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第1章 ーinside faceー

1.

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____5月下旬。
制服には皺が出来出した、生温い風と共に日差しが眩しくなってくる頃。通り行く人々は暑そうに手の甲で汗を拭っている。

彼女__孤月 妖舞も、同じ様に額に少し滲む汗を拭っていた。
彼女の整いすぎた顔面を持ってすると、木の下で誰かを待つ日常的な様子もさながら絵になる。

「妖舞!」

彼女の名前を呼びながら走ってきた 無駄に背の高いクリーム色の髪の青年____雨咲 氷雨は、桜の木の下まで来ると足を止めた。

「ごめんな、探し物してて遅れた」

そういう彼の額にも見て分かる程の汗が滲んでいる。
風は吹いているというのに余程走ったのだろうか。

会話が一通り終わると、どちらとも無く歩き出す。
同じ制服を着ているクラスメイトがこちらをまじまじと見るのをちらほら見かけたりして、氷雨は少し恥ずかしい気分になる。

何も、氷雨と妖舞は付き合っている訳では無い。
一方的に、氷雨が15年越しの想いを彼女に寄せているのは本当だが、妖舞の方はその気などさらさら無い様で、その上 初恋もまだだというのだ。彼女の理想を聞いてみるが、「完璧な人」という一点張りである。氷雨は勿論と言っていい程完璧ではない。勉強も運動も万能に出来るが、だからと言って完璧というには程遠い。それに対して、孤月 妖舞は実に「完璧」な人間だ。模試は常時一位。五教科のテストは常に全て満点であり、運動も得意な様だ。その上、この可愛いとも綺麗とも取れる嫉妬してしまうほどの美貌を持っており、スタイルも男子が騒ぐ位にとても良い。そして先生からの人望も厚く、彼女は入学早々高校の高嶺の花として噂されるようになった。

そんな妖舞と俺が釣り合う訳がないと。
そもそも理想とかけ離れている俺に彼女は見向きもしてくれないだろうと。
ならいっそ諦めてしまおうかと思った事なんて、両手で数えれば足りない程あるのだ。

というかそもそも氷雨だって女に縁が無いわけじゃない。年に十数回は告られているし、面倒見も良く、勉強も運動も万能に出来て、気さくで優しい氷雨は男子からも女子からも人気が高い。
「見てくれは良いんだから」。
これは同級生の女子友達達に良く言われる言葉だが自分で鏡を見てもいまいち分からない御世辞であった。

「___氷雨?」

ふと妖舞の声を聞いて、氷雨は我に返る。

「っ、わ、悪ぃ…ぼーっとしてた……」

妖舞はそれを聞いて呆れた様に笑う。
顔がくしゃっと歪むが、彼女はそれさえも絵になるのだ。

「そ、そういやテストの結果どうだった?」

氷雨は話を逸らそうと口を開く。
つい先日、中間テストが終わった所だ。

「___聞かなくても分かるでしょう?」

妖舞は自信を誇示する様に微笑を浮かべた。
そうか、この質問は彼女には愚問だったか。

「今回も5教科500点満点で学年1位かよ…」

妖舞はそれを聞いて頷いた。
彼女は満点しか取れない。
一度たりとも100点未満の点数を取った事がないのだ。
そもそも、彼女は電化製品業界や自動車業界、銀行業界等を全て網羅する「孤月財閥」の一人娘なのだ。
父は財閥をまとめあげる社長、母は内閣総理大臣という家系。
彼女はその2人から受けた厳しい英才教育によって、彼女にとって500点満点を取る事は当然ではなく、任務といった方が近い。

「相変わらずハイスペックだな…」

氷雨はそう言って自嘲した。
彼女の理想の「完璧な人」には全然届かない。上には上がいる、というが完璧の上には完璧の上なんていないのだ。
完璧が一番の最高点であって、俺は妖舞と同等の立ち位置に立つしか完璧にはなれない。

「_でも、氷雨も9位じゃないの?十分凄いと思うわよ」

妖舞はそう言って笑った。彼女はいつもは"アレ"だが今回は嫌味なんかじゃない。
俺は咄嗟の事だったのか体の機能が全停止した。

「…ふぁ、」

____9位。

5教科満点なら、俺は481点だ。
全校生徒で見たら順位も1桁代という事もあり良い数字だ。
だがそれでは妖舞には届かない。
_だが。今は純粋に彼女に珍しく褒められたのが、嬉しい____

