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ナンパごっこ極上

ナンパごっこ極上

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 人通りの少ない路地のカーブミラーの下、玄奘が佇んでいると声をかけられた。夕方の風は足元をくるくる回って、アスファルトを乾かした。

「その靴、似合ってますね」
 聞きなじみのある声に顔を上げれば、思った通り恋人の悟空である。玄奘は相貌を崩した。

「ああ、悟空に買ってもらったやつだろう?」
 しかし悟空が次に口にしたことばは、玄奘の意表を突いた。
「悟空って?待ち合わせ相手ですか?」

 素知らぬ顔で尋ねてくる悟空に、玄奘は内心頷いた。
(これは他人であるという芝居なのだな)

 納得した玄奘は悟空に調子を合わせて答える。
「ええ、私の素敵な恋人です」

 悟空は一瞬だけ目をぱちくりさせ、咳払いをした。交際してからしばらく経つというのに、やっぱり玄奘の口から恋人宣言されると衝撃を受けるのは変わっていないらしい。そういうところがかわいいと思う玄奘である。
 と思っていると、悟空は顔を寄せてきた。

「おれ、妬いちゃうな」
 悟空は玄奘の耳元でそっと囁いた。玄奘の好きな、いつもより少し低いハスキーボイスで。

 玄奘は思わず距離をとって耳を抑えた。心臓がどきどきしてくる。悟空がこんな風に甘えてくることはめったにない。まるで本当に知らない男に言い寄られているみたいだ。それなのに外見は大好きな悟空とそっくりなせいで、うまくかわすことができない。

 悟空に似た男は玄奘の薄いコートから覗く手首をとり、なぞるようにして指に自分の手を絡ませた。
「ね、おれと一緒に行こう。あいつよりずっとイイこと、教えてあげる」
「え……でも」

 瞳を揺らした玄奘が見たのは、妖艶かつ深遠な微笑みだった。これは悟空ではない。悟空はこんな笑い方はしない。
「ね……?」
 耳元に息を吹きかけられる。周りに人がいないとは言え、ハレンチすぎる。悟空は人前でいちゃつくのは嫌いなんだ。私は知っているんだ。

 玄奘は思いきって、その悟空に似た男の手を振り払った。ついでに二、三歩後ずさって間合いを測った。
「……わ、私は悟空がいいっ」

「どうして?」

「わ、私の恋人はすごくカッコよくて、優しくて、私の気持ちを最大限に尊重してくれるんだ。あ、あなたは悟空にそっくりだけど、悟空じゃない。だから、……そのあなたとは行けない。私はここで悟空を待つ」

 相当の決心を持って言い放った玄奘の台詞は悟空に似た男の殻を破ったようだった。相対する悟空はからからと笑った。その笑い方は知っている。いつもの悟空だ。

「変な芝居に付き合わせてすいませんでした。もう終わりです。玄奘はおれに似た男じゃなくて、おれがいいんですよね。よくわかりました」

 悟空は非常に満足そうに笑っている。得意気すぎて鼻の穴が膨らんでいるのがわかる。

 玄奘はほっとすると同時に、肩を落とした。緊張したのは本当なのに。

「……なぜこんなことを?」

「一人でぽつんとおれを待ってくれてる玄奘を遠くから見たときに、改めて奇麗だなって思ったんですよね。あんなんじゃ、ナンパされちまうぞって。だから玄奘がうまくあしらえるように練習してみようかと思いました」

「……いらないよ、そんな練習」
 拗ねたように地面を見つめる玄奘に、悟空は申し訳なさそうにその頬を撫でた。

「すいません。本当は玄奘がかわいかったから、ちょっとからかってみたくなっただけです。それでも思いがけず玄奘の気持ちが聞けて良かったです」

 悟空に促されて玄奘も歩き出す。気づけば手をつながれている。その手の温かさに励まされるようにして、玄奘は尋ねた。少し気持ちが持ちなしてきている。

「今度、私もナンパごっこしてみてもいいだろうか」
「いいですけど、玄奘にナンパされたら、おれは迷いなくついていきますから」
「それじゃあ、ごっこの意味がないじゃないか」
「ですね」

 夕暮れの道を歩く二人の影は長く伸びていた。
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