異世界建築家

空野進

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魔物襲来! 壊された城壁(3)

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「そういえば、バルドールさん、一度魔物を見に行きたいのですが――」
「危険だぞ!?」


 研吾が言い切る前に低く落とした声で注意してくる。


「でも、城門を改修するには一度魔物というものを見ておかないといけないのですよ」


 研吾が視線を逸らさずにバルドールを見続ける。するとバルドールはやれやれといった感じに首を横に振る。


「わかった。ただし、明日だ! 明日の朝、準備ができ次第研吾の部屋に迎えに行く。それでいいか?」
「わかりました」


 それだけいうとバルドールは帰って行った。



 翌日、日が昇るか昇らないかという時間にバルドールは研吾の部屋にやってきた。


「ケンゴ、起きてるか?」
「あっ、はい。準備出来てますよ」


 研吾の目には少しクマができていた。
 城壁を作る以上魔物とは会いに行かないといけない。しかし、命の危険がある相手――そう言った危険を感じたことのない研吾が緊張しないわけがなく、一晩、一睡も出来ずに当日を迎えてしまった。


「本当に大丈夫か?」


 その様子はバルドールでも心配する程だったが、それでも研吾が行く気だったので仕方なく持っていた薬を渡しておく。


「これは?」


 渡された薬に疑問符が浮かぶ研吾。


「飲んどけ! 少し体調がマシになる」


 それだけ言うとバルドールは先々歩いて行った。



 バルドールと二人、近くの森へとやってきた。ここは研吾がこの世界に来て初めて素材を採りに来た森だった。


「バルドールさん、ここって?」
「あぁ、以前来たことある森だな。ここの奥に今回襲ってきた魔物が住んでるんだ。ただ、危険な相手だからな。絶対俺から離れるなよ」
「大丈夫です。全てお任せしますから」


 そして、ようやく魔物がいる場所までたどり着く。
 闇のように真っ黒な毛に覆われた狼。しかし、その手には鋭くなんでも切り裂きそうな爪、口には長く尖った牙が二本生えていた。
 幸いなことに群れからはぐれたのか、一匹だけで歩いていた。


「あいつだ! ダークウルフェン。一匹だけだとそれほど強くない魔物だが、数が揃うと厄介な奴だ。これでこの後はどうする? もう見れたからいいのか?」
「いえ、少しだけ観察させてください」


 そう言いながらも研吾は冷や汗を大量にかき、足は震えていた。
 それを見たバルドールは呆れて、研吾の肩を叩く。


「安心しろ、あいつ一匹なら俺でも簡単に相手にできる」


 それからしばらくダークウルフェンを観察していた。

 基本的な行動は三つ。
 何かをほじくり出そうとしているのか、木の根元を鋭い爪でほり出す。
 どこかから拾ってきた堅い木の実を尖った牙でほじくるように食べていく。
 何か獲物を見つけた時に全身をどす黒い魔力で覆い、そのまま相手にぶつかっていく。

 爪や牙で獲物に攻撃しないのは意外だと研吾はメモに記載していった。


「この魔物が相手なら……でも、それをするには……、とにかく時間との勝負になるかもしれないな」


 一通り呟いたあと、バルドールに言う。


「もう大丈夫です。戻りましょうか」
「おう、わかった」


 研吾たちはそのまま王都へと戻っていく。



 そして、城壁が見えてきた時、研吾たちの目に映ったのは魔物に襲われている王都の姿だった。
 東門付近を覆い尽くすダークウルフェンの群れ。それは一匹の魔物に見えず、まるで黒の草が生え揃った草原にしか見えない。

 そんな大量の魔物を退治してるのは数えられる数の兵士たち。
 前線に剣を構えた兵士たち。そして、後衛に杖を持った兵士たちといった陣形で戦っている。
 すでに城壁にはガタがきていたようで一部城壁は破壊されていた。


「くっ、なんと抑えろ!」
「たいちょー、さすがに抑えきれません!」
「しかし、これを抑えなかったら町中に魔物がなだれ込むぞ!」


 兵士の人たちの怒声が鳴り響く。
 さすがにこんな状態では町に近づくこともできない。しばらく様子を見ていた研吾たちだが、時間が経つと大量にいた魔物たちも散り散りになり、その数を減らしていた。

 そして、ついに魔物たちは逃げ去っていった。
 それを確認したあと、研吾たちは町の中に入って行った。


「城壁、ついに壊されてしまいましたね」
「あぁ、すぐに直す必要があるな」


 城壁のことを言うバルドールだが、研吾は全く別のことを考えていた。


(あの魔物……基本まっすぐ突っ込んでくるだけだったな。それなら……。ただそれを実行するには人手が足りない。それは一度大臣に相談してみるか)


 そう決めるとさっそく研吾は大臣の部屋へと向かった。



 王城内の一室――そこに大臣の執務室があった。中には沢山の書物、立派な装飾机、高そうな椅子が並んでいる。それが大臣がこの国でもかなり高貴な職であることを伺わせていた。


「失礼します」


 扉をノックして中に入る研吾。しかし、そこで目にしたのはただモクモクと木を削っている大臣の姿だった。


「あっ、えっと、お邪魔でしたか?」
「い、いや、そんなことないぞ。どうした?」


 手に持っていた木を隠す大臣。その木は不格好ながらも研吾がこの世界に来たときに持っていた模型。それに似ている感じだった。


「あの……、それは?」
「いや……、あはははっ、ついケンゴ殿の模型を見ていましたら作りたくなりまして……。それより何かご用があったのではないですか?」
「あっ、そうでした。実は今回の国王様の依頼――それをこなす上でどうしても人手が必要になりまして……。なんとかご用意して貰えませんか?」
「いや……、準備するのは構わないがそれほど多くの人は集められないと思うぞ」
「でも、この件は重要なんですよね?」
「あぁ、ただ、魔物が襲ってきたときのことを考えると改修作業にそれほど割ける人もいないんだ。だからケンゴ殿も出来る範囲で直して貰えませんか?」
「……わかりました」


 そういうと研吾は大臣の部屋を後にした。



 部屋に戻ってきた研吾は机に手を付き頭を抱える。


「どうしよう……。どう考えても手が足りない……。改修する場所を減らすか? いや、そんなことをしても問題を先送りにするだけか……」


 考えをまとめながら城壁の問題点を紙にまとめていく。


「ケンゴさん、大丈夫ですか?」


 頭を抱えているところを見ていたミルファーが研吾のことを心配して声をかける。


「正直少しダメかも……。手に負えない問題が多すぎるよ」
「問題ってどんなことがあるの?」


 研吾は今ある問題が書かれた紙をミルファーに見せる。


 最優先、破壊された城壁の修繕。
 魔力耐性が低下した壁の強化。
 古くなった壁の強化。
 魔物に襲われても壊れない壁。
 その上で安全に魔物を撃退出来る方法。


「結構することがあるんですね」
「そうなんだよね。とにかく明日からは壊れた部分を直していくとして、その他の部分はどうするか?」
「この模型みたいに溝を作るのはどうなのですか?」


 ミルファーが城の模型を指さして言ってくる。


「俺もそう思ったのだけれど、流石に王城の周りに堀をつくるとなると結構な労力と時間がかかるからね。ただ、それが借りられなさそうで……」
「たとえば……魔法で掘るのはどうですか? 私はあまり掘ったりするのは得意ではないけど、ミリスなら……」


 確かに彼女ならミルファーの知らない魔法を知っているかもしれない。それなら試す価値があるかも。少し悩んだ研吾は、他に出来ることもないので一度彼女に声をかけてみることに決める。


「それなら明日、バルドールさんに城壁を直す指示をしたら一緒に話しに行こうか」
「はい、わかったよ」


 少し気が晴れた研吾は相当無理をしていたのだろう、問題の解決手段が見つかると急に眠気が襲ってきた。



 そして、次の日。バルドールにさっそく指示をしておく。と言っても応急処置に壁を直すだけなのであまり指示することはなかった。


「あの、昨日壊れた壁、急いで直して貰えますか?」
「おう、わかった」
「では、直し方ですけど――」


 詳しく説明する前にバルドールは行ってしまう。あとで様子だけは見に行こうと決める研吾。
 その指示が終わると今度はミルファーと一緒に彼女の宿舎へと向かう。
 ここを研吾がきれいに直したことで中に入った瞬間に歓迎されるが、それは程々にしてさっそくミリスに会いに行く。


「あれっ? ケンゴ様? どうかしたの?」


 ミリスは少し首を傾げながら聞いてくる。


「実はミリスに少し聞きたいことがあるんだ」


 そう言って、研吾は昨日ミルファーに見せた紙を同じようにミリスにも見せる。その上で土を掘るような魔法を知らないか聞いてみる。


「うーん、私は土系統の専門じゃないからな。もっと詳しい人に聞いたほうが良いかもしれないよ」
「詳しい人?」


 そんな人がいるのだろうか?


「うん、土系統と言ったらドワーフ族の人が詳しいよ。この町にも確か一人住んでいたはずだよ」


 ドワーフ族……モロゾフさんのことか。確かにドワーフのイメージと言えばそんな感じだけど、彼はあまり魔法が得意そうには見えなかった。
 研吾は少し渋い顔を見せる。すると、ミリスが苦笑いを浮かべる。


「確かにドワーフ族の人って魔法がうまそうに見えないんだよね。でも土魔法は別だよ。心配なら私も一緒について行くよ」


 ミリスはそう言うと研吾の腕に自分の腕を絡める。


「あっ!?」


 それを見たミルファーは羨ましそうな声を上げる。そして、ミリスは少し悪戯めいた顔で舌を出す。また彼女の悪戯なのだろう。
 それはわかっていても面白くないミルファーは空いているほうの腕をそっと掴む。
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