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第1話:不運てんこ盛り男。

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 ごめんなさい。他の子に取られるくらいなら湊《みなと》君を殺して私も死ぬわ。
 痛いよね? ごめんなさい……。でも私もすぐに逝くから心配しないで。
 来世ではずっと一緒に居ましょう? いてくれるよね? 約束だからね? 裏切ったら……分かってるよね?
 大好きだよ。愛してるの。だから……。

「来世で幸せになろうね」

 ふとそんな記憶が頭をよぎる。
 あれはクラスでも特に人気の高かった結衣ちゃんに告白されて舞い上がっていた日の帰り道だった。
 いつも教室の隅で本を読んでいた地味で存在感の薄い少女……喜季《よしき》愛心《らら》。キキララなんてあだ名をつけられていた彼女に、俺は拉致られた。
 学校からの帰り道、キキララの家の前を通過しようとした時に硬い物で頭を殴られたんだと思う。

 目を覚ました時には椅子に座らされ、ガムテープで雁字搦めに固定されていた。

 キキララは恐怖で涙目になった俺の身体を舐めまわし、無理矢理キスをして、殺した。
 お腹にダマスカス包丁を突き立てられてぐちゃぐちゃかき回されたところまでは覚えているが、死んでしまったらしくその先は分からない。

 どうして今まさに死のうとしている時にこんな恐ろしい記憶を思い出してしまったのだろう。

 走馬燈代わりに前世の記憶を思い出すなんて妙な事もあるものだ。
 ……そうだ、そう言えば……。
 キキララに殺された後の事も少し思い出した。

 確かただっぴろい真っ白な空間に俺が素っ裸で立ってて、「私が神だ」とか言いだす怪しい白フードの男が現れたんだ。

 人は死んだら、その魂がすり減って消滅するまで転生を繰り返すらしい。俺も既に転生を経験済みなんだそうだ。
 幸運にも俺は魂強度が強いらしく、記憶を消した上ですぐに転生させてくれるとの事だった。

 転生。なんて心が躍るワードだろう。
 きっと事件前日までの俺なら新しい人生に夢も希望も持てたのかもしれない。

 でも、その時の俺は転生が怖かった。
 何せ、俺の後を追ってキキララがやって来る。
 次こそずっと一緒だと無理矢理約束し、その約束が成立していると思い込んだあいつが俺を追いかけてやってくるのだ。

 だから俺は神様に一か八かお願いしてみた。

「頼むから別の世界に転生させてくれ!」

 結果、俺は記憶を消されて何の疑問も持たずに、俗に言う剣と魔法が当たり前の世界、イシュタリアで過ごし、しがない冒険者になり……パーティを組んで、仲間と恋に落ち、そして崖に落ちた。

 いや、落とされた。
 俺を落としたのは恋人のエリアル。そして、将来有望と言われていた赤髪の剣士アドルフ。
 魔法使いのシルヴァは今回パスと言ってついてこなかったので奴は無関係かもしれない。

 崖から落ちていく時微かに聞こえたエリアルの「ごめんなさい」という言葉が耳から離れない。
 あいつはずっとアドルフの事が好きだった。そんな事は最初から分かってた。

 俺に告白してきたのだってアドルフの代わりだろうと気付いていた。それでも、俺は彼女を幸せにしてやりたくて頑張ってきたつもりだ。
 いつの間にアドルフの奴とうまく行ってたんだ?
 アドルフは女と見れば手を出さずにいられない下半身に脳みそがついてるような奴だから迫られてコロっといっちまったのか?
 ……俺がアドルフの批判なんかした所で弱者の遠吠え。持たざる者が選ばれた人間を貶してるだけだ。情けなくて涙が出るね。

 だとしても、それならそうと言ってくれれば、俺は涙を呑んで二人を祝福してやれたのに。はらわた煮え繰り返りながら表面だけでも笑顔で応援してやれたのに。
 どうしてわざわざ事故に見せかけて殺そうなんてするんだよ。

