上 下
20 / 41

18.

しおりを挟む
 それからも俺たちは前と変わらずに生活をしていた。
 すると莉愛のテストが返ってきたようで彼女は嬉しそうに帰ってきた。


「やりましたー!」


 莉愛が見せてきたのは100と書かれた紙が二枚。
 満面の笑みを見せながら嬉しそうにしてくる。


「おぉ、よくやったな、莉愛」


 俺は莉愛の頭をなでながら褒める。
 すると彼女は嬉しそうに微笑んでいた。


「えへへっ、頑張ったからね。でも、これなら全部の試験を受けられたら有場さんにお願い事をかなえてもらえたのに……」
「莉愛の願いって俺と一緒にいたい……ってやつだよな? 今でも十分にかなえられているんじゃないのか?」
「そうですけど、でもでも有場さんがせっかく叶えてくれるって言ってくれたんですからもっといろんなことを頼めたかな……って」


 恥ずかしそうに頬に手を当てていた。
 何かとんでもないことを頼まれた可能性があるのか……。
 それはそれで問題がありそうだ。


「まぁ次、頑張れ。今度一位取れたらその時にその願いを聞いてやるから」
「言いましたね。じゃあしっかり頑張りますので、覚悟しておいてくださいね」


 莉愛がニヤリと微笑んだ。
 それを見て俺は早まったことを言ってしまったかなと思ったが、それで莉愛のやる気が出るのならいいだろう。


「ただ、もう一度風邪をひくのだけは勘弁してくれよ?」
「そ、それは……、注意します」


 莉愛が少し顔を伏せてくる。
 一応無理をしたこと、莉愛も反省してるようだった。
 俺も心配させるようなことをしてしまったので、そこは反省しないとだな。


「それにしてもお父様も有場さんのために色々動いてくれていたんですね。私、お父様に怒ってしまいました」
「また今度会えた時に謝ったら許してくれるよ」
「そうですね……。でもそれだけだと申し訳ないので、何かプレゼントも考えておきます」


 あの日以来、俺は一応神楽坂グループの一員として働いてる……ということになった。
 一応莉愛と出かけた場所についてはまとめて勇吾さんに渡していたが、本当にこれが何かの役に立つのだろうか?

   ただ、勇吾さんは嬉しそうに微笑んでそれを受け取っていたのでなんか使えるようなものなのだろう。
 ただ、報告書を書いている間は仕事をしている……と言う気分になれるのはよかった。


「でも、有場さんに働かせてしまって申し訳ありません。私が養うって言ったのに……」
「いや、何もしないよりは助かってるぞ。まぁこれでも少し物足りない気持ちはあるんだけどな……」


 一日中働いていたときに比べるとまだほとんど働いていないようなものだったがそれでも何もしないよりはずっとよかった。

 ◇

「それにしても有場さんはあのときから何も変わりませんね。私はこうやって有場さんと一緒にいるだけで恥ずかしくて死にそうになるのに……」


 莉愛の部屋でいつも通り話し合っているとふと思い出したように莉愛が言ってくる。


「あのときって?」
「その……キスを……」


 莉愛が顔を真っ赤にしてうつむいてくる。
 俺自身恥ずかしくないといえばうそになるが、ここまで莉愛がわかりやすい反応を見せてくれるおかげで比較的普通に過ごせていた。


「わ、忘れてください……。恥ずかしくなってきますから……」


 莉愛が必死に手を振って恥ずかしさを誤魔化そうとしていた。


「それを言うなら莉愛も相変わらず敬語なんだな……。もっと砕けたいいかたをしてくれていいんだぞ?」
「だ、ダメですよ……。さすがにそんなことできないです……」
「そうか? 俺は莉愛がもっと気を許してくれた方が嬉しいが?」
「うぅ……、そんな言い方ずるいですよぉ……」


 莉愛はさらに顔を赤くしていた。


「えっと、その……、有場さん……、いえ、健斗さん……。だ、ダメです。まだ言えないですよ……」
「まぁすぐには難しいか……。おいおい慣れていってくれると助かるな……」
「は、はい、ど、努力はしますね……」


