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その日
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ようやく雪は止んだ。
記録的なものだとテレビでは言っていた。東京じゅうマヒしていた。スーパーやコンビニでは食料品とトイレットペーパーが消えた。
「豪雪地帯だったら全然平気なのに、なんで東京はこれっぽっちの雪でこんなことになるのかしら」
「豪雪地帯に一千万人も人が住んでないからよ」
あたしの問いにつぐみは明確に答えを出した。
「ねえ、聖霊流しって知ってる?」
あたしは唐突に聞いた。もちろん、なにそれーとか、いやねそれカルト?とか言ってくれるのを期待した。当然そうあるべきで、もしあたしでもそう答える。でも、つぐみの答えは違った。
「知ってるよ。死者への手紙。それは未来から過去へ、過去から未来へ。どんな時間、どんな場所にでも届く。でもそれは他人に見えない。自分だけが見える。それは死者の魂を削るもの。それが切手替わり」
「なんでそんなこと知ってんのよ」
「それを知ってあんたはどうする気?なぜあたしがそれを知っているかなんて、あんたがそれを知っている方があたしには驚きってもんよ。でもあたしはそれを聞かない。おおよそあんたが知っていることはあたしも知っているからよ」
意味わからん。つぐみはいったい何が言いたいのかしら。
「ちょっとあんたたち、教室に入りなさいって」
美咲という同級生が慌てて呼びに来た。美術室の横であたしたちはだべっていたのだ。
教室は騒がしかった。みんなわけわからず集められたからだ。
「ちょっと、なにがあったのよ」
「わかんないよ。先生が、大事な放送があるからって。みんなを教室に集めるようにってそれだけ」
そうするうちに担任の大田めぐみが深刻な顔つきで教室に入ってきた。少し青ざめた顔で、唇をかみしめている。
「今から校長先生の校内放送があります。みんな静かに、冷静に、聞いてください」
そう言われるとよけいざわつく。収拾がつかなくなりそうになった時、めぐみは泣いた。
「何で最後なのに言うこと聞いてくれないかなあ」
それはわけがわからない。でも静かにはなった。そうしているうちに唐突に校長先生が話し始めた。
「全校生徒の皆さん。校長の石田です。取り急ぎ皆さんにお知らせします。これはとても大事なことなので、皆さんよく聞いてください。そして途中で騒いだり、教室から出ないでください。話を最後まで聞き、各自、自分自身で判断してください。そして、判断できないと思ったら、担任の先生に相談すること。ではお話しします」
きっと持田先生のことだと思った。あんなことをして、ただで済むわけがないじゃない。
「みなさん、どうかしっかり聞いてください」
はいはいわかったわよ。持田がどうしたのよ。死んだ?また誰か殺した?
「中国とアメリカが戦争状態に入りました」
ざわっとした。何の冗談かと思った。いや、もし本当だとして、それがなんだ?あたしたちに関係あるのか?
「戦争の場所は東シナ海と台湾海峡です。もちろん二か所とも海の上ですが、そして最初は軍艦同士が戦っていましたが、劣勢となった中国軍が、ついに核ミサイルを発射してしまったそうです。それは連鎖を生みます。地球上、ありとあらゆるところに、核ミサイルの弾頭は落ちるでしょう」
この時点で頭の中が真っ白くなった。ありとあらゆるところってとこだけ耳に残った。
「これからの皆さんの行動ですが、学校にこのまま避難していてもいいし、お家に帰るのもいいでしょう。各自の判断に任せますが、くれぐれもやけを起こさないで、最後まで人としてのありようを胸に抱いてください。以上で放送を終わります。お家に帰る人は、車に気をつけて帰宅してください」
これから核ミサイルが飛んでくるっていうのに、車に気をつけろって笑える。
「つぐみちゃんはどうするの?」
「あたしはゲーセンでも行くわ」
「こんなときに?」
「こんなときだからよ。あの世にゲーセンなんてないでしょうから。未来はどうすんの?」
「あたしは…」
答えにつまった。走ってどこかに逃げ出したい気もするし、何もせずただぼーっと空を眺めていたい気もする。まあ、家で母も待っているだろう。帰るかな。帰って手紙でも書くか。っていうかまんま遺書じゃないの、それ。
学校を出ると車が何台もすごいスピードを出して走って行く。どうせすぐに渋滞につかまる。地下鉄の入り口にすごい人の行列ができていた。警察官が何人も出て止めようとしているが、あの人数じゃ止めようがないだろう。ついにすごい悲鳴とともに人が流れ込んでいった。悲鳴はどんどん重なっていった。あたしはいたたまれず、その場を走って去った。