 ダンジョン探索中に崖から落とされた俺は運よく……いや、運悪くかな? 足から落ちたせいで即死を免れてしまった。

 内臓へのダメージが酷く、立ち上がる事も出来ずに自分の身体から体温が消えていくのを待つ事しかできない。
 最初のうちは広がっていく自分の血が生ぬるく、気持ち悪かったのに今はもうそれもよく分からなくなっていた。

 未練がましく生にしがみ付くように、自分のステータスを呼び出した。

 今までなんの疑問も持たずに当たり前のように受け入れていたが、このステータスというのはどういう仕組みなんだろう?
 まるで前世で遊んでたRPGみたいだ。

 ゲーム中のキャラクター達はこんな物が見えていたのかな。
 それとも世界を観測している立場、プレイヤーにだけ見えていたのか。

 ……意識が朦朧として変な事ばかり考えてしまう。ゲームは所詮ゲームだし、死んだってやり直しがきくってのに……。

 いっそこの命もゲーム内の物なら良かった。

 目が覚めたら教会とか城の中でさ、「死んでしまうとはなさけない」とか言われてやり直し。

 ……よく考えたらゲームによっては仲間が死んでいく物もあったなぁ。
 だとしたらこんなモブキャラの俺なんてどっちみちこのまま死ぬ運命なんだろう。
 でもゲームの勇者ならアドルフみたいなクソ野郎じゃないはずなんだがなぁ。

 この世界ではステータスは常識だけれど、こんな設定を作った神様はよほどゲーム好きだったのかもな。

 ステータスは意思一つで誰でも表示する事が出来る。小さなウィンドウのような物に表示され、自分以外には見えない。

 俺のステータスにはこう書いてある。

 ミナト・ブルーフェイズ
 レベル:19
 種族:人族
 職業:剣士
 通常スキル:剣技レベル4
 上位スキル:特に無し
 特殊スキル:特に無し

 ……戦闘をこなせばレベルが上がり、腕力、体力、俊敏さなどに補正がかかっていく仕組みだが、その細かい数値は表示されないのでどの程度成長しているのかはよく分からない。
 もしかしたら人によって成長度が違うのかも。

 レベル20になれば初級冒険者から中級冒険者に昇格出来たっていうのにほんとについてない。

 モブキャラの俺はこの光も無い真っ暗な場所で死んでいくんだろう。

 前世ではストーカーのヤンデレ女に殺され、逃げてきたこの世界では恋人に裏切られて殺される。

 確かに俺は人に褒められるような人徳者じゃないし、素行は悪かっただろう。だがこんな目にあって死ぬほどじゃないんじゃないか?
 少なくともエリアルに対しては誠実にしてきたつもりだ。

 あまりに惨め。悔しい。ここから生きて帰れるならばあいつらに復讐してやりたい。
 残りの人生を牢屋で過ごす事になってもいい。それでもいいから、俺はあいつらを殺してやりたかった。

 エリアルにそんな感情を抱くなんて最低だ。それでも、俺は彼女が俺を見ていなくても愛していたし、アドルフを選ぶというのならそれでも良かった。彼女が幸せになれるならばそれで。

 だけど、エリアルの声は……。

「ごめんなさい」

 あの声は、言葉とは裏腹に……。

 とても、嬉しそうだった。


 悔しい……こんな所で死ぬなんて……畜生。あっ、もう……意識が……畜生、畜生、畜生、ちくしょう、ちく……しょ……。




「おや、また君かね」

 自称神様は素っ裸の俺を見下ろし、呆れたような声で言った。

「まぁこちらとしては好都合なんだけどね」
「頼む、あんたが神様だって言うなら俺を生き返らせてくれ!」
「……転生じゃなくて?」
「転生じゃダメだ! イシュタリアに俺を、生き返らせてくれ!」

「無茶言わないでよ。無理無理。死んだ人を生き返らせるってこっちからしたらいろいろ規則違反なんだよ?」

 知った事か!

「転生じゃダメなんだ。もう一度、もう一度あの世界で……奴等に復讐さえ出来るのならばなんだってする! だから頼む!」

「……今なんでもするって言った? 言ったよね? だったらこっちの条件を呑んでくれるなら……生き返らせてあげてもいいよ?」



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