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部屋に入ると勇吾さんは机に突っ伏していた。
目に見えて落ち込んでいるようだ。
「うぅ……、莉愛……。私が何をしたというんだ……。ただ、私は心配して……」
なるほど、さっき莉愛に怒られたことが尾を引いてるんだな。
俺が部屋に入ってくると顔を上げていつもの表情を見せてくる。
「あ、有場君か……。どうだい、莉愛の様子は……?」
「もう随分元気になってきましたよ」
「それは良かった……。すまないな、せっかくいい雰囲気だったのに邪魔をして――」
「それも気にしないでください。それよりも勇吾さんにお話ししたいことがありまして……」
そこで勇吾さんが目を細めて真剣な表情を見せてくる。
「……遠山から聞いてるよ。君を勧誘してきた企業があるとか……。それでまずは有場君、君の気持ちを聞いておきたい。君はその企業に行きたいのかい?」
「いえ、行きたいわけじゃないです。ただ、いつまでも今の生活を続けられるのかというのが不安……でして」
「なるほど……、それなら簡単だ。今回の企画書を見せて、いろいろ頭の硬い連中をまとめてきた。これから我が社の企画監査役として、改めて有場君の力を借りたい……。これでどうだろうか?」
つまり、勇吾さんは俺に働く場所を与えるからこれからもいてほしいと言ってきているようだ。
彼自身色々と考えてくれたようだ。
確かにいつまでも莉愛のヒモ……と言うわけにも行かないもんな。
……ははっ、何を俺は迷っていたんだろうな。
今の生活のまま、その上でしっかり働ける以上にいいことはないんだ。
そして、勇吾さんはそこまで見通した上で先に行動していたようだ。
「わかりました。俺でよければ喜んで力を使ってください」
勇吾さんに対して頭を下げる。
それと同時に彼の偉大さを思い知らされる。
莉愛と改めて付き合うにはこの人を超えないといけないな。
そのためにはまずはゆっくりと経験を積んでいくしかないか……。
「いい返事が聞けてありがたいよ。ところで君を勧誘してきたのはどこの会社……なんだい?」
「えっと、株式会社リグルスト……です」
「あの会社か……!!」
勇吾さんがメラメラと目に炎を宿していた。
「さすがにまだ手を出してくるところはないと思っていたが……。しかもそれを気にして莉愛が風邪を――。絶対に許せん。なんとしても奴らには仕返しを……いや、有場君は気にしなくて良いよ。それよりも君の今後の業務だが――」
いよいよ俺もしっかり働くことが出来るのか……。
莉愛といる時間が少し減ってしまうのは寂しいけど、それでも彼女とこれからいるためにもしっかりとした仕事は必要だ。
息を呑み、勇吾さんが口を開くのを待つ。
すると彼がゆっくりと言葉を発する。
「君には以前から話させてもらっていたとおり、いろんな場所に出向いてその報告書を書いてほしいんだ。良いところ、悪いところ、楽しかったこと、駄目だったところ……。場所はどこでも良いし、行かなかったときは書かなくていい」
「えっと……、それって?」
わざわざ会社に出向く必要もない……なんて本当に仕事をしているかわからない。
「在宅ワークってあるだろう? それの類いだと思ってもらうといい。これもしっかりとした仕事だろう?」
勇吾さんがにやりと微笑む。
確かにそう言われるとそんな気がしてくる。
「いや、それだと今までとほとんど変わらないんじゃ……ないですか?」
「私がこれから君にお願いをしやすくなるね。うん、それはとっても良いことだよ。それで十分じゃないのか?」
何をおかしなことを言ってるんだろうか?
お願いって前に莉愛と一緒に遊園地に行ったような……ああいったことだろう?
でも、それだと俺はヒモのままじゃ?