すべてに秩序が失われたみたいだった。校長先生の、人としてのありようって言葉が、妙に虚しく頭の中をよぎった。
家にはカギがかかっていた。カギはもっていたけど、開けずにそのまま玄関から庭に回ると、サッシを開けて母が座っていた。
「あら、お帰り」
「ただいま」
「早かったね」
「母さんもじゃない」
「そうね」
「寒くないの?」
「寒いよ」
「中入んなよ」
「もう少しこうしていたい」
「しょうがないなー」
「レンジにミルク入ってるよ。温めようと思って」
「いまはいい」
「ねえ」
「なによ」
「母さん、何か悪いことしたっけ?」
「ううん、してないよ」
「ならなんで」
答えを知りたい?いえ、答えなんかない。まったく他人のせいでもないけど。これは何もしなかったことの報いなんだ。
ついにあの日が来た。予兆はあった。聖霊流しがその予兆だったんだ。未来が過去のあたしに警告してたんだ。でも、警告されたってどうにもならなかったじゃない。核ミサイルを、止められるわけないじゃないの。
青く透き通った冬の空に、流れ星のように一筋の光が落ちて、きた…
記録的なものだとテレビでは言っていた。東京じゅうマヒしていた。スーパーやコンビニでは食料品とトイレットペーパーが消えた。
「豪雪地帯だったら全然平気なのに、なんで東京はこれっぽっちの雪でこんなことになるのかしら」
「豪雪地帯に一千万人も人が住んでないからよ」
あたしの問いにつぐみは明確に答えを出した。
「ねえ、聖霊流しって知ってる?」
あたしは唐突に聞いた。もちろん、なにそれーとか、いやねそれカルト?とか言ってくれるのを期待した。当然そうあるべきで、もしあたしでもそう答える。でも、つぐみの答えは違った。
「知ってるよ。死者への手紙。それは未来から過去へ、過去から未来へ。どんな時間、どんな場所にでも届く。でもそれは他人に見えない。自分だけが見える。それは死者の魂を削るもの。それが切手替わり」
「なんでそんなこと知ってんのよ」
「それを知ってあんたはどうする気?なぜあたしがそれを知っているかなんて、あんたがそれを知っている方があたしには驚きってもんよ。でもあたしはそれを聞かない。おおよそあんたが知っていることはあたしも知っているからよ」
意味わからん。つぐみはいったい何が言いたいのかしら。
「ちょっとあんたたち、教室に入りなさいって」
美咲という同級生が慌てて呼びに来た。美術室の横であたしたちはだべっていたのだ。
教室は騒がしかった。みんなわけわからず集められたからだ。
「ちょっと、なにがあったのよ」
「わかんないよ。先生が、大事な放送があるからって。みんなを教室に集めるようにってそれだけ」
そうするうちに担任の大田めぐみが深刻な顔つきで教室に入ってきた。少し青ざめた顔で、唇をかみしめている。
「今から校長先生の校内放送があります。みんな静かに、冷静に、聞いてください」
そう言われるとよけいざわつく。収拾がつかなくなりそうになった時、めぐみは泣いた。
「何で最後なのに言うこと聞いてくれないかなあ」
それはわけがわからない。でも静かにはなった。そうしているうちに唐突に校長先生が話し始めた。
「全校生徒の皆さん。校長の石田です。取り急ぎ皆さんにお知らせします。これはとても大事なことなので、皆さんよく聞いてください。そして途中で騒いだり、教室から出ないでください。話を最後まで聞き、各自、自分自身で判断してください。そして、判断できないと思ったら、担任の先生に相談すること。ではお話しします」
きっと持田先生のことだと思った。あんなことをして、ただで済むわけがないじゃない。
「みなさん、どうかしっかり聞いてください」
はいはいわかったわよ。持田がどうしたのよ。死んだ?また誰か殺した?
「中国とアメリカが戦争状態に入りました」
ざわっとした。何の冗談かと思った。いや、もし本当だとして、それがなんだ?あたしたちに関係あるのか?
「戦争の場所は東シナ海と台湾海峡です。もちろん二か所とも海の上ですが、そして最初は軍艦同士が戦っていましたが、劣勢となった中国軍が、ついに核ミサイルを発射してしまったそうです。それは連鎖を生みます。地球上、ありとあらゆるところに、核ミサイルの弾頭は落ちるでしょう」
この時点で頭の中が真っ白くなった。ありとあらゆるところってとこだけ耳に残った。
「これからの皆さんの行動ですが、学校にこのまま避難していてもいいし、お家に帰るのもいいでしょう。各自の判断に任