「ちょっと、何 ぼーっとしてるのよ?
遅刻しちゃうわよ」

のぼせた頭を俺はやけくそになって掻きむしった。
そして、先に駆け出す黒髪の少女を追い、俺は駆け出した____




*



___孤月 妖舞。

勉強も運動も万能かつ完璧。
容姿も良ければスタイルも良い。
性格も難無し、先生受けも花丸。

____だがそんな孤月妖舞には裏の顔がある。







今日も一日の授業が終わり、彼女は部活動をする者を横目に校門へ辿り着く。

「さようなら、先生」

口元を緩めて、目元を細める。
それだけの妖舞の行動で、周りに花が咲いたかの様に空気は和らぐ。

門を出て、約150歩程度。
同級生、及び学校関係の人間が全く出入りしない家路まで足を踏み入れると、これ程かという長い溜め息をついた。

「あー…本気で学校がだるいわ」
「まーた始まったよ、妖舞の腹黒モード……」

学校とは全く違う妖舞の態度。
それを呆れて受け入れる幼馴染みの氷雨。

____そう、妖舞は学校では良い子ちゃんを演じ、その為の媚び売り等を計算し尽くしている。

態度は勿論、全てにおいての信頼を得る為の計算なら彼女は惜しまない。そうして、その疲れが家路で出てしまうというものだ。
なので氷雨は渋々話に付き合ってあげる事にしている。

「疲れるのよねー、特に古文の先生の攻略。何考えてるのか分からないわ」

妖舞はそう言い、頭を抱える。

「媚びを売っとかないと、評価とか変に下げられたりしたら嫌だし困りものだわー…」

「古文って1-Bを担当してる先生だよな?」
「そーよー、あの人、陸野君っていう男子をとても気に入ってるみたいなの。私も気に入られたいわ」
「あー、陸野ね…」

氷雨は軽く笑う。

「あいつ、小学校の時の俺の知り合いなんだよなー。練習試合で敵同士なのにたまたま仲良くなってさ。高校でバスケ部で入る部活 一緒になって、あいつ俺の事覚えててくれたんだよな。めっちゃ嬉しかった」

氷雨は一通り話すと、はっと口を噤む。

「ごめん、俺1人ばっか喋って」

妖舞はそれを聞いて笑った。

「良いわよ、いつも私の愚痴に付き合ってくれるじゃない」

愚痴は言うけど、こういうさりげない優しさが氷雨は大好きだった。

そして妖舞は引き続き口を開く。

「そもそも、陸野君って入学早々 とてもモテてるって聞いたけど。そして、頭も良くて学年3位か2位って聞いたわ」

____陸野。
フルネームで言うと 陸野 透海。
中身は妖舞をそのまま男化した感じだ。
顔よし頭よし運動よし性格よし。
いわば完璧であり、妖舞の理想にも近い気がして氷雨はもやっとする。
__が、等言ってあまり妖舞と透海はこれからの学校生活に置いて、同じクラスなだけであって関わりはないだろうし、と氷雨は何処か心に余裕があった____






「……ッおい、邪魔だ。どけよ」

舌打ちと共に妖舞と氷雨は同時に振り向く。
そこには制服の上に黒パーカーを着ており、金髪の髪の如何にも不良の男子がいた。
氷雨は自然と妖舞を庇うように彼女の一歩前に出た。

いざ対峙すると____こいつ、結構背が低い。

万年 背の順の並びは最後列だった氷雨は、中1で180cmを既に超えていた。
その身長は不良男子にとって無理があると思ったらしく、彼は氷雨と妖舞に聞こえるように舌打ちをして去っていった。

その背中が消えてから、2人は緊張から解きほぐされ口を開く。

「誰だアイツ?うちの制服は着てたが…」
「えーと…あの子、1-Cの闇宮朽君とか言ったかしら?遅刻、赤点、校則違反は当たり前の先生お墨付きの不良らしいわよ」
「その割に結構小さかったな…」
「えぇ、あれなら背の高い女子なら抜かせそうなレベルだわ」

あんたがでかすぎるのよ、というのは氷雨が落ち込むので言うのをやめた。

「何だかんだ言って、もう高校生かー」
「時の流れは早いわね。さっきまで中学生だった気分よ」

そこまで行った所で、二人の家が点々と見えた。

「いつ見ても悲しくなるわ、俺ん家とお前ん家の大きさの違い…」

孤月財閥、と書かれた屋敷は、某テーマパークの建物の中にも混ざれそうな城と見紛う様な家である。
それに比べて、氷雨の家は一般的な一軒家だ。

「ちっちゃい頃から何回も来ておいて何を言ってるのよ。」

妖舞はそう言って扉の門に手を掛けた。
氷雨も家の門に手を掛け、妖舞に声を掛ける。
妖舞が振り向くと、家が向かい合わせな為自分達も向かい合わせになっていた。
氷雨は、少し口元を緩めて言った。

「____またな、妖舞」
「_えぇ、またね」

そこで氷雨の話は終わりかと思った。
が、彼は私を見つめるままだ。

「__?」


彼は家に帰るのを渋るかの様に話を続けた。

「あのさぁ、俺、妖舞みたいに完璧になりてぇわ」

その目は、冗談とは取れない活き活きとした目だった。
それを見て、妖舞は本日何度目かの溜め息をついた。

「…駄目ね、私を完璧と思ってるようじゃ。」

きょとんとする氷雨に私はこう告げた。

「___私は性格に難アリよ」

語尾にハートがつきそうな声色でそう言われると、氷雨も苦笑せざるを得ない。

「_けど、世の中に本当の善人は居ないんだよな?性格なんて気にしてたらキリが____」

それが答えよ、と彼女は笑った。

「世の中、完璧な人間なんて居ないのよ」
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