ミーシャのアトリエ

空野進

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ミーシャのアトリエ、開店

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「よし、これで用件は済んだな! それじゃあ帰るか」


 マークくんは笑顔で話してくる。
 何だか今日一日でマークくんを見る目が変わったかも。

 確かに高圧的だし、少し偉そうな所もあるけど、思ったより頼りになる感じだった。

 何だか年上(だと勝手に思い込んでいる)の私の方が頼りない感じだった。


 うぅん。やっぱりこのままだとダメだよね。
 もっとしっかりしないと。


 私はギュッと両手で握りこぶしを作ると気合を入れる。

 とりあえず、生活できるようにお金を手に入れよう。
 そのためにはポーション以外にも作れるようになってお客さんを呼び込めるようにならないと。


 よし、この方針で行こう!






 家に戻るとマークくんは自宅に帰っていったので、錬金本を開いて眺める。


「ねぇ、ちびどら。ここに載ってる素材って……えっ?」


 どうやったらこのページが増えるのかな。

 そんなことを思いながらペラペラとページをめくっていると今まで二つしか載っていなかったページがかなり増えていた。主に食べ物関連で……。

 そういえばちびどら、結構食べ物食べてたよね?
 もしかして、あれで増えたのかな?

 ちびどらが食べるとページが増える……。あまり考えたくないけどね。
 薬とかは別の条件があるのかもしれないけど、少なくとも食べ物に関してはそれで間違いなさそうだ。

 
 ただ、こんな大事なことをどうして言ってくれなかったのか。


 私はジト目でちびどらを見る。

 何もわかっていないちびどらは目をパチパチと見開いていた。そして、本の中身を見てバツが悪そうにする。


「だ、だってー、おいらも知らなかったんだから仕方ないだろー」


 わからなかったのなら仕方ない。
 ただ、せっかくなのでここに書かれているものを作ってみる。


【タレ焼き】
必要素材:鶏肉とセイウ草


 うーん、タレ焼きがおいしかったから作りたかったけどセイウ草を持っていないなぁ。
 これはなるべく早く素材集めに行かないといけなそうだね。

 そう考えながら今の自分でも作れるものをページをめくって探していく。



【鳥の芳香焼き】
必要素材:鶏肉とハレバレ草


 ポーションの素材であるハレバレ草を使った料理。
 あまりおいしそうじゃないけど、これしか作れないし仕方ないよね?

 食料品である鶏肉とハレバレ草を取り出すと祈りを捧げる。

 すると、目の前に香ばしい臭いの鶏肉料理がふわふわと浮かんでいた。
 慌ててお皿を持ってきて下に添えると、フッとその上に落ちる。


 できちゃった……。
 うん、素材がそろっていたのでできるのはわかっていたんだけど……。


 どうにもハレバレ草はポーションってイメージが強くておいしそうに見えない。


「ちびどら……食べる?」


 私がそう言うとちびどらは慌てていた。


「お、おいらはいいからミーシャが食べなよ。おいらはおなかいっぱいだから……」


 さすがに食べないで捨てるのはもったいないし……食べないといけないよね?
 グッと息をのみ、その料理を一口囓ってみる。


 鼻を突き刺す芳香の匂い。
 その香りがこの鶏肉の臭みを消し、風味豊かに仕上がっている。
 そして、味も少しピリッとするもののそれが食を進ませる。

 さらに追加効果としてなんだか体の疲れがとれた気がする。
 ポーションで使う素材を使っているんだもんね。そういう効果があってもおかしくないかも。
 とにかく恐る恐る食べていたのが恥ずかしくなるくらいおいしかった。


「うん、とってもおいしいよ」


 ちびどらはいらないと言っていたので私一人でそれを食べていくが、鶏丸々一匹のこの料理――私が全部食べるには多すぎたようだ。
 すると口元によだれを垂らしていたちびどらがうれしそうに……しかし、それを見せないようにこらえながら言ってくる。


「仕方ないなぁ。ミーシャが食べられないなら代わりにおいらが食べてあげるよ。うん、食材がもったいないもんね」


 そう言うと喜んで余った鶏肉にかじりつく。


「んんんんーーーーっ! これはうまいね!」


 目をぎゅっと閉じ、味をかみしめたあと、うれしそうに言ってくるちびどら。
 そして、気がつくと一人で全部食べてしまっていた。






 翌日、とりあえずいくつかポーションを作って店内に並べてみる。

 ただ、それだけではどこかさみしいので持ってきたぬいぐるみを隣に置いたり持ってきた素材も店内に並べたりしたらようやくお店らしく見える。


 まだ、数は少ないのはしかたないよね?
 これから頑張っていくもん!


 グッと握りこぶしを作って気合いを入れる。


 よーし、あとは看板を吊せば完成だね。


 これ以上できることはなさそうだからお店の看板を取り出す。

 何も書かれていないただの木の板――。いざそこに何かを書くとなると迷ってしまう。

 しばらく考えた後、この店ならではの絵を描くことにした。


『ミーシャのアトリエ。本日から開店しました』


 お店の扉にはそう書いておき、看板をぶら下げようと精一杯背伸びをする。
 すると、いきなり誰かに抱きかかえられる。

 突然のことに「あわわわっ……」と慌てて手をばたつかせると渋い声が聞こえる。


「おい、暴れるな! 看板をつけるんだろう?」

「あっ、は、はい」


 どこかで聞いた声だなと思ったら商業組合にいた怖ーいおじさんの一人だった。
 厳つい顔をして、背には剣を持ち、鎧服姿のおじさん。
 乱雑な茶色い上に無精ひげ……と身だしなみには無頓着なのかもしれない

 私は知っている人だったことに安心し返事をすると、おじさんのおかげでなんとか看板を取り付けられた。

 そして、おじさんは私を下ろした後に話しかけてくる。


「もう開店するんだな? 何々……あ、アトリエって嬢ちゃん錬金術師だったのかい!? そうか……。俺はてっきりお菓子でも売るのかと思っていたぞ」

「あははっ、そんなことないですよー。どうですか? 開店記念に何か買っていかれますか? と言ってもまだ全然作れませんけど」


 私は笑顔で接客する。記念すべき初のお客様になりそうだからね。


「そうだな。折角だし寄っていくか」


 おじさんはお店の中に入っていく。
 そして、扉を開けて一言――。


「何だか寂れたところだな」


 確かに棚は幾つもあるけど、置いてあるのはポーションと素材、あとはぬいぐるみのみ。
 ちょっとさみしい感じはするよね。


「そ、それよりもこれなんていかがです? おじさんにピッタリですよ」


 なんとなく物語で服屋のお姉さんがやっていたみたいに接客してみる。


「お似合いって……。ポーションとお似合いって言われても嬉しくないぞ! まるでよく怪我をするシロートですねと言われているみたいだ」

「わわわっ、ご、ごめんなさい」


 私は慌てて謝る。すると、おじさんは気にしていないようでヒラヒラと手を振ってくれる。


「いや、いいさ。ところでこれはいくらだ? せっかくだ。買っていってやるよ」


 おじさんは買ってくれるみたいだった。


「え、えっと……確か前に買ってもらった金額は……」


 私は指を折って必死に考える。そして、値段を出す。


「鉄銭10枚です」


 すると、おじさんが驚いていた。何度も私の顔とポーションを見比べている。


「おいおい、嘘だろ? 嬢ちゃん……ミーシャって言ったな。本当に大丈夫か?」


 おじさんにすごく心配される。


 もしかして、この値段って高いの?
 前に商人の人に買ってもらったときがこの値段だったからそれでいいと思ってたのに……。


「う、嘘です……。実は鉄銭9枚……いえ、8枚です」


 私は慌てて目を回しながら値段を下げていく。


「いやいや、薬が高いんじゃなくて安すぎるんだ! このレベル1のポーションだと他の店だと鉄銭30枚はするぞ」


 えっ? さん……じゅう……?


 私は少し困惑してしまう。


「他のお店ってそんなに高いのですか?」

「ああっ、ポーションは錬金術でしか作れないからな。軟膏とかに比べるとどうしても割高になる」


 ……鉄銭30枚もあったら毎日タレ焼きが……。


 私は少し涎を流していた。それに気づいてすぐに手で拭う。


「それで値段はどうする?」

「そうですね。やっぱり10枚……」


 そう言おうとするとおじさんがにらんでくる。安すぎるのは何か問題があるのかもしれない。
 私は慌てて言いかけたことを訂正する。


「は安すぎますよね。20枚。20枚でどうですか?」


 慌てて値段を上げる。すると、まだ不満げだったがそれでも頷いてくれる。


「まだ安すぎるけど、新米の錬金術師が作った薬だから妥当な線か。……宣伝するときはそこを強調しておくか」

「えっ? 宣伝してもらえるのですか?」

「当たり前だ! こんな安い店、俺たちにとっては大助かりだからな。潰れないように流行ってもらわないとな」


 おじさんが当たり前のように言ってくれる。
 少し顔は怖いけど優しいおじさんだ。
 私は嬉しくなっておじさんに抱きついてしまう。


「おじさん、ありがとう」


 顔を見上げながらニッコリと微笑む。すると、おじさんは鼻頭をポリポリと掻きながら言ってくる。


「おじさんって俺はまだ二十五なんだがな……。まぁいい、俺のことはマルコと呼んでくれ」

「はい、マルコさん」


 私がそう言うとマルコさんも苦笑いをしていた。


「おーい、ミーシャ。店開いたんだな。何か手伝うこと……」


 マークくんが私の手伝いに来てくれたようだ。
 でも、マルコさんに抱きつく私を見た瞬間に回れ右して走って行く。

 それをしばらく固まってみていたマルコさんは私から離れると慌ててマークくんを追っていく。
 一人取り残される私……。


「まだお金もらってないよ……」


 誰も聞いていない中、ぽつりとその言葉をつぶやいた。
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