44 / 46
ナンパごっこ極上
ナンパごっこ極上
しおりを挟む
人通りの少ない路地のカーブミラーの下、玄奘が佇んでいると声をかけられた。夕方の風は足元をくるくる回って、アスファルトを乾かした。
「その靴、似合ってますね」
聞きなじみのある声に顔を上げれば、思った通り恋人の悟空である。玄奘は相貌を崩した。
「ああ、悟空に買ってもらったやつだろう?」
しかし悟空が次に口にしたことばは、玄奘の意表を突いた。
「悟空って?待ち合わせ相手ですか?」
素知らぬ顔で尋ねてくる悟空に、玄奘は内心頷いた。
(これは他人であるという芝居なのだな)
納得した玄奘は悟空に調子を合わせて答える。
「ええ、私の素敵な恋人です」
悟空は一瞬だけ目をぱちくりさせ、咳払いをした。交際してからしばらく経つというのに、やっぱり玄奘の口から恋人宣言されると衝撃を受けるのは変わっていないらしい。そういうところがかわいいと思う玄奘である。
と思っていると、悟空は顔を寄せてきた。
「おれ、妬いちゃうな」
悟空は玄奘の耳元でそっと囁いた。玄奘の好きな、いつもより少し低いハスキーボイスで。
玄奘は思わず距離をとって耳を抑えた。心臓がどきどきしてくる。悟空がこんな風に甘えてくることはめったにない。まるで本当に知らない男に言い寄られているみたいだ。それなのに外見は大好きな悟空とそっくりなせいで、うまくかわすことができない。
悟空に似た男は玄奘の薄いコートから覗く手首をとり、なぞるようにして指に自分の手を絡ませた。
「ね、おれと一緒に行こう。あいつよりずっとイイこと、教えてあげる」
「え……でも」
瞳を揺らした玄奘が見たのは、妖艶かつ深遠な微笑みだった。これは悟空ではない。悟空はこんな笑い方はしない。
「ね……?」
耳元に息を吹きかけられる。周りに人がいないとは言え、ハレンチすぎる。悟空は人前でいちゃつくのは嫌いなんだ。私は知っているんだ。
玄奘は思いきって、その悟空に似た男の手を振り払った。ついでに二、三歩後ずさって間合いを測った。
「……わ、私は悟空がいいっ」
「どうして?」
「わ、私の恋人はすごくカッコよくて、優しくて、私の気持ちを最大限に尊重してくれるんだ。あ、あなたは悟空にそっくりだけど、悟空じゃない。だから、……そのあなたとは行けない。私はここで悟空を待つ」
相当の決心を持って言い放った玄奘の台詞は悟空に似た男の殻を破ったようだった。相対する悟空はからからと笑った。その笑い方は知っている。いつもの悟空だ。
「変な芝居に付き合わせてすいませんでした。もう終わりです。玄奘はおれに似た男じゃなくて、おれがいいんですよね。よくわかりました」
悟空は非常に満足そうに笑っている。得意気すぎて鼻の穴が膨らんでいるのがわかる。
玄奘はほっとすると同時に、肩を落とした。緊張したのは本当なのに。
「……なぜこんなことを?」
「一人でぽつんとおれを待ってくれてる玄奘を遠くから見たときに、改めて奇麗だなって思ったんですよね。あんなんじゃ、ナンパされちまうぞって。だから玄奘がうまくあしらえるように練習してみようかと思いました」
「……いらないよ、そんな練習」
拗ねたように地面を見つめる玄奘に、悟空は申し訳なさそうにその頬を撫でた。
「すいません。本当は玄奘がかわいかったから、ちょっとからかってみたくなっただけです。それでも思いがけず玄奘の気持ちが聞けて良かったです」
悟空に促されて玄奘も歩き出す。気づけば手をつながれている。その手の温かさに励まされるようにして、玄奘は尋ねた。少し気持ちが持ちなしてきている。
「今度、私もナンパごっこしてみてもいいだろうか」
「いいですけど、玄奘にナンパされたら、おれは迷いなくついていきますから」
「それじゃあ、ごっこの意味がないじゃないか」
「ですね」
夕暮れの道を歩く二人の影は長く伸びていた。
「その靴、似合ってますね」
聞きなじみのある声に顔を上げれば、思った通り恋人の悟空である。玄奘は相貌を崩した。
「ああ、悟空に買ってもらったやつだろう?」
しかし悟空が次に口にしたことばは、玄奘の意表を突いた。
「悟空って?待ち合わせ相手ですか?」
素知らぬ顔で尋ねてくる悟空に、玄奘は内心頷いた。
(これは他人であるという芝居なのだな)
納得した玄奘は悟空に調子を合わせて答える。
「ええ、私の素敵な恋人です」
悟空は一瞬だけ目をぱちくりさせ、咳払いをした。交際してからしばらく経つというのに、やっぱり玄奘の口から恋人宣言されると衝撃を受けるのは変わっていないらしい。そういうところがかわいいと思う玄奘である。
と思っていると、悟空は顔を寄せてきた。
「おれ、妬いちゃうな」
悟空は玄奘の耳元でそっと囁いた。玄奘の好きな、いつもより少し低いハスキーボイスで。
玄奘は思わず距離をとって耳を抑えた。心臓がどきどきしてくる。悟空がこんな風に甘えてくることはめったにない。まるで本当に知らない男に言い寄られているみたいだ。それなのに外見は大好きな悟空とそっくりなせいで、うまくかわすことができない。
悟空に似た男は玄奘の薄いコートから覗く手首をとり、なぞるようにして指に自分の手を絡ませた。
「ね、おれと一緒に行こう。あいつよりずっとイイこと、教えてあげる」
「え……でも」
瞳を揺らした玄奘が見たのは、妖艶かつ深遠な微笑みだった。これは悟空ではない。悟空はこんな笑い方はしない。
「ね……?」
耳元に息を吹きかけられる。周りに人がいないとは言え、ハレンチすぎる。悟空は人前でいちゃつくのは嫌いなんだ。私は知っているんだ。
