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1章

精霊と少年

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「ふぅ……」

部屋の隅にあったベッドに倒れ込んでふっと一息つく。
ごそごそとマントを脱ぎ、天井を見上げた。
この部屋に入ったときも思ったことだけれど……
本当に真っ白、だな……。


シーナに与えれた部屋はとても神聖なというか、とても人に使われていたとは思えないような部屋だった。
汚すのが躊躇われる部屋だ。

家具も壁も、床でさえも真っ白で汚れ1つない。
清潔感溢れる綺麗な場所だけど、シーナは少し寂しいと思った。
それと、同時にこれからこの部屋で暮らしていくのだから色を増やしたいとも思う。


花を飾ったらどうだろうか?
幸い、タンスの上には何も飾られていないし、飾るようなものを持ってきてもいない。

後は……カーテンの布に刺繍をするのもいいかもしれない。
きっとそれだけでも明るくなると思う。

ご自由にお使い下さい、と言っていたのでたぶん自分好みに仕手もいいのだろう。

部屋を見回して想像を膨らませていく。
どんな部屋になるのか、楽しみだ。

後で、庭の花を少し採ってもいいかリオルさんに聞いてみよう……。






はぁ~、と長い息を吐いて、これからのことを考えてみる。

街のお婆さんもいい人だったし、街の人への挨拶は欠かせないだろう。
王都では出来なかった料理もしてみたいし、リタと二人で話したいこともたくさんある。

後は……落ち着いたらハース領に1つだけある村にも行ってみたい。
少し遠いかもしれないけど、時間はあるのだ。
歩いてピクニックみたいに行きたいな……。

思い浮かぶのは、それほど必要なことではないけど、とても楽しい日常で出来そうなことばかりだ。



体の力をぬいてそんなことを考えていたその時。



不意に精霊が飛んでいるのが目に入った。外ではなく部屋の中だ。
窓を見ると少し開いていたのでそこから入って来たのだろう。


シーナはゆっくりと起き上がりその光へ近付くと、そっと両手で覆い窓に近付いた。
そう、精霊は光だけではなく実体があるようなのだ。
透けているわけではないのに……。
見えない人はぶつかっても分からない。
分からないことが小さい頃は悲しかったが、精霊はどうもぶつかった反動で、ぽーんと弾かれるのを遊んでいることもあるようだ。

それを知ってからは見ていて、微笑ましくなった。

本当かどうかは、分からないけれど、精霊には感情があるのではないだろうか?





窓の隙間を広げ、ふわりと精霊を話すと精霊はほわほわと下へ降りていった。何があるのかと、精霊を目で追うと、下にはさっき見た庭が広がっていた。ここまで上がってきたのも、だからなんだ、と納得する。

仲間の妖精の元まで降り立ったのか、他の光と混ざって精霊は見えなくなった。
そのまま窓枠に座り、ぼんやりと美しい光を見つめていると、



「おいで……」


声がした。

精霊が一斉に花々から飛び立つ。
私にも小さく聞こえたその声は柔らかく、暖かい。

まるで、その声に引き寄せられるかのように声の主へよっていく精霊に、シーナは驚きながらも目が離せなかった。

精霊を呼んでいた?
どうやって?

精霊に、言葉は分からないはずなのに。




精霊の中心には、一人の少年が立っている。

後ろを向いていたので顔は見えないが、同い年か、少し年上くらいだろうか。金色の髪がさらさらと風に靡いている。

不信に思いながら、シーナは少年を凝視する。

精霊は次々に少年へ近づいて行く。
心なしか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。

少年が立っていた門の側を離れ、花壇の縁に座ると、精霊も地面に近づく。
庭にいる精霊だけでも、多いのに、外からもふわふわと飛んできているようで、少年の姿は今にも埋もれてしまいそうだ。

「……ここは、居心地がいい。しばらくこの地を離れるつもりはないよ。」

少年が話すと精霊は踊るように、くるくると回りながら飛ぶ。
そして、嬉しそうな少年の笑い声が響いた。

貴族がきるようなブラウスに、紺色のズボンといった出で立ちなので一瞬この屋敷に住んでいるのかとも思った。

でも、話を聞いていると、やはりこの屋敷に住んでいるわけではないようだ。
ただ、笑い声も、話し声ももう少し押さえた方がいいと思う。
だって、状況からしたら、これは不法侵入と言うのではないだろうか。

その楽し気な少年の声は屋敷の中でも聞こえるくらいだ。リタやリオルさんにも聞こえるそうで……大丈夫なのだろうか?
そう思ってはいたけれど、私はその楽しそうな精霊と少年の姿を見て声をかけることは出来なかった。




それに……私も、楽しそうなその少年の後ろ姿をもう少し見ていたい。

……いや、勝手に屋敷へ入ってくるのは絶対ダメだけれど。今回だけ。





そして、すぐに分かることだけど、少年は精霊を見ている・・・・
見えているのだ。

よくよく考えてみなくても、見えていなくては声をかけることなどしない。
シーナにとって精霊が見えていることは余りにも当たり前すぎて気付くのに少し時間が掛かってしまったせいか、声をあげることなく冷静にそれを認識できた。

このハース領に同じように精霊を目視出来る人間がいるなんて思ってもみなかったことだ。
内心では飛び上がりそうなほど驚いている。

同じ紫の瞳を持っているのだろうか。
そんな風に考えながら眺めていると、少年が急に立ち上がる。

まさか、気付かれた!?

シーナは慌てて、窓の内側に身を隠した。

「それじゃあ、僕は帰るね……また、今度。」

少年が名残惜しそうに言う。


そっか……。

もう日も暮れているので、普通の人からみたら庭は真っ暗だ。
シーナからしてみれば今も多くの精霊で眩しいほどなのだが、時間帯的にも少年はもう帰ってしまうのだ。

また、そっと帰っていく少年の後ろ姿を見つめる。
その少年の足音がやけに大きく耳の奥まで響いて……。




今、帰ってしまったら、もう会えないかもしれない。




……気づいたら声をかけていた。


「あの!!」

声をかけてかけたはいいけれど、咄嗟に言葉が出てこない。

えっと、えっと……。



「あの……貴方は……何?」




誰?ではなく何?と聞いてしまったのは聞いてから後悔した。
何故、そんな言い方を……。
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