「君のおかげで今回の神楽坂オーシャンパークは大成功を収めているからね。次も期待してるよ……。それじゃあ私は少し失礼するね。ちょっと全面戦争……いや、話し合いをする必要があるからね」
それだけ言うと勇吾さんは部屋を出て行こうとする。
しかし、扉に手をかけた状態で振り返ってくる。
「そうだ、有場君はついに莉愛と付き合いだしたんだよね? おめでとう」
「いえ、俺はまだ付き合っていませんよ?」
さも当然のように答えると勇吾さんは驚いた表情を見せていた。
「えっと、それじゃあさっきは……い、いや、そうだね。うん、私が邪魔してしまったからだね……。本当にすまなかった。このわびは必ずさせてもらう……」
勇吾さんはがっくりと肩を落として部屋を出て行った。
一人残された俺はなんとも言えない気分になる。
「いや、俺が待ってもらうように頼んだんだけどな……」
誰もいないその部屋でぽつり呟いた。
◇
「お帰りなさい、有場さん。お父様と話されてどうでした?」
莉愛の部屋に戻ってくると彼女は心配そうに聞いてくる。
「あぁ、結局今までと変わらないことになったよ」
それを聞いて莉愛は嬉しそうに近づいて、そのまま抱きついてくる。
「良かったです。これで有場さんはずっと一緒……なのですね」
「あぁ、これからもよろしくな」
「はいっ」
「それで莉愛、体調は大丈夫か?」
「もうすっかり元気になりましたよ」
握りこぶしを作る莉愛。
ただそれだけでは信用できないので、莉愛の額に自分のを当てる。
ただ風邪の間に何度かしていたからか、莉愛は恥ずかしがる様子を見せずにおとなしくジッとしていた。
「確かにもう大丈夫そうだな。これだと明日のテストは受けられそうだな」
「はい、私の勉強の成果を有場さんに見せられますね」
莉愛は嬉しそうに微笑んでいた。
「そうだな。せっかく頑張ったんだもんな。楽しみにしてるぞ」
莉愛の頭を軽く撫でてあげると彼女は嬉しそうに目を細めていた。
「それじゃあそろそろ休んだ方が良くないか?」
「うん、でも、今日もその……」
莉愛がもぞもぞとしながらそっと手を差し出してくる。
「あぁ、わかったよ」
俺はその手を繋ぐと莉愛が眠りにつくまでずっとその場にいた。
◇
翌朝、莉愛と一緒にいつもの通学路を登校していく。
その途中で伊緒が待っていた。
「莉愛ちゃん! よかった、元気になったんだね」
伊緒が嬉しそうに莉愛に飛びつく。
それを莉愛は抱きとめる。
「伊緒ちゃん、ありがとうございます。心配させてしまって申し訳ありません」
「ううん、元気になってくれたんだから全然いいよ。でも残念だね、あれだけ勉強してたのに今日の分しか受けられないなんてね」
「いえ、そのかわりもっといいことがありました……ので」
莉愛は頬を染めながら答える。
すると興味深そうにそれを見ていた伊緒が俺を覗き込んでくる。
「お兄ちゃん、莉愛ちゃんに何かしたの?」
「いや、特に何もしてないけどな……」
俺は誤魔化すように苦笑をするが、伊緒はずっと疑ったままだった。
◇
莉愛たちが学校へ入っていくと俺はリグルストの人に電話をかける。
一応決まったら電話してほしいと言っていたからな。
約束の名刺に書かれていた電話番号にかけると生島が電話に出る。
「はい、生島ですが?」
「私、有場って言いますが……」
「あ、有場さん、も、申し訳ありません。以前は本当にご迷惑をおかけしてしまいまして……。も、もう二度と引き抜きなんて馬鹿な真似はいたしませんので……。本当に申し訳ありません」
ただ、断りの電話を入れただけのつもりだったが、凄い勢いで謝られてしまう。
「い、いえ、私は別に……」
