上 下
10 / 40

9.

しおりを挟む
 とりあえずジッと見ていると余計な警戒をされるかもしれない。
 カイはすぐに誘惑ハニートラップの側を離れていた。

 ただ、彼女の方は不思議そうにカイのことを眺めていた。


「あれっ、あの子って……?」


 首を傾げてカイを見た後に側へと近付いてくる。


「すみません、少しよろしいですか?」


 声をかけられたカイは一瞬驚いたもののすぐに笑みを見せて答える。


「はい、どうかされましたか?」
「いえ、少し知り合いに似ていたもので……。でも、私たちって会ったことないですもんね」


 胸元がよく見えるように前屈みになりながら話しかけてくる。
 それを見てカイはため息交じりに答える。


「初めて会ったと思いますけど?」
「……そうですよね。ありがとうございます」


 誘惑ハニートラップがお辞儀をしてくる。
 それを見た後、カイはそのまま歩いて去って行く。

 ただ、そのとき誘惑ハニートラップがニヤリと微笑んでいたことに気づかずに――。





(いきなり声をかけてくるなんて、まさか俺の正体に気づいたのか?)

 首を傾げながらカイは他の人に紛れるように進んでいく。
 目標は特にない。
 ただ、さっきの美女に声をかけられるなんて、普通じゃないことを体験した後なのでなるべくいつも通りの姿になれるように行動していた。


 そして、カイの予想は的中していた。


(……つけられているな)


 ただ歩いているだけなんだが、周りの人の視線が後ろに向いている。
 それだけの視線を集めるのはあの誘惑ハニートラップくらいしか考えられない。

(どこかで俺が怪しいと勘づいたんだろうな)

 さすがにここだと完全に姿を隠しきれないか……。
 何も気づいていないそぶりを見せながらカイは改めて町の外へ向かう門付近に向かっていく。

 まだ朝早い時間。
 この時間なら門の付近に人だかりができているはず。
 それならばここに紛れ込むことで姿を隠せるはず。

 そして、カイの予想通り門付近はたくさんの人であふれていた。
 町の外へ出る許可を貰っているようだ。
 この列の中を当然のように進んでいく。
 ただ、誘惑ハニートラップはこの人混みではまともに進むことができずにすぐに流れに戻されていった。


「……見逃してしまった……か。ただ、あの身のこなし、ただ者じゃない……」


 誘惑ハニートラップがぽつりと呟く。

 そんな彼女の様子を人混みの中から確認するカイ。
 目をつけられてしまったか。それならなるべく早く始末するしかないな……。





 夜になり、チルを家に送った後、カイは服を着替え、殺しの冒険者として誘惑ハニートラップの部屋へと向かっていく。

 一応宿は変えていないはず……。
 懐にはナイフを忍ばせて、その上で逃げるために必要な魔道具をいくつか準備しておいた。

 そして、ゆっくり扉を叩く。


「はーい、どなたー?」
「……俺だ」


 低い声を出して誘惑ハニートラップに答える。
 すると彼女が肥を出してくる。


「少し待ってね。今お風呂なの」
「……あぁ、わかった」


 言葉少なめに答えて彼女が出てくるのを待つ。
 ただ、最悪の場合を考えてナイフに手をかけながら――。

 すると扉が激しい音を鳴らしながら開かれる。
 タオル一枚巻かずに誘惑ハニートラップが開けた瞬間に拳を握り、戦闘態勢を取っていた。


「……おい、これはどういうことだ? 返答次第ではただじゃ置かないぞ?」
「……本当にあなただったのね。いいわ、中に入ってちょうだい」


 どうやら彼女もカイの偽物だと思っただけのようだ。
 カイを部屋の中に招き入れる。
 そして、そこで初めてタオルを体に巻き付けていた。


「それにしても私の体を見て何も反応しないなんて……、人の殺しにしか興味がない冒険者……、噂は本当だったのね」
「いや、別にそういうわけじゃないが、詳しく説明する理由もないな。それよりも正体不明アンノウンのことは何か掴めたか?」
「いいえ、全くよ。知り合いの情報屋を当たったけど有益な情報は得られなかったわ」
「そうか……」


 嘘はついていないようだな。


「それで貴方の方はどうなの? 普通に町の中を歩いていたみたいだけど」
「気づいていたのか……」
「当然よ。私の色香に惑わされないのは貴方くらいですもの。当たり前のように撒かれてしまったけどね」
「お前は怪しすぎるからな。そんなやつがいたら撒くに決まってるだろう」
「……そこは私の能力不足ね。それで何か情報は仕入れたの?」
「そうだな……。隣町で見かけたらしい情報は仕入れたが、まだ内容は確認していない」
「そう……。わかったわ。それじゃあまた何かわかったらここで情報交換しましょう」
「……そのときは襲ってくるのは勘弁してくれ」
「あらっ、私はか弱い女なのだから簡単に制圧できるでしょう?」
「……言ってろ」


 それだけ伝えるとカイは誘惑ハニートラップの部屋を出て行く。

 さて、偽情報を流したが、どう動いてくるか――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

処理中です...