玄奘は思いきって、その悟空に似た男の手を振り払った。ついでに二、三歩後ずさって間合いを測った。
「……わ、私は悟空がいいっ」
「どうして?」
「わ、私の恋人はすごくカッコよくて、優しくて、私の気持ちを最大限に尊重してくれるんだ。あ、あなたは悟空にそっくりだけど、悟空じゃない。だから、……そのあなたとは行けない。私はここで悟空を待つ」
相当の決心を持って言い放った玄奘の台詞は悟空に似た男の殻を破ったようだった。相対する悟空はからからと笑った。その笑い方は知っている。いつもの悟空だ。
「変な芝居に付き合わせてすいませんでした。もう終わりです。玄奘はおれに似た男じゃなくて、おれがいいんですよね。よくわかりました」
悟空は非常に満足そうに笑っている。得意気すぎて鼻の穴が膨らんでいるのがわかる。
玄奘はほっとすると同時に、肩を落とした。緊張したのは本当なのに。
「……なぜこんなことを?」
「一人でぽつんとおれを待ってくれてる玄奘を遠くから見たときに、改めて奇麗だなって思ったんですよね。あんなんじゃ、ナンパされちまうぞって。だから玄奘がうまくあしらえるように練習してみようかと思いました」
「……いらないよ、そんな練習」
拗ねたように地面を見つめる玄奘に、悟空は申し訳なさそうにその頬を撫でた。
「すいません。本当は玄奘がかわいかったから、ちょっとからかってみたくなっただけです。それでも思いがけず玄奘の気持ちが聞けて良かったです」
悟空に促されて玄奘も歩き出す。気づけば手をつながれている。その手の温かさに励まされるようにして、玄奘は尋ねた。少し気持ちが持ちなしてきている。
「今度、私もナンパごっこしてみてもいいだろうか」
「いいですけど、玄奘にナンパされたら、おれは迷いなくついていきますから」
「それじゃあ、ごっこの意味がないじゃないか」
「ですね」
夕暮れの道を歩く二人の影は長く伸びていた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
保育士だっておしっこするもん!
こじらせた処女
BL
男性保育士さんが漏らしている話。ただただ頭悪い小説です。
保育士の道に進み、とある保育園に勤めている尾北和樹は、新人で戸惑いながらも、やりがいを感じながら仕事をこなしていた。
しかし、男性保育士というものはまだまだ珍しく浸透していない。それでも和樹が通う園にはもう一人、男性保育士がいた。名前は多田木遼、2つ年上。
園児と一緒に用を足すな。ある日の朝礼で受けた注意は、尾北和樹に向けられたものだった。他の女性職員の前で言われて顔を真っ赤にする和樹に、気にしないように、と多田木はいうが、保護者からのクレームだ。信用問題に関わり、同性職員の多田木にも迷惑をかけてしまう、そう思い、その日から3階の隅にある職員トイレを使うようになった。
しかし、尾北は一日中トイレに行かなくても平気な多田木とは違い、3時間に一回行かないと限界を迎えてしまう体質。加えて激務だ。園児と一緒に済ませるから、今までなんとかやってこれたのだ。それからというものの、限界ギリギリで間に合う、なんて危ない状況が何度か見受けられた。
ある日の紅葉が色づく頃、事件は起こる。その日は何かとタイミングが掴めなくて、いつもよりさらに忙しかった。やっとトイレにいける、そう思ったところで、前を押さえた幼児に捕まってしまい…?
『番外編』イケメン彼氏は警察官!初めてのお酒に私の記憶はどこに!?
すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の身は持たない!?の番外編です。
ある日、美都の元に届いた『同窓会』のご案内。もう目が治ってる美都は参加することに決めた。
要「これ・・・酒が出ると思うけど飲むなよ?」
そう要に言われてたけど、渡されたグラスに口をつける美都。それが『酒』だと気づいたころにはもうだいぶ廻っていて・・・。
要「今日はやたら素直だな・・・。」
美都「早くっ・・入れて欲しいっ・・!あぁっ・・!」
いつもとは違う、乱れた夜に・・・・・。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんら関係ありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ダンス練習中トイレを言い出せなかったアイドル
こじらせた処女
BL
とある2人組アイドルグループの鮎(アユ)(16)には悩みがあった。それは、グループの中のリーダーである玖宮(クミヤ)(19)と2人きりになるとうまく話せないこと。
若干の尿意を抱えてレッスン室に入ってしまったアユは、開始20分で我慢が苦しくなってしまい…?
クラスの仲良かったオタクに調教と豊胸をされて好みの嫁にされたオタクに優しいギャル男
湊戸アサギリ
BL
※メス化、男の娘化、シーメール化要素があります。オタクくんと付き合ったギャル男がメスにされています。手術で豊胸した描写があります。これをBLって呼んでいいのかわからないです
いわゆるオタクに優しいギャル男の話になります。色々ご想像にお任せします。本番はありませんが下ネタ言ってますのでR15です
閲覧ありがとうございます。他の作品もよろしくお願いします
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる