上 下
58 / 109
第4章 ホテルの個性的な客達

第59話 初めてのお客様ー山男、再びー

しおりを挟む
 アデレードの邸宅の改装が済み、ホテルが開業したタイミングを見計らってあの男がやってきた。

「いやー、フロイライン・アデレード、素晴らしいじゃないですか」

 短く刈り込んだ金髪に人好きする笑顔を浮かべた、マックスが約束通り山に登りに来たのだ。ホテルの外観を眺めて感嘆を漏らす。

「でも、マックスさん。リーフェンシュタール伯はまだ帰ってきていませんわよ?」
「えぇ、知ってます。僕は少し早く来たんですよ~楽しみで。中を見せてもらえますか?」
「もちろん、どうぞ。お客様を待たせるなんて、ホテル失格ですわね」

 アデレードが悪戯っぽく笑い、マックスを中へ招いた。彼が持って来たトランクはクリスが中へ運ぶ。クリスもホテルの従業員らしく、制服を着用している。

 まぁ、私が見よう見まねでこういう感じのもの作ってと頼んだ代物ですけれど。

 アデレードが内心苦笑する。室内に入るとまずはカウンターがあり、そこでメグが笑顔で鍵を渡してくれる。カウンターを右に行くと食堂、左に行くと談話室だ。

「おーこちらは食堂ですか」

 元々は大きなダイニングテーブルが一つあるだけだった食堂は、部屋数に合わせて小さなテーブルを置くようになっていた。

「で、こっちが談話室、と。山の絵が素晴らしいですね」
「ありがとう。描いた子に伝えておきますわ」

 マックスがうきうきした様子で室内を検分していく。

「では、お部屋に案内しますわね」

 アデレードが廊下を通り、マックスを客室へ案内する。

「これは、素晴らしいですよ」

 ドアを開けて、彼が目を輝かせた。大きな窓に外の木立が見える。その窓を開ければ、テラスに出られるようになっている。木製のぬくもりを感じられるベッドや椅子などの調度品も心地良く、ほっと出来る空間となっている。

「これは楽しい滞在になりそうです。あ、そうそう、フロイライン。リーフェンシュタール伯から手紙預かってます」

 そう言ってマックスは、懐から封筒を取り出す。

「私に、伯爵から?」
「はい。あれは劇場だったかな……」




 マックスがリーフェンシュタール領に向けて出発する少し前。人気劇作家ブッフバルトの新作の歌劇を見に行った時のこと。

「伯爵!」

 第1幕が終わり、シャンパンや目当ての者を探す着飾った人々でごった返していた。人々は口々にこの意味の分からない歌劇の話をしている。

「一体何でしょうな、これは?」
「酷いなんてもんじゃないわ」
「ブッフバルトは気でも触れたのか」

 その中でマックスはカールの姿を見つけ、人を掻き分けて近づく。カールはリーフェンシュタール領で見た時よりも、疲れているように見えた。

「あぁ、マックスか」
「お久しぶりです、伯爵。今日こちらに来られると小耳には挟んだので、僕も来てみました」
「そうか」
「僕は歌劇はよく知りませんけど、こういうの流行ってるんですかね?」
「さてな。私も芸術のことは分からん。これも是非にと頼まれてな。フロイライン・アデレードでも居れば、楽しんだかもしれんが」
「そうかもしれませんね。どうされてます、フロイライン・アデレード?」
「君に言われた通り、ホテル開業の準備を着々と進めている」

 その言葉を聞き、マックスが嬉しそうな顔をする。

「良いですね! この調子で、伯爵も山、登っちゃいましょうっ」
「……お前はそれを言いに来たのか」
「頼みますよ、伯爵」

 呆れ顔のカールに、マックスが笑顔で念を押す。カールは軽く溜め息を吐くが、まぁそれも良いか、と思い始めていた。何故なら王都を離れる口実が出来るからだ。

「あら、リーフェンシュタール伯、こんなところで会うなんて珍しいですこと」

 声を掛けられ、2人が振り向くと、そこに黒いドレスを着たシュミット夫人が立っていた。

「フラウ・シュミット、貴女もこちらに?」
「えぇ。お付き合いで。まー酷いのなんの。ブッフバルトはどうしちゃったのかしら?」

 シュミット夫人の疑問に、2人は顔を見合わせる。どちらも歌劇は門外漢だったので、何とも答えられなかった。

「それで、こちらのお若い方はどなたかしら?」
「こちらは、マックス。ロイド家のお坊ちゃんです。マックス、こちらはフラウ・シュミット。シュミット商会の方だ」

 カールが簡潔に説明した。

「初めまして! フラウ・シュミット。伯爵とはつい最近、知り合ったんです」

 マックスが勢いよく挨拶すると、シュミット夫人は面白そうに笑う。

「伯爵にこんな元気なお友達がいるなんて安心しましたわ」
「それはどういう意味で……」
「はい! それで、今度リーフェンシュタール領の山に登ろうって計画を立ててるんです」
「おい……」

 カールをそっちのけで2人で話し始める。

「あら、素敵。若いって良いわね」
「それにフロイライン・アデレードがホテルを開業してくれるみたいですし、それも楽しみです」
「フロイライン・アデレード?」

 シュミット夫人がカールを見る。それは、”あの”アデレードか、と問うているのだ。カールは黙って頷く。

「まぁ、そう、ホテルを。まぁ、面白いことを聞いたわ」

 何か思うところがあるように、シュミット夫人が顎に手を当てる。

「えぇ、今からわくわくしてます」
「ふふ、良いわね。それじゃ、伯爵。また」
「えぇ」
 シュミット夫人が人混みに戻っていく。その姿を見送りながらマックスが呟いた。

「いやー、伯爵にこんな綺麗なお知り合いがいるなんて。フロイライン・アデレードはご存じなんですか?」
「……何でフロイライン・アデレードが出てくるんだ?」
「分かってらっしゃるくせに。そろそろ僕はリーフェンシュタール領に行こうと思うんですが……」
「……まぁ、良いだろう。だが、私はまだ王都に用がある。そうだ、出立する前に我が屋敷に寄ってくれ」

 カールの頼みに意外だな、と思いつつも、マックスが頷く。

「勿論、構いませんけど、何か御用が?」
「あぁ、託したいものがある」




「……と、言う訳で、預かって来ました。どうぞ」

 マックスが笑顔で、アデレードに手紙を差し出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。 だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。 しかも新たな婚約者は妹のロゼ。 誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。 だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。 それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。 主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。 婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。 この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。 これに追加して書いていきます。 新しい作品では ①主人公の感情が薄い ②視点変更で読みずらい というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。 見比べて見るのも面白いかも知れません。 ご迷惑をお掛けいたしました

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

処理中です...