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卒業 Ⅱ
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俺が剣道部に入ると、話はすぐに広がり、学校で騒ぎとなった。
これは剣道部いじめだとか、拳から剣に変えて無差別暴力をする気だとか。
当然、剣道部をやめる奴もいた。
「いーのかよ?」
「何が?」
「今週は二人やめるんだろ?」
「なぁに、問題はない。お前が、一人二役として試合に出てくれればいい。浩史くんと、浩子ちゃんだ」
「問題大アリじゃねぇか!」
そんないい加減な主将だが、彼女はこんな俺に、付き切りで剣道を教えてくれた。
俺は一日でも早く、彼女を超えたくて、部活がある日もない日も、ひたすら竹刀を握って練習をした。
成果を実感したのは、剣道大会の個人戦で、強豪の相手校に勝てたときだった。
このまま強くなれば、確実に彼女に勝てる。そう確信した。
約束の日が近づいていたときだった。
濱崎先輩が、稽古の休憩中に、自身の夢について話した。
「私はね、この学校の教師になって、ここを変えたいんだ」
どうして、そんなことを俺なんかに話すのだろう、と思った。
でも、それを口にはせず、ただ「ふーん」と相槌を返しただけであった。
卒業式当日。
俺は、今度こそ彼女を負かし、あの日の雪辱を果たすつもりであった。
竹刀を強く握って、彼女を待った。
卒業式が終わり、学校から生徒がいなくなり、日がすっかり落ちた。
しかし、待てど暮らせど、彼女は来ず。
無情にも、時間だけが過ぎていった。
それでも、彼女なら来るはずだと信じて、俺は一人待ち続けた。
だが、結局その日、濱崎先輩が俺の前に現れることはなかった。
その理由を知るのは、翌日のことであった。
剣道部員の一人に尋ねると、
「濱崎先輩は……。昨日、信号待ちをしていた所に、飲酒した男のトラックが突っ込んできたって。知らなかったんですか?」
と言われた。
なんだ、それ。
頭の中が真っ白になり、言い知れぬ感情で、ぐちゃぐちゃとなった。
俺は剣道部をやめ、竹刀を捨てた。
あれから、俺は人を殴らないようになった。
そして、彼女の夢を引き継いで、学校の先生となった。
今になって思う。きっと、俺は最初から彼女に惚れていたのだと。
窓から初めて声をかけられるよりも前から、俺は彼女の存在を知っていた。剣道部主将、濱崎麗果。
約束の日。もし、彼女と勝負できていたら、俺は勝つことができていただろうか?
俺は教室を見渡して、言った。
「そういう訳で、市原は家庭の事情で、引っ越すことになった。皆と教室で過ごす時間は、あと僅かだが、残された時間を大事にして、しっかりと学校生活を送るように」
その言葉は、俺自身に向けたものでもあった。俺の学校生活は酷いものだった。けれど、過ぎた時間が戻ることはない。気づいたときには、いつだってもう遅いのだ。
教室で朝礼を終え、職員室に戻ると、向かい机に座る女性教師が話しかけてきた。
「市原君が引っ越しなんて、寂しくなりますね。出会いと別れは、辛いなあ」
「……そうッスね」
そのとき、俺の机の上に放り出してあった携帯が震えた。
妻からのメールであった。
今夜は早く帰ってあげないと、うるさそうだ。
俺は彼女の顔を思い出して、ふっと笑った。
『卒業』ー終ー
これは剣道部いじめだとか、拳から剣に変えて無差別暴力をする気だとか。
当然、剣道部をやめる奴もいた。
「いーのかよ?」
「何が?」
「今週は二人やめるんだろ?」
「なぁに、問題はない。お前が、一人二役として試合に出てくれればいい。浩史くんと、浩子ちゃんだ」
「問題大アリじゃねぇか!」
そんないい加減な主将だが、彼女はこんな俺に、付き切りで剣道を教えてくれた。
俺は一日でも早く、彼女を超えたくて、部活がある日もない日も、ひたすら竹刀を握って練習をした。
成果を実感したのは、剣道大会の個人戦で、強豪の相手校に勝てたときだった。
このまま強くなれば、確実に彼女に勝てる。そう確信した。
約束の日が近づいていたときだった。
濱崎先輩が、稽古の休憩中に、自身の夢について話した。
「私はね、この学校の教師になって、ここを変えたいんだ」
どうして、そんなことを俺なんかに話すのだろう、と思った。
でも、それを口にはせず、ただ「ふーん」と相槌を返しただけであった。
卒業式当日。
俺は、今度こそ彼女を負かし、あの日の雪辱を果たすつもりであった。
竹刀を強く握って、彼女を待った。
卒業式が終わり、学校から生徒がいなくなり、日がすっかり落ちた。
しかし、待てど暮らせど、彼女は来ず。
無情にも、時間だけが過ぎていった。
それでも、彼女なら来るはずだと信じて、俺は一人待ち続けた。
だが、結局その日、濱崎先輩が俺の前に現れることはなかった。
その理由を知るのは、翌日のことであった。
剣道部員の一人に尋ねると、
「濱崎先輩は……。昨日、信号待ちをしていた所に、飲酒した男のトラックが突っ込んできたって。知らなかったんですか?」
と言われた。
なんだ、それ。
頭の中が真っ白になり、言い知れぬ感情で、ぐちゃぐちゃとなった。
俺は剣道部をやめ、竹刀を捨てた。
あれから、俺は人を殴らないようになった。
そして、彼女の夢を引き継いで、学校の先生となった。
今になって思う。きっと、俺は最初から彼女に惚れていたのだと。
窓から初めて声をかけられるよりも前から、俺は彼女の存在を知っていた。剣道部主将、濱崎麗果。
約束の日。もし、彼女と勝負できていたら、俺は勝つことができていただろうか?
俺は教室を見渡して、言った。
「そういう訳で、市原は家庭の事情で、引っ越すことになった。皆と教室で過ごす時間は、あと僅かだが、残された時間を大事にして、しっかりと学校生活を送るように」
その言葉は、俺自身に向けたものでもあった。俺の学校生活は酷いものだった。けれど、過ぎた時間が戻ることはない。気づいたときには、いつだってもう遅いのだ。
教室で朝礼を終え、職員室に戻ると、向かい机に座る女性教師が話しかけてきた。
「市原君が引っ越しなんて、寂しくなりますね。出会いと別れは、辛いなあ」
「……そうッスね」
そのとき、俺の机の上に放り出してあった携帯が震えた。
妻からのメールであった。
今夜は早く帰ってあげないと、うるさそうだ。
俺は彼女の顔を思い出して、ふっと笑った。
『卒業』ー終ー
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