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序章

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「ラクシュ様」
「ん…いい、ねるあのこえ…」
「…ラクシュ様」
「もっと、よんで…」
「………ラクシュ様」
「はい…ねるあ…」

 うう…もう、止めたい…この甘い声を聞かせられる身にもなってほしい…しかも…横顔だけだからまだいいけど、あれ絶対見たら腰ぬけるやつ…だから、途中からは目を活けられている花へと向けたわよ。ルーヴェリア様はラクシュ様のその顔を見ても大丈夫だと聞いていたけれど…本当になんともなさそうで、なんでなのよと思う。
 確かに乳母兄弟で小さな頃から一緒に育ったからという理由もあるだろうけれど…でもほら、幼馴染で友達同士と思っていたら、ある日ころっといく、とかもある訳だし。まあ、そもそも男同士でそういう考えがなければそっちにはいかないのかしら。よくわからないわ。

 何度も何度も、ラクシュ様を呼んで。途中で私の精神崩壊しかかったけれど…どのくらいそうしていたのか、だんだんと声が落ち着いてきた様にも思える、と思い始めたら。

「…ルーヴェリア様」
「ん。ネルア嬢、もういいぞ」

 ラクシュ様がルーヴェリア様を呼ぶと、そう、声を掛けられたので、ラクシュ様を呼ぶのをやめていいという事よね。
 ただ…ラクシュ様を見るのが怖いので、視線はひたすら花に向けますが。いくら椅子に座っているとはいえ…腰砕けになるのは嫌だもの。

「あーもーただでさえ二日酔いで辛いっていうのに」
「それはすみません。ただ、二日酔いは貴方の自業自得じゃあないですか」
「そうなんだがな…なあ、サニスくれ」
「はいはい。食事もアレに用意させますね」

 ルーヴェリア様がテーブルに突っ伏すのが、視界の隅で見えるけれど…まだ、視線は固定。うん。サニス、というのは、ルーヴェリア様がふとした時に飲みたくなるという茶葉ね。一度ご一緒に頂いたけれど…複雑な味をしていたわ。渋みの中に甘みがあって、後からふわりと花の様な香りがするというか。

「ネルア。すみません、もう大丈夫ですよ」

 そう言って、するりと頬を撫でて、部屋から出ていったけれど…え、これ、本当に大丈夫なの…

「当主、今回あまりにもひどくありません?」

 と、背後から聞こえた声に、慌てて振り向くと、レイ?

「…レイ、今までいたかしら」
「いませんでした」

 逃げてましたと言って謝罪するけれど…レイですら逃げるとか…

「ネルア嬢、すまんが当分はあいつとなんでもいいから話してくれ。名前は呼ばなくてもいい」
「はい。あの、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」

 具合悪そうなので、余り話したくないかもしれないけれど…訳も分からずいるのは、ちょっと嫌だし。

「あいつが求めるモノが、俺は眼で、ネルア嬢は声、だからだな。俺もなんでなのかよくわからんが、ああなったあいつが求めるモノは、その眼を見てれば分かる」

 目は口程に物を言う、とはいうけれど、いくらなんでもそこまで行くとエスパーでは…

「あいつがおねだりしてきたら、すぐ応えた方がいいぞ。そうしてやれば、狂う前に冷静に戻る」
「おねだりと、いいましても…」
「あいつがネルア嬢に求めるモノは、声だ。名前か、声か…簡単だろう?」

 テーブルに突っ伏していたルーヴェリア様は、身体を起こしてそう言うけれど…簡単、かしら。名前を呼ぶ事に関しては、少し…簡単ではない気がする。

「ああ。顔がどうのとよく言われるが…見なければいいし、あいつに言っておけば、見えない様にしたうえでおねだりしてくるだろ」
「そう、上手くいくでしょうか」
「上手くいかなかったら…ネルア嬢の場合、悲惨だぞ。あれは、色に狂うパターンだな」
「色、ですか?」
「所かまわず犯されるぞ」

 その物言いに、愕然とする。あの優しいラクシュ様が、そんな事をするとは思えないし、なによりこの方がそんな言い方をするとは思えなくて。

「あいつ、ネルア嬢に対して異様に我慢強いとは思ってたが…裏を返せば獣だなぁ…」
「………」
「紳士なあいつがいいなら、上手く懐柔することだな」

 結婚したら本性を現す、とか…そういう話も聞くけれど…猛獣使いにでもなれと言うのかしら。
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