「ほ、本当に申し訳ありませんでした。これからは一切あなたには近づきませんので、許してください……」
もしかすると勇吾さんが何かしてくれたのかもしれない。
俺に引き抜きの話があると言ったらすごく怒っていたようだし、もう話がなかった方で進んでいるのならこれ以上話すことはなさそうだ。
「私は気にしてませんので大丈夫です。では、失礼します」
それだけ伝えると電話を切った。
あの怯えよう……、一体勇吾さんはどんなことをしたのだろう……と少しだけ気になるもののこれ以上は気にしないようにする。
そして、学校の前で莉愛のテストが終わるのを待っていた。
◇
「有場さん、お待たせしましたー!」
莉愛が元気よく学校から出てくる。
その笑顔を見る限りだとテストはかなり良いできなのだろう。
それに対して、伊緒は精気の抜けた表情をしていた。
「うぅ……、全然解けなかったよー……」
「大丈夫ですよ、伊緒ちゃん。あれだけ勉強したんですから……」
莉愛が伊緒を慰める。
「莉愛ちゃんはいい出来みたいだね」
「うん、かなり頑張ってたからね。昨日とかに勉強できなかったから満点……というわけにはいかないだろうけど」
まさか最後までしっかり勉強できていたら一位も本当に取れていたかもしれないな。
「でも、今日でもうテストも終わりだもんね。それじゃあお兄ちゃん、前に約束してた入間屋のパフェ、食べに行こう!」
伊緒が俺の腕を掴んで引っ張ってくる。
「あっ……」
そんな伊緒を見て莉愛が声を漏らしていた。
「どうかしたの?」
「な、何でもないですよ……」
口を尖らせながら反対の手をしっかり掴んでくる莉愛。
少し拗ねた様子もまた可愛らしいのだが、それを見て伊緒がニヤリと微笑んでいた。
「莉愛ちゃん、もしかしてお兄ちゃんと何か進展したの?」
小声で莉愛の耳に呟いていた。
すると莉愛の顔色は一瞬で真っ赤に染まっていた。
「な、な、何言ってるの!? そ、そんなことあるはずないですよ……。うん……」
動揺のあまり、手をパタパタさせながら言う莉愛。
ただ、その様子だと何かあったと言ってるようなものだった。
「うん、わかったよ。それは後からじっくり聞かせてもらうね」
ニヤリと微笑む伊緒。
そして、俺たちは三人で入間屋へ向かっていった。
◇
「巨大パフェ一つ!」
店に入るなり伊緒が注文をする。
それをあきれ顔で俺たちは眺めていた。
「もう、伊緒ちゃんは……」
「まぁいいじゃないか。それよりも俺たちも決めようか」
莉愛と隣同士にメニューを眺める。
それを向かいの席に座っていた伊緒がはにかみながら見ていた。
「やっぱり仲いいね。早く付き合っちゃえば良いのに……」
ぽつりと呟いたその言葉に莉愛は反応して真っ赤な表情を見せていた。
「そ、そんなことないですよ。普通ですよ、もう……」
パタパタと手を振って動揺する莉愛。
一方の俺はメニューに意識をむけて反応すらしなかった。
「むぅ……、お兄ちゃんはなかなか強敵だね……」
伊緒はふくれっ面を見せていた。
「よし、俺は注文が決まったぞ。莉愛はどうする?」
「わ、私はこのイチゴパフェにしますね」
無難に一番人気と書かれたパフェを俺の方は普通にアイスコーヒーを注文する。
そして、しばらく待つと一番初めに頼んだはずの伊緒のパフェと俺たちのが頼んだものが一緒に運ばれてくる。
「うわぁ……、すごいねぇ……」
伊緒が目を輝かせながら目の前のパフェを眺めていた。
それはバケツよりも大きな器にたっぷりの生クリームや様々な果物、チョコレートやお菓子などがちりばめられた超巨大なパフェだった。
「えっと……、それは伊緒一人で食うのか?」
「うん、もちろんだよ?」
さも当然のように言ってくる。
そうか……、それだけ食えるのか……。
なんだか見ているだけで胸焼けがしてくる。
それは莉愛も同じようで苦笑を浮かべながら漠然と伊緒の前にあるパフェを眺めていた。
「それじゃあいただきまーす!」
伊緒は手を合わせると早速巨大パフェを食べ始める。
「んーっ、おいしー!!」
そして、恍惚の表情を見せていた。
乾いた笑みでそれを見ながら莉愛に言う。
「莉愛も食うと良いぞ……」
「は、はい……、いただきます」
莉愛もイチゴパフェを食べる。
そして、驚いた表情を見せていた。
「すごい……、おいしい……」
「それはよかったな」
莉愛の嬉しそうな表情を見て俺も嬉しくなる。
「有場さんも一口食べてみてください。とってもおいしいですよ……」
莉愛が生クリームとイチゴをスプーンで掬うと俺の方へ差し出してくる。
それをそのまま食べる。
確かに伊緒が言うだけあって、ほどよい甘さの生クリームと甘酸っぱいイチゴが良い味を出していた。
「確かにうまいな、これは……」
「ですよね……」
二人で味の言い合いをしていると伊緒が口をぽっかり開けて俺たちを見ていた。
「今、莉愛ちゃんとお兄ちゃん、間接キス……」
「えっ、あぁ、そうだな。一応そうなるのか」
「でも、一人で食べるより二人の方がおいしいですよ」
散々食べあいはしてきたのでこのくらいで動揺はしなかった。
すると伊緒が大声を上げてくる。
「やっぱり二人、何かあったんでしょー!!」
「そんなことないですよー」
莉愛がはにかみながら答えていた。
そして、はしゃいでいる二人を見ながらコーヒーを飲んでいると莉愛と伊緒がほぼ同時にパフェを食べ終えていた。
「えっと、本当に食ったのか……」
「うん、このくらい余裕だよ!」
満足そうな顔を見せる伊緒がピースをしてきて、俺は再び苦笑いを浮かべるしかなかった。
目に見えて落ち込んでいるようだ。
「うぅ……、莉愛……。私が何をしたというんだ……。ただ、私は心配して……」
なるほど、さっき莉愛に怒られたことが尾を引いてるんだな。
俺が部屋に入ってくると顔を上げていつもの表情を見せてくる。
「あ、有場君か……。どうだい、莉愛の様子は……?」
「もう随分元気になってきましたよ」
「それは良かった……。すまないな、せっかくいい雰囲気だったのに邪魔をして――」
「それも気にしないでください。それよりも勇吾さんにお話ししたいことがありまして……」
そこで勇吾さんが目を細めて真剣な表情を見せてくる。
「……遠山から聞いてるよ。君を勧誘してきた企業があるとか……。それでまずは有場君、君の気持ちを聞いておきたい。君はその企業に行きたいのかい?」
「いえ、行きたいわけじゃないです。ただ、いつまでも今の生活を続けられるのかというのが不安……でして」
「なるほど……、それなら簡単だ。今回の企画書を見せて、いろいろ頭の硬い連中をまとめてきた。これから我が社の企画監査役として、改めて有場君の力を借りたい……。これでどうだろうか?」
つまり、勇吾さんは俺に働く場所を与えるからこれからもいてほしいと言ってきているようだ。
彼自身色々と考えてくれたようだ。
確かにいつまでも莉愛のヒモ……と言うわけにも行かないもんな。
……ははっ、何を俺は迷っていたんだろうな。
今の生活のまま、その上でしっかり働ける以上にいいことはないんだ。
そして、勇吾さんはそこまで見通した上で先に行動していたようだ。
「わかりました。俺でよければ喜んで力を使ってください」
勇吾さんに対して頭を下げる。
それと同時に彼の偉大さを思い知らされる。
莉愛と改めて付き合うにはこの人を超えないといけないな。
そのためにはまずはゆっくりと経験を積んでいくしかないか……。
「いい返事が聞けてありがたいよ。ところで君を勧誘してきたのはどこの会社……なんだい?」
「えっと、株式会社リグルスト……です」
「あの会社か……!!」
勇吾さんがメラメラと目に炎を宿していた。
「さすがにまだ手を出してくるところはないと思っていたが……。しかもそれを気にして莉愛が風邪を――。絶対に許せん。なんとしても奴らには仕返しを……いや、有場君は気にしなくて良いよ。それよりも君の今後の業務だが――」
いよいよ俺もしっかり働くことが出来るのか……。
莉愛といる時間が少し減ってしまうのは寂しいけど、それでも彼女とこれからいるためにもしっかりとした仕事は必要だ。
息を呑み、勇吾さんが口を開くのを待つ。
すると彼がゆっくりと言葉を発する。
「君には以前から話させてもらっていたとおり、いろんな場所に出向いてその報告書を書いてほしいんだ。良いところ、悪いところ、楽しかったこと、駄目だったところ……。場所はどこでも良いし、行かなかったときは書かなくていい」
「えっと……、それって?」
わざわざ会社に出向く必要もない……なんて本当に仕事をしているかわからない。
「在宅ワークってあるだろう? それの類いだと思ってもらうといい。これもしっかりとした仕事だろう?」
勇吾さんがにやりと微笑む。
確かにそう言われるとそんな気がしてくる。
「いや、それだと今までとほとんど変わらないんじゃ……ないですか?」
「私がこれから君にお願いをしやすくなるね。うん、それはとっても良いことだよ。それで十分じゃないのか?」
何をおかしなことを言ってるんだろうか?
お願いって前に莉愛と一緒に遊園地に行ったような……ああいったことだろう?
でも、それだと俺はヒモのままじゃ?
「君のおかげで今回の神楽坂オーシャンパークは大成功を収めているからね。次も期待してるよ……。それじゃあ私は少し失礼するね。ちょっと全面戦争……いや、話し合いをする必要があるからね」
それだけ言うと勇吾さんは部屋を出て行こうとする。
しかし、扉に手をかけた状態で振り返ってくる。
「そうだ、有場君はついに莉愛と付き合いだしたんだよね? おめでとう」
「いえ、俺はまだ付き合っていませんよ?」
さも当然のように答えると勇吾さんは驚いた表情を見せていた。
「えっと、それじゃあさっきは……い、いや、そうだね。うん、私が邪魔してしまったからだね……。本当にすまなかった。このわびは必ずさせてもらう……」
勇吾さんはがっくりと肩を落として部屋を出て行った。
一人残された俺はなんとも言えない気分になる。
「いや、俺が待ってもらうように頼んだんだけどな……」
誰もいないその部屋でぽつり呟いた。
◇
「お帰りなさい、有場さん。お父様と話されてどうでした?」
莉愛の部屋に戻ってくると彼女は心配そうに聞いてくる。
「あぁ、結局今までと変わらないことになったよ」
それを聞いて莉愛は嬉しそうに近づいて、そのまま抱きついてくる。
「良かったです。これで有場さんはずっと一緒……なのですね」
「あぁ、これからもよろしくな」
「はいっ」
「それで莉愛、体調は大丈夫か?」
「もうすっかり元気になりましたよ」
握りこぶしを作る莉愛。
ただそれだけでは信用できないので、莉愛の額に自分のを当てる。
ただ風邪の間に何度かしていたからか、莉愛は恥ずかしがる様子を見せずにおとなしくジッとしていた。
「確かにもう大丈夫そうだな。これだと明日のテストは受けられそうだな」
「はい、私の勉強の成果を有場さんに見せられますね」
莉愛は嬉しそうに微笑んでいた。
「そうだな。せっかく頑張ったんだもんな。楽しみにしてるぞ」
莉愛の頭を軽く撫でてあげると彼女は嬉しそうに目を細めていた。
「それじゃあそろそろ休んだ方が良くないか?」
「うん、でも、今日もその……」
莉愛がもぞもぞとしながらそっと手を差し出してくる。
「あぁ、わかったよ」
俺はその手を繋ぐと莉愛が眠りにつくまでずっとその場にいた。
◇
翌朝、莉愛と一緒にいつもの通学路を登校していく。
その途中で伊緒が待っていた。
「莉愛ちゃん! よかった、元気になったんだね」
伊緒が嬉しそうに莉愛に飛びつく。
それを莉愛は抱きとめる。
「伊緒ちゃん、ありがとうございます。心配させてしまって申し訳ありません」
「ううん、元気になってくれたんだから全然いいよ。でも残念だね、あれだけ勉強してたのに今日の分しか受けられないなんてね」
「いえ、そのかわりもっといいことがありました……ので」
莉愛は頬を染めながら答える。
すると興味深そうにそれを見ていた伊緒が俺を覗き込んでくる。
「お兄ちゃん、莉愛ちゃんに何かしたの?」
「いや、特に何もしてないけどな……」
俺は誤魔化すように苦笑をするが、伊緒はずっと疑ったままだった。
◇
莉愛たちが学校へ入っていくと俺はリグルストの人に電話をかける。
一応決まったら電話してほしいと言っていたからな。
約束の名刺に書かれていた電話番号にかけると生島が電話に出る。
「はい、生島ですが?」
「私、有場って言いますが……」
「あ、有場さん、も、申し訳ありません。以前は本当にご迷惑をおかけしてしまいまして……。も、もう二度と引き抜きなんて馬鹿な真似はいたしませんので……。本当に申し訳ありません」
ただ、断りの電話を入れただけのつもりだったが、凄い勢いで謝られてしまう。
「い、いえ、私は別に……」
「ほ、本当に申し訳ありませんでした。これからは一切あなたには近づきませんので、許してください……」
もしかすると勇吾さんが何かしてくれたのかもしれない。
俺に引き抜きの話があると言ったらすごく怒っていたようだし、もう話がなかった方で進んでいるのならこれ以上話すことはなさそうだ。
「私は気にしてませんので大丈夫です。では、失礼します」
それだけ伝えると電話を切った。
あの怯えよう……、一体勇吾さんはどんなことをしたのだろう……と少しだけ気になるもののこれ以上は気にしないようにする。
そして、学校の前で莉愛のテストが終わるのを待っていた。
◇
「有場さん、お待たせしましたー!」
莉愛が元気よく学校から出てくる。
その笑顔を見る限りだとテストはかなり良いできなのだろう。
それに対して、伊緒は精気の抜けた表情をしていた。
「うぅ……、全然解けなかったよー……」
「大丈夫ですよ、伊緒ちゃん。あれだけ勉強したんですから……」
莉愛が伊緒を慰める。
「莉愛ちゃんはいい出来みたいだね」
「うん、かなり頑張ってたからね。昨日とかに勉強できなかったから満点……というわけにはいかないだろうけど」
まさか最後までしっかり勉強できていたら一位も本当に取れていたかもしれないな。
「でも、今日でもうテストも終わりだもんね。それじゃあお兄ちゃん、前に約束してた入間屋のパフェ、食べに行こう!」
伊緒が俺の腕を掴んで引っ張ってくる。
「あっ……」
そんな伊緒を見て莉愛が声を漏らしていた。
「どうかしたの?」
「な、何でもないですよ……」
口を尖らせながら反対の手をしっかり掴んでくる莉愛。
少し拗ねた様子もまた可愛らしいのだが、それを見て伊緒がニヤリと微笑んでいた。
「莉愛ちゃん、もしかしてお兄ちゃんと何か進展したの?」
小声で莉愛の耳に呟いていた。
すると莉愛の顔色は一瞬で真っ赤に染まっていた。
「な、な、何言ってるの!? そ、そんなことあるはずないですよ……。うん……」
動揺のあまり、手をパタパタさせながら言う莉愛。
ただ、その様子だと何かあったと言ってるようなものだった。
「うん、わかったよ。それは後からじっくり聞かせてもらうね」
ニヤリと微笑む伊緒。
そして、俺たちは三人で入間屋へ向かっていった。
◇
「巨大パフェ一つ!」
店に入るなり伊緒が注文をする。
それをあきれ顔で俺たちは眺めていた。
「もう、伊緒ちゃんは……」
「まぁいいじゃないか。それよりも俺たちも決めようか」
莉愛と隣同士にメニューを眺める。
それを向かいの席に座っていた伊緒がはにかみながら見ていた。
「やっぱり仲いいね。早く付き合っちゃえば良いのに……」
ぽつりと呟いたその言葉に莉愛は反応して真っ赤な表情を見せていた。
「そ、そんなことないですよ。普通ですよ、もう……」
パタパタと手を振って動揺する莉愛。
一方の俺はメニューに意識をむけて反応すらしなかった。
「むぅ……、お兄ちゃんはなかなか強敵だね……」
伊緒はふくれっ面を見せていた。
「よし、俺は注文が決まったぞ。莉愛はどうする?」
「わ、私はこのイチゴパフェにしますね」
無難に一番人気と書かれたパフェを俺の方は普通にアイスコーヒーを注文する。
そして、しばらく待つと一番初めに頼んだはずの伊緒のパフェと俺たちのが頼んだものが一緒に運ばれてくる。
「うわぁ……、すごいねぇ……」
伊緒が目を輝かせながら目の前のパフェを眺めていた。
それはバケツよりも大きな器にたっぷりの生クリームや様々な果物、チョコレートやお菓子などがちりばめられた超巨大なパフェだった。
「えっと……、それは伊緒一人で食うのか?」
「うん、もちろんだよ?」
さも当然のように言ってくる。
そうか……、それだけ食えるのか……。
なんだか見ているだけで胸焼けがしてくる。
それは莉愛も同じようで苦笑を浮かべながら漠然と伊緒の前にあるパフェを眺めていた。
「それじゃあいただきまーす!」
伊緒は手を合わせると早速巨大パフェを食べ始める。
「んーっ、おいしー!!」
そして、恍惚の表情を見せていた。
乾いた笑みでそれを見ながら莉愛に言う。
「莉愛も食うと良いぞ……」
「は、はい……、いただきます」
莉愛もイチゴパフェを食べる。
そして、驚いた表情を見せていた。
「すごい……、おいしい……」
「それはよかったな」
莉愛の嬉しそうな表情を見て俺も嬉しくなる。
「有場さんも一口食べてみてください。とってもおいしいですよ……」
莉愛が生クリームとイチゴをスプーンで掬うと俺の方へ差し出してくる。
それをそのまま食べる。
確かに伊緒が言うだけあって、ほどよい甘さの生クリームと甘酸っぱいイチゴが良い味を出していた。
「確かにうまいな、これは……」
「ですよね……」
二人で味の言い合いをしていると伊緒が口をぽっかり開けて俺たちを見ていた。
「今、莉愛ちゃんとお兄ちゃん、間接キス……」
「えっ、あぁ、そうだな。一応そうなるのか」
「でも、一人で食べるより二人の方がおいしいですよ」
散々食べあいはしてきたのでこのくらいで動揺はしなかった。
すると伊緒が大声を上げてくる。
「やっぱり二人、何かあったんでしょー!!」
「そんなことないですよー」
莉愛がはにかみながら答えていた。
そして、はしゃいでいる二人を見ながらコーヒーを飲んでいると莉愛と伊緒がほぼ同時にパフェを食べ終えていた。
「えっと、本当に食ったのか……」
「うん、このくらい余裕だよ!」
満足そうな顔を見せる伊緒がピースをしてきて、俺は再び苦笑いを浮かべるしかなかった。
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