分かりましたわ」
アデレードは神妙に頷くと2人はそれぞれ部屋に戻っていった。
「ディマ、貴方も静かにしてなきゃダメよ」
アデレードの言葉が分かったのか、愛犬は頭を上下に動かす。
そして、一週間後の昼下がり、おもむろに部屋からブッフバルトが出てきた。
「貴女のお陰で、素晴らしい脚本が出来上がりましたよ、フロイライン!」
そう言って、嬉しそうに出来上がった原稿をアデレードに渡す。中を開いて読むと、一人の猟師が恐ろしい人を喰う山の化け物と対決する話だった。
……あれ、この話、似たようなことを誰かから聞いた気がするわ。でも、それは化け物ではなくて、熊だったような……。
「って、これゲンさんのっ!」
アデレードは思わず叫んでいた。
私の話は? あれだけ、興味津々で聞いていたのに?
「えぇ。彼の語り口は素晴らしいですね。熊との緊迫のやり取り、彼の波乱万丈の半生、いやー一大スペクタクルですよ。あ、元々の話は熊でしたけど、そこは化け物に変えさせてもらいました」
……私、酔っ払いの与太話に負けたの?
にこやかに話すブッフバルトに何故か謎の敗北感を覚えるアデレード。わなわな震えていると、丁度シュナイダーも部屋から出てきた。
「おー我が友! 君も小説を書き上げたのかい?」
ブッフバルトの問い掛けにシュナイダーは頷く。
「粗削りだがな。フロイラインも良かったら読んでみてくれ」
アデレードはシュナイダーの原稿を受け取り、読み始める。
「……って、私死んでるっ!?」
再びアデレードが叫んだ。
シュナイダーの書いた話は、山奥の高級ホテルで、訳アリの客達と女主人と使用人達が繰り広げるミステリーであった。その冒頭、女主人が毒殺されるところから始まる。明かされる客達の秘密、鍵を握るメイド、そして犯人は山の崖に追い詰められ、自らが犯した罪を告白するのだった……。
「うむ、良い作品が書けた。礼を言うフロイライン」
「それは、どうも……」
「出来上がったら、ここへ贈ろう。そこへ本棚へ置いてくれ」
「あ、ありがとうございます」
アデレードは何か釈然としないものを感じたが、素直に受け取ることにした。
それから、彼らは2日ほど作品を書き上げた解放感を味わい、楽しみ、そしてリーフェンシュタール領から王都へ帰って行った。
「……何だかどっと疲れたわね。そうでしょ、ディマ」
アデレードは迎えに来た馬車を見送りながら、呆然と呟いた。
1
お気に入りに追加
161
あなたにおすすめの小説
運命の歯車が壊れるとき
和泉鷹央
恋愛
戦争に行くから、君とは結婚できない。
恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。
他の投稿サイトでも掲載しております。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
旦那様は私より幼馴染みを溺愛しています。
香取鞠里
恋愛
旦那様はいつも幼馴染みばかり優遇している。
疑いの目では見ていたが、違うと思い込んでいた。
そんな時、二人きりで激しく愛し合っているところを目にしてしまった!?
妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!
石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。
だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。
しかも新たな婚約者は妹のロゼ。
誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。
だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。
それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。
主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。
婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。
この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。
これに追加して書いていきます。
新しい作品では
①主人公の感情が薄い
②視点変更で読みずらい
というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。
見比べて見るのも面白いかも知れません。
ご迷惑をお掛けいたしました
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる