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第4章 ホテルの個性的な客達
第67話 組み合わせ
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数時間後、ゲアハルトがヤマドリを2羽持ってきてくれた。
「まったくお嬢ちゃんは無理言うぜ」
「ゲンさん! ありがとうございます」
「血抜きは済ませといたから、あとは毛ぇ毟って捌くだけだ」
「まぁ、助かりますわ。お礼と言っては何ですけど、これを」
アデレードがそう言って白ワインを一本ゲアハルトに渡す。それはマックスに酒の件を指摘された際、アデレード達は銘柄や味など全く知識が無かったので、カールに相談して色々取り揃えたものの一つだった。
「お、分かってきたな。お嬢ちゃん」
ゲアハルトはにやっと笑い、上機嫌で帰っていった。
「これで一先ず今日の夕食分は大丈夫ね」
メグが調達してくれた野菜類と捌いたヤマドリを厨房に並べる。
「さて、何を作りますか……」
クリスがうーんと唸るとメグが明るい声で提案した。
「今はトマトが美味しい時期ですから、ヤマドリをソテーしてその上からトマトソースを掛けたものはどうでしょう?」
「良さそうだわ。それでいきましょう」
「あ、でもお付きの人達も同じメニューで大丈夫ですかね?」
首を捻り、クリスが疑問を口にした。
「普通なら、主人と従者が同じメニューで食事なんてことは無いけれど、お客様には違いないわ。だから同じで良いと思うの。もし、フラウ・シュミットがお嫌なら明日からは改めれば良いわ」
「分かりました」
アデレードの言葉に2人は頷いて、調理を始める。
「緊張するわね……」
出来上がった料理を運びながら、アデレードは小さく呟く。
フラウ・シュミットは大商会の代表で、舌も肥えいるに違いないわ。リーフェンシュタール家とも取引がある御方。粗相があってはいけないわ。勿論、マックスさんに適当に接していたわけではないけれど……。
山以外にはほとんどこだわりのないマックスはその点、気の楽なお客さんであった。固い顔をしていたアデレードを見て、シュミット夫人は悠然と微笑む。
「そんな怖い顔をなさらないで。私は取って食ったりしないわ、フロイライン・マイヤール」
久しぶりに呼ばれた名字に、アデレードは思い切り目を開いた。
「どうして、それを……」
「商人は情報に敏くてはね」
「では、商人は皆さまご存じで?」
「いいえ、まさか。知っているのは私くらいなものよ。それに安心して、別に言いふらそうとは思っていないから。ここへは骨休めに来たのですもの」
シュミット夫人の言葉にアデレードはホッと胸を撫で下ろした。
「さて、料理が冷めないうちに頂こうかしら」
「は、はい。よろしければお酒の類も置いてありますので、何かあればお申しつけ下さい」
「あら、じゃぁ一杯頂こうかしら。何がおすすめ?」
アデレードはそう問われて、一瞬止まってしまった。フラウ・シュミットが満足するものがあるだろうか。
ここでしか飲めないもの……。
「それでしたら、リンゴ酒はいかがでしょうか?1」
「リンゴ酒?」
「はい。リーフェンシュタール領の特産品ですわ」
リンゴ酒はその名の通り、リンゴを熟成・発酵させて造るもので、辛口から甘口まであり、シュワシュワと発泡しているのが特徴だ。
「では、それを頂こうかしら」
「はい。お持ちしますね」
食後に紅茶を出すと、シュミット夫人はアデレードを呼び止める。
「お料理もリンゴ酒も悪くなかったけれど、一つだけ」
「何でしょう?」
「組み合わせは考えたことがあるかしら、フロイライン・マイヤール」
「組み合わせ……?」
「そうよ。酒も料理も出せば良いものではないわ。酒も料理に合うものを出せば、お互いに味を引き立て合って何倍も美味しくなる。貴女は自分のところで揃えている酒にどんな料理が合うかご存じかしら?」
「それは……」
痛いところを突かれてしまった。品揃え自体は、カールと相談して決めたので、質や味に疑いはない。が、アデレードはそれらを味見したことがないし、どんな料理に合うかなど考えたことも無かった。
「まぁ、若いお嬢さんだもの知らなくても仕方ないわね」
「いいえ。私の勉強不足ですわ。申し訳ございません」
アデレードは深々と頭を下げる。暗に、ホテルが子どもの遊びと思われたようで、至らなかった自分が悔しくて、唇を噛んだ。
その日の夜、アデレードは一人厨房に立っていた。夕食の席で言われたことを考えていた。
「そうよね、自分のところで提供しているものがどんな味か知らないなんて、駄目よね。よし、やるわっ」
アデレードは揃えた酒を全種類並べて一口ずつ飲んでは、メモを取っていく。
フラウ・シュミットが滞在している間に、絶対に満足させてみせますわ。
「まったくお嬢ちゃんは無理言うぜ」
「ゲンさん! ありがとうございます」
「血抜きは済ませといたから、あとは毛ぇ毟って捌くだけだ」
「まぁ、助かりますわ。お礼と言っては何ですけど、これを」
アデレードがそう言って白ワインを一本ゲアハルトに渡す。それはマックスに酒の件を指摘された際、アデレード達は銘柄や味など全く知識が無かったので、カールに相談して色々取り揃えたものの一つだった。
「お、分かってきたな。お嬢ちゃん」
ゲアハルトはにやっと笑い、上機嫌で帰っていった。
「これで一先ず今日の夕食分は大丈夫ね」
メグが調達してくれた野菜類と捌いたヤマドリを厨房に並べる。
「さて、何を作りますか……」
クリスがうーんと唸るとメグが明るい声で提案した。
「今はトマトが美味しい時期ですから、ヤマドリをソテーしてその上からトマトソースを掛けたものはどうでしょう?」
「良さそうだわ。それでいきましょう」
「あ、でもお付きの人達も同じメニューで大丈夫ですかね?」
首を捻り、クリスが疑問を口にした。
「普通なら、主人と従者が同じメニューで食事なんてことは無いけれど、お客様には違いないわ。だから同じで良いと思うの。もし、フラウ・シュミットがお嫌なら明日からは改めれば良いわ」
「分かりました」
アデレードの言葉に2人は頷いて、調理を始める。
「緊張するわね……」
出来上がった料理を運びながら、アデレードは小さく呟く。
フラウ・シュミットは大商会の代表で、舌も肥えいるに違いないわ。リーフェンシュタール家とも取引がある御方。粗相があってはいけないわ。勿論、マックスさんに適当に接していたわけではないけれど……。
山以外にはほとんどこだわりのないマックスはその点、気の楽なお客さんであった。固い顔をしていたアデレードを見て、シュミット夫人は悠然と微笑む。
「そんな怖い顔をなさらないで。私は取って食ったりしないわ、フロイライン・マイヤール」
久しぶりに呼ばれた名字に、アデレードは思い切り目を開いた。
「どうして、それを……」
「商人は情報に敏くてはね」
「では、商人は皆さまご存じで?」
「いいえ、まさか。知っているのは私くらいなものよ。それに安心して、別に言いふらそうとは思っていないから。ここへは骨休めに来たのですもの」
シュミット夫人の言葉にアデレードはホッと胸を撫で下ろした。
「さて、料理が冷めないうちに頂こうかしら」
「は、はい。よろしければお酒の類も置いてありますので、何かあればお申しつけ下さい」
「あら、じゃぁ一杯頂こうかしら。何がおすすめ?」
アデレードはそう問われて、一瞬止まってしまった。フラウ・シュミットが満足するものがあるだろうか。
ここでしか飲めないもの……。
「それでしたら、リンゴ酒はいかがでしょうか?1」
「リンゴ酒?」
「はい。リーフェンシュタール領の特産品ですわ」
リンゴ酒はその名の通り、リンゴを熟成・発酵させて造るもので、辛口から甘口まであり、シュワシュワと発泡しているのが特徴だ。
「では、それを頂こうかしら」
「はい。お持ちしますね」
食後に紅茶を出すと、シュミット夫人はアデレードを呼び止める。
「お料理もリンゴ酒も悪くなかったけれど、一つだけ」
「何でしょう?」
「組み合わせは考えたことがあるかしら、フロイライン・マイヤール」
「組み合わせ……?」
「そうよ。酒も料理も出せば良いものではないわ。酒も料理に合うものを出せば、お互いに味を引き立て合って何倍も美味しくなる。貴女は自分のところで揃えている酒にどんな料理が合うかご存じかしら?」
「それは……」
痛いところを突かれてしまった。品揃え自体は、カールと相談して決めたので、質や味に疑いはない。が、アデレードはそれらを味見したことがないし、どんな料理に合うかなど考えたことも無かった。
「まぁ、若いお嬢さんだもの知らなくても仕方ないわね」
「いいえ。私の勉強不足ですわ。申し訳ございません」
アデレードは深々と頭を下げる。暗に、ホテルが子どもの遊びと思われたようで、至らなかった自分が悔しくて、唇を噛んだ。
その日の夜、アデレードは一人厨房に立っていた。夕食の席で言われたことを考えていた。
「そうよね、自分のところで提供しているものがどんな味か知らないなんて、駄目よね。よし、やるわっ」
アデレードは揃えた酒を全種類並べて一口ずつ飲んでは、メモを取っていく。
フラウ・シュミットが滞在している間に、絶対に満足させてみせますわ。
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