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56:ヒーロー側【狂わずに済んだのは】

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 読み聞かせが終わると、ラクシュ様がこちらへと来た。子供たちがラクシュ様を見ると興奮しだすから、困ってしまうけれど…来るなとは言えないし。
 う…ふわりと笑うその笑顔は、本当に目の毒ー!

「お疲れさまです。とても愛らしい読書会でした」
「聞こえない距離だったのでは」

 愛らしいって…あの距離から聞こえたとでもいうのかしら。見えたとでも…?いや、まさか。ただの社交辞令に決まっている。だからそう言えば、また笑う。

「それが、わたくし…あなたの声は、良く拾うようで、」

 と、目の前にいたラクシュ様が、一瞬で消えて、後ろで破裂音?というのかしら。パン、とも、ガン、とも聞こえる音がした。振り向けば、ラクシュ様が剣を振り払った格好をしていて。

『フィールド展開、範囲全方向、距離300、顕現せよ』

 え?今の声は、レイ?

「…どちらを狙ったんですかね…」

 レイの方を向こうとしたらラクシュ様のつぶやきが聞こえて、はっとする。剣は、だらりと下げられているけれど…声に、ぞくりとした。けれど、どかん、ばしゅ!と、音がして、びくりと身体が震えてしまう。音が聞こえたほうをみれば、修道院を覆って…薄い膜がある。初めてみたけど…これが魔術?その膜に、岩が当たって盛大な音を立てては消える。

「筆頭、っ、レイ」
「外は問題ありません、が…筆頭」

 付き人と、レイの声に、そちらを見れば、二人とも顔色が悪い。そして、ラクシュ様を凝視している?そして…付き人が…剣を鞘ごと抜いて、柄と鞘を手に持って構えている。どうして…ラクシュ様の方を見ているの…

「ルーヴェリア様がいない時にコレはちょっと嫌ですねぇ…」

 付き人は…まるで、ラクシュ様に対して剣を抜こうとしているように見えるけれど…どうして。

「…ルーヴェリア、さま?…」

 ラクシュ様が、そう…呟いて…上を向いた。私からは、後ろ姿しか見えないから、どんな顔をしているのか分からないけれど…その…いつも聞こえる声よりも、幼い感じに聞こえた声。

「ぁ、あ…ああ…わがきみ…」

 その、こぼれた声が、ものすっごく甘かった、と思ったのは一瞬で。はぁ…と、吐息が聞こえて…ラクシュ様は、ふるりと頭を振った。

「…筆頭?」

 と、付き人が声を掛ければ、ラクシュ様は剣を鞘に収めて、くるりとこちらを向いた。その表情は、困ったように笑っていた。

「すみません、トんでました」

 飛んで…ああ、うん、そうね。確かになんだかそんな雰囲気だったわね。付き人が盛大なため息をつきながら剣を戻してるけど、やっぱりあれ、ラクシュ様へ攻撃するつもりだったの?もう、問題はないということなの?
 そんな混乱は置いてけぼりで、ラクシュ様は周りをぐるりと確認すると、レイににこりと笑う。

「結界…レイ、よくやりましたね」
「…問題ないので?」
「何故かルーヴェリア様に叱られた時の事がこう、走馬灯の様に出て来ましたので、なんとか」
「走馬灯って…」

 ルーヴェリア様に叱られた時を走馬灯の様に…なんだかよく分からないけれど、ああいう風になる事があるのかしら。でも叱られて…って。

「ですので、テンションおかしな事になってますが…察知はしました。指示出します」
「筆頭がテンションおかしいとか嫌な予感しかしませんが」
「うるさいですよ。お前はそこで黙ってみてなさい」

 テンションって何…と、茫然としていれば、轟音が聞こえて、震える。この3人がいつもと変わらない雰囲気だから忘れてしまうけれど、めちゃくちゃ魔術で攻撃されてるんじゃない。子供達も泣いてるし。茫然としている場合じゃないのに、身体が動かない。

「ああ…その前に、レイ。お前今動けないでしょう。だれか一人、ネルア嬢に付けられますか」
「はい」

 え、レイ、動けないってどういう?そう思って…後ろにいるレイを見ようとするけれど、身体が全く動いてくれなくて焦る。と、ふわりと肩に何かを掛けられて、肩をそっと抱かれて…そこでようやく、自分がまともに息をつけていなかったことに気が付いて…身体から力が抜けた。

「ネルア様、こちらへ」
「ぁ、」
「驚きましたでしょう。こちらを」

 遊具へと座らされて、目の前に出されたハンカチ。ふわりと花の香がして落ち着く、かおり…

「そう…すこし、夢を見ている間に終わりますよ」
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