 莉愛が乾いた笑みを見せていた。
 あまり自信はなさそうだ。

 まぁ仕方ないか……。
 時間はあるんだし、ゆっくり進んでいこう……。

 ◇

 その日の夕方、俺たちは近くの焼き肉屋に出向いていた。


「やっきにくっ、やっきにくっ」


 嬉しそうに声を上げる大家さん。
 以前莉愛にテストの勉強を教えてもらったお礼に大家さんを焼き肉に連れて行くという約束をしていた。

 テストも全て終わり、結果も帰ってきたので誘ってみたら、大家さんからは二つ返事で「行く」と返ってきた。

 だから俺と莉愛、それと伊緒と大家さんの四人で焼き肉屋へとやってきた。


「今日は私が予約を取りましたので期待してくださいね」


 莉愛がにっこり微笑んでいた。
 俺にとってはその笑顔が怖いんだが……。


「大丈夫ですよ。有場さんに言われてから私も普通の勉強をしましたから……」
「あぁ、それならいいが……」


 一応財布の中には一万円札がかなり入っている。
 でも莉愛が予約した店……と考えるとこれだけで足りるか不安になる。


「まぁ、給料ももらったし、いざというときは金を下ろせば良いな……」


 ぽつりと呟く。


「えっと、有場さんって給料ももらっているの?」


 大家さんが驚きの表情を見せていた。


「えぇ、仕事ですからね」
「莉愛ちゃんと仲良くするのが?」
「い、いえ、違いますよ!!」


 やはり大家さんにも俺の仕事が莉愛と仲良くすることだと思われていたようだ。
 していることが莉愛とつきっきりにいることだからそう思われても仕方ないだろう。


「有場さんはこう見えても色々と仕事をしてくれてますよ……。私は詳しく知らないですけど――」


 俺自身も詳しいことは知らないから莉愛が知らなくても驚きはしなかった。


「へーっ、ちゃんと働いてるんだ……。よかったよ、少し心配していたからね」


 大家さんが肉を焼きながら言ってくる。
 一応気にかけてくれていたようだ。
 思えば大家さんは昔から何かにつけて俺の様子を見に来てくれたな……。


「ありがとうございます。気にしてくれて――」
「いいよ、いいよ。私はこうやってたまにご飯に連れてきてくれるだけでいいからね」
「ははっ……、たまにならいいですよ」
「ふ、二人っきりは駄目ですからね!!」


 莉愛がギュッと俺の腕を掴んで来る。
 すると大家さんが目を大きく見開いて、嬉しそうに言ってくる。


「うんうん、前から比べてもずいぶん仲良くなったね。大丈夫だよ、有場さんを取ったりなんてしないからね」


 焼き上がった肉を自分の取り皿に取るとハフハフと熱そうに食べていた。


「んーっ、やっぱり高いお肉はおいしいねー」


 満足そうに頬に手を当てて恍惚の表情を浮かべる。
 大家さんにとっては恋路より高い肉の方が重要のようだった。


「それじゃあ俺たちも食べていくか……」
「はいっ」


 莉愛が頷いたのを見た後、俺は焼くほうに集中していった。

「有場さんもちゃんと食べてくださいね……」


 焼けた肉を莉愛の皿に入れると心配そうに言ってくる。


「大丈夫だ、ちゃんと焼きながら食ってるぞ?」
「そんなこと言って、私とか伊緒ちゃんばかりに入れてるじゃないですか」


 たしかにできるだけ良いものを食べてもらいたいと、ちょうど良い焼き加減のものをなるべく二人の皿に入れて、焦げつつあるものを自分のところに入れていた。

「でも焼きながらでしたら食べにくいですもんね。そうだ、有場さん、口を開いてくれますか?」
「あ、あぁ……」


 言われるがままに口を開くと莉愛が箸で掴んだ肉をゆっくり俺の方に近づけてくる。


「はいっ、あーん……」


 そのまま肉を俺の口へと入れてくれる。
 そして、莉愛は満足そうな表情を見せていた。


「美味しいですか?」
「あぁ、うまいな……」
「これなら焼きながらでも食べられますね」


 ただ、莉愛は気づいていないようだが、この食べさせ方にも問題があった。
 それは周りにいる大家さんや伊緒が楽しそうにニヤニヤした様子で俺たちのことを見ていたことだった。


「見せつけてくれちゃうねー。私でも嫉妬しちゃうよ」


 嬉しそうに大家さんが口に出すと伊緒も自分の皿にある肉と俺の顔を見比べていた。


「お兄ちゃん、私のお肉も食べる?」
「いや、それは伊緒が食うといいぞ……」


 隣にいる莉愛が険しい表情を見せるので、俺は苦笑を浮かべながら伊緒に告げる。

「んっ……、残念」


 伊緒が声を漏らすとそのまま皿の肉を食べてしまう。


「もう、伊緒ちゃんも! 有場さんは渡しませんよ!」



 莉愛が頬を膨らませながら怒る。
 最近よくこの表情の莉愛を見かけるな。
 特に伊緒がその表情にさせようとしている気がする。


 気のせいか……?


 とも思ったが、その怒る莉愛を見て、伊緒が笑っているところを見るとわざとそうしているみたいだった。


「あーあ、私も良い男の人が見つからないかなー? 有場さん、紹介してくださいよ。エリートで金持ちなイケメンを……」
「俺の知り合いにそんな完璧超人がいるはずない……」


 一瞬勇吾さんの顔が脳裏に浮かぶ。
 たしかに彼なら大家さんの要望を全て満たしているような気がする。

 よし、今の話は聞かなかったことにしよう。

 俺が言葉を詰まらせたことで、大家さんは訝しんでいた。


「あっ、心当たりのある人がいるんだ! 誰、教えて! 紹介して!」
「し、知りませんよー。そんな人……」
「嘘だ、有場さんのその表情、絶対に心当たりがあるんだー!」


 大家さんのこの絡み方……。まるで酒を飲んでいるような……。
 というか本当に酒臭かった。

 いつのまに酒を頼んでたんだ?


「むぅ……、嘘ついてもすぐわかるんですよ……。有場さん」


 大家さんが再び近づいてくる。
 ただ、すぐに莉愛が間に入ってくる。


「有場さんはダメですよ!」


 すると大家さんがそのまま莉愛を抱きしめる。


「うーん、莉愛ちゃんは可愛いな……。有場さんにはもったいないよー」


 捕まった莉愛はバタバタと足をばたつかせていた。

 本当に騒々しいな……。

 俺は苦笑しながら、それでも以前ならこんな生活は考えられなかったと少しだけ笑みを浮かべていた。

 そして、みんなが満腹になるまで食べた後、会計をしてみると一万円札が十枚ほど飛んで行ってしまった。


「やっぱり、安めのお店でしたね」


 莉愛が笑みを見せる。ただ、俺は乾いた笑みを見せるしかなかった。

 一人当たり二万五千円……。

 ま、まぁ、たしかに莉愛なら一人でそのくらい飛んでいきそうな店へ来てもおかしくないから、まだ支払える値段ならマシ……と思った方がいいな。

 ただ、これからこの価値観を共有するのは難しそうだ。
 頑張っていかないと……。

 たくさんのお金が飛んで行き軽くなった財布を握りしめて、俺は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

 ◇


「少し疲れましたね……」


 肉を食べ終わった後、大家さんと伊緒を送っていくと、俺たちは二人家に向かって帰っていた。


「特に大家さんの騒ぎっぷりは凄かったもんな」
「あ、あははっ……」


 莉愛が苦笑する。
 そして、莉愛がそっと手を差し出してくるので、俺はそれを握り返す。


「もう、こうやって握るのが普通になりましたね」
「そうだな……」


 二月前は何かのお礼に手を握って、と頼んで来てたのに……。
 その間一緒に住んでただけでここまで変化があるなんてな。


「まぁ、その……、あれだ。これからもよろしくな、莉愛」


 頭を掻きながら言うと莉愛がクスクスと微笑んだ。


「なんですか、急に……」
「いや、なんとなくな……」


 俺は自分が言ったことが恥ずかしくなり頬を染める。すると、莉愛も俺の顔をじっと見た後に決意したように顔を近づけてくる。
 そして、少し背伸びをしながら、ゆっくり俺の頬に口をつけてくる。

 そのあと、真っ赤になりながらも笑顔を見せて言ってくる。


「はい、これからもずっとよろしくお願いしますね、健斗さん……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

叔父と姪の仲良しな日常

yu-kie
ライト文芸
社会人になった葉月魅音(ハヅキミオン)はひとり暮しするならと、母の頼みもあり、ロッティー(ロットワイラー:犬種)似の叔父の悪い遊びの監視をするため?叔父の家に同居することになり、小さなオカンをやることに… 【居候】やしなってもらう感じです。 ※同居と意味合いが違います。なので…ここでは就職するまで~始め辺りから順に同居と表現に変えて行きます(^^)/

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...