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1.入学

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「でも、一応軽く調べておく。ランベルト眼鏡大臣の指示だもんね」
「ははっ、君に言われるとむず痒くなるな」


 皮肉に言ったルミだったのだが、ランベルトは嬉しそうに笑みを溢していた。
 本当は今すぐにでも変えて欲しい名前なのだが、ランベルトが反対して中々この名前を変えることはできない。


『ユーリ王子がわざわざつけてくださった名前、変えるなんてあり得ないです!』


 眼鏡を光らせながら有無を言わさずに言い切ってくるので、それ以上何と言うことはできなかったのだ。







 そして、ユーリがセントミジュ学園へと向かう日がやってきた。
 もちろん、最初はポテト畑で採れたての最高級ポテトを食うことを目的に頑張ってきたが、その気持ちも数日で消え去り、今では億劫な気持ちしか残っていなかった。

 そんな気持ちのまま学園へ向かう馬車へと乗り込む。


「はぁ……、台風でも来て、学園が休校にならないかな……。いや、この世界で言うなら魔物の集団に学園が襲われて……とかか?」


 もちろん、この世界に来てから台風が襲ってきたなんて話も聞かないし、そもそもそれで休校になるかもわからない。
 でも、億劫すぎて、思わず声に出てしまう。


「物騒なことを言っていないで、ちゃんと学園には行ってくださいね?」


 笑顔のミーアは手荷物だけ持って、ユーリと同じ馬車に乗り込んでくる。
 数多くの衣服たちは既に学園へと送らせているらしい。


 ――当然だよな。そもそも従者が荷物を持って歩いているなんて、考えただけで恥ずかしいもんな。


 悪役らしさは損なわれることになるが、それ以上にユーリとしては学園へ行くこと自体が億劫すぎて、それ以上のことは考えられなくなっていた。
 すると、更にユーリのテンションを下げる出来事が起こる。


「ユーリ王子、私も道中の護衛として一緒に行かせていただきます」
「ぼ、ぼくも行くの?」
「えぇ、当然ですよ。同じ眼鏡省の同胞なのですから」
「うぅ……、色々と仕事が溜まってるのに……」


 ランベルトとルミも同じ馬車に乗ってくる。
 そのせいでユーリの機嫌が更に悪くなる。


「――帰る」


 ユーリが小さな声で呟くとランベルトが不思議そうな顔をする。
 しかし、すぐにハッとなって答えてくる。


「大丈夫ですよ。私たちの仕事はそれほどありませんので、ユーリ様の手を借りなくてもどうにかして見せますので」
「……頭がおかしい量だよ」


 ニコニコと笑みを浮かべるランベルトと今にも死にそうなルミ。
 態度としてはルミが正しい。
 事実、二人には山のような量の仕事が溜まっていた。
 これも、ユーリの言ったことを勝手に勘違いして仕事を増やしていくランベルトの仕業なのだが、部下に仕事を押しつけて自分だけ優雅に旅行するというのも悪くない、とユーリは少し機嫌を直していた。


「よし、それならゆっくり旅に出るか。なんだったらこのまま帰ってこなくても良いくらいだな」
「はははっ、ユーリ王子も冗談がお上手で……」


 ユーリとランベルトは互いに笑い合う。
 もちろんそれぞれの思惑は全く別の方を向いており、それに振り回されるルミはため息しか出ないのだった。

 そして、ミーアは訳が分からずにただただ笑みを浮かべていた。







 十日以上かかる距離をのんびり馬車で進んでいく。
 ゆっくりと進む木々の景色を見てルミは目を輝かせていた。
 ルミ自体ほとんど外に出ることがなく、出る用事があったとしても本を読んでいたので、こうしてのんびり景色を見ることがなかったのだ。

 だからこそ改めて見ると感動すら覚えていた。

 そんな隣でユーリは相変わらず青白い顔をしていた。


「くっ……、どうして馬車はこんなにも揺れるんだ……」
「仕方ないですよ。このくらいならまだマシなんですけどね」
「早く、国中を綺麗にしないといけないな」


 毎回こんな吐きそうな思いをしてまで移動をしたくない。
 だからこそ、道路を綺麗に整備しないといけない、と思って告げた言葉にランベルトは大げさに反応する。


「やはりそうですよね。任せてください。私が国内を綺麗に掃除しておきますので」


 ランベルトが恭しく頭を下げてくる。
 その様子にユーリは、箒を持ったランベルトの姿をイメージしてしまう。


「そうだな、国内の掃除はランベルトに任せる!」
「はっ!!」


 そんな二人のやりとりを見て、ルミはため息を吐いていた。


「はぁ……また、ぼくの仕事が増えたんじゃないの?」
「そ、掃除なら私も手伝いますよ。普段からやってますから」
「――違うよ。今の掃除は全く別の意味なんだよ」


 ミーアの笑みを見ているとドンドンとルミの気が重くなっていった。







 そして、学園へとたどり着く。


 セントミジュ学園――王都にも引けを取らないほど広大な敷地に建てられた大きな学園。グラウンドは馬を走らせることができるほど広く、王族や貴族が泊まるための寮は一室一室がかなり広く取られているため、建物自体がかなり大きい。


 更に学園のすぐ側にある町は大通りにはたくさんの高級店が並び、豪華絢爛な様子を出していた。

 そして、学園内では基本的に身分に関係なく、皆が平等に扱われる。ということになっていた。
 もちろん、国同士の力関係もあり、更に王族と貴族の差もある。
 必然的に態度の差が出るのは仕方がないので、喧嘩にならない程度なら暗黙の了承として許されていたが。

 そもそも、他国の人間がこのように一ヶ所に集まること自体がまずあり得ないことなのだが、それを可能としているのがウルアース王国とギルムーン帝国の同盟でもあった。

 大陸最大の二国が中立国として認めているのが、ここアルマーズ公国だった。

 というのも、ここアルマーズ公国はちょうど両国の間に位置する国家で、緩和剤的な役割も果たしていた。
 しかも実質的に国の長が神、という立場を取っており、国のトップがいないというのも大きく、結果的にこの三ヶ国の人間が通う場所としてセントミジュ学園ができていた。

 ただ、大陸最大の二国と中立国が通う学園。
 他国の人間も何とかしてこの三国と友好を結びたい。そのためにも同じ学園に通いたい、と次第にこの学園に通わせる国が増えていき、結果的に大陸中の国が通うようになった、という歴史があった。


 もちろん、そんなことを知る由もないユーリは学園に着くとすぐに自分が泊まる寮へと向かっていった。
 その理由は単純で、この中に光の英雄がいるのだから極力同じ空間にいたくない。
 ただ、それだけの理由だった。


「ユーリ様、そんなに急がなくても寮は逃げていきませんよ?」
「いや、寮は逃げなくても、危険は追ってくるからな」
「……危険?」


 首を捻るミーアを放っておいて、ユーリは駆け足気味で大きな建物へと向かっていく。

 一応事前に自分の部屋がどこかは聞いている。
 もちろんユーリは覚えていないが。


 ――ホテルみたいに何階の何号室とかならわかりやすいのに、なんでセイレーンの三十三とかシルフの四十一とかなんだよ。部屋がどこかわからないだろ!


 そんなこともあり、最初から覚えることを諦めていた。
 自分が覚えていなくてもミーアが覚えているだろう、と。
 ただ、ユーリは考えが甘かった。
 ミーアのことを鈍臭いと称していたことがすっかり抜け落ちていたのだった。

 その結果……。


「ごめんなさい、ユーリ様……。お部屋がどこかわからなくなりました……。ウィルプの十二ということだけは分かっているのですが」
「それだけでわかるわけないだろ。早く部屋を見つけろ!」
「は、はいっ!」


 涙目になっているミーアの後ろで腕を組みながら、苛立ちを露わにするユーリ。
 寮内であたふたとしているミーアを横目に、少しずつ騒がしくなってくる周りを観察していた。


 ここに英雄がいるのなら自分の行動はしっかりと律していかないといけない。


 英雄には近づかない。
 悪を成す。
 手下になりうる人間を探す。
 絶対に英雄には近づかない。


 ――この四つを行動の原理として、悪人らしい安全で平和な学園生活を送っていく。これがこの学園での俺の行動基準だ。悪人は悪人らしく、弱きも強きも挫く。支配者の頂点に立つのはこの俺だ!


 そう考えていたユーリだが、面倒な場面に出くわしてしまう。







 しばらく部屋を探し回っていると、ツンツンに尖らせた赤髪と鋭い目つきをした、いかにもな男が金髪をサイドテールにした少女に詰め寄っていた。

 少女の方は助けを求めるように涙目になっているが、恐怖で言葉が出ないようだった。
 そして、男の方は悪人というのもおこがましい、ただの子悪党にしか見えない小物だった。

 大物の悪人はこんな人が来るようなところでいじめを行わない。
 わざわざこんな目立つ行動をしているところから、ユーリはこの人物を小物だと判断を下していた。

 小物が雑魚をいじめているだけの光景。
 至って普通の日常シーンだろう。
 それよりも今は自分の部屋の方が大事だった。

 目の前の光景から興味を失ったユーリはすぐにその場から去ろうとする。
 ただ、そこで考えを改める。


 ――よく考えると俺はただ部屋がわかればいいだけだもんな。それなら聞けばいいだけじゃないか。


 普通だといじめの現場に道を訪ねに行く、なんてことはしないのだが、これ以上部屋を探すのも疲れたユーリは、いじめなんてものともせずに、彼らに話しかけに行く。







 そんなユーリの姿を後ろから見ている男たちがいた。

 少し長めの黒髪、整った顔立ちをした大人びた少年。
 その隣には青髪で細目の執事服を着た青年。

 そんな彼らはユーリたちに気づかれないように小声で話し合っていた。


「彼が噂の英雄様か。やはりこんな場面に出会したら助けずにはいられないみたいだな」
「そのようにございますね。バノン様ならこんな時、どうしますか?」
「無論、俺も助けに入るに決まっているだろう?」
「どうしてですか? 人助けをして英雄になりたいのですか?」
「そんなはずないだろう。金もかけずに簡単に信用を得られるんだぞ? 助けない、なんて選択肢があるとでも思うのか?」
「それもそうですね。騙すならまず相手を信頼させないといけませんもんね」


 口元を歪ませて笑う執事服の男。
 それを見たバノンと呼ばれた男は腕を組み、ニヤリと微笑む。


「そういうことだ。ただ、今回は噂の英雄様に華を持たせるとするさ。彼に疑われるのも良くないからな」


 それだけいうとバノンはサッと背を向いて、その場を去っていった。
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