まるで裏稼業の騎士様にでろっでろに甘やかされる話

家へ引っ越してから

60

「…その恰好で来たのね」

　今、目の前に茫然としたジョセフィーヌ様が居る。以前のパーティーの時にラクシュ様のこの姿を見たとはいえ、やはりそうなるらしい。
　一応、ジョセフィーヌ様のお部屋へとお迎えに行ったのだけれど、その道中に、この姿の時はイルと呼ぶようにと言われたわ。二人っきりと言うか、知ってる人だけならラクシュ様とか、旦那様呼びでもいいと言われたけれど、万が一もあるからと。

「一応男子禁制なので」
「恰好だけ女性でも、中身は男性でしょう」
「ちゃんとイルという名前がありますので問題ございませんよ。この名前でしたら呼んでくださってもかまいませんので」

　その名前でしっかりジョセフィーヌ様のメイドとして登録もしてあるらしい。なんだか戸籍を不正に作ってるような感じがしてすっごく嫌だけれど、でもそうよね…王様もラクシュ様のお願いは簡単に聞いていたものね。それ位、訳ないわよね…



　そんなこんなで…宮殿のキッチンへと5人で来ました。ジョセフィーヌ様と、そのメイド、というか筆頭護衛騎士官になるそうだけれど、ラクシュ様の実の妹様に、ラクシュ様、レイ、わたくし、で5人。
　宮殿にもキッチンあるのね。と今更ながらに思う。ここは、規模としては小さいけれど、一通りの設備は整っていた。ただ、ラクシュ様曰く、食材はそこまで揃えていないのだという。

「毎食の料理は、なんだかんだであちらで作って運びますしね。とはいえ、ジョセフィーヌ嬢の様にお菓子や料理作りが好きなお妃様もいらっしゃいますのでね」

　材料は、作りに行くと言えば、メイドの誰かしらが用意して整えるらしい。そうラクシュ様が言うと、ジョセフィーヌ様が驚かれているわ。

「いつもきちんと材料がありますが…毎回用意してくださっていたのですか」
「王族のメイドはそれ位できて当然です」
「………」

　言葉を失っているジョセフィーヌ様だけれど…申し訳ないけれど、わたくしも言葉がないわ。

「流石に、城に無い食材を求められたら時間を頂きますが…それはいいとして、何を作りますか？」
「そ、そうね。クッキーをというお話しでしたが…貴方、結構様々な物を作れるとこの子から聞きました。本当にクッキーでよろしいのですか？」
「ええ。まずは簡単な物からです。絞り出しクッキーは楽でいいですね」

　…作る物、聞いておきながらある意味指定してないかしら。

「楽といえばそうですが…ルーヴェリア様のお口には物足りないのでは」
「ルーヴェリア様はジョセフィーヌ嬢が作った物でしたらなんでもいいでしょう。私にとってはネルアが全てですので」

　…あの、そこでなぜわたくしの名前が出るのかしら。

「ネルアが作った物を食べられるなんて幸せを、私が逃すはずないじゃないですか」

　あ。これ、もしかしてルーヴェリア様の命、というか…身の安全以外、どうでもいいのかしら。毒入り料理を出されたら、それに見合った栄養が取れる物をつくるとおっしゃっていたけれど、それも根本は身体、ひいては命だもの。
　でも…

「主においしい物を食べていただきたいのでは」
「それはもちろんですが、ジョセフィーヌ嬢が作った物がまずい訳ないでしょうし、私の幸せを優先してもいいでしょう？」

　確かにジョセフィーヌ様が作った物が、例え簡単なクッキーだとしても美味しい、とは思うけれど。徐々に難しい物へ挑戦しましょう。と、ラクシュ様に言われるけれど…いいのかそれで。なんだかラクシュ様の優先順位が良く分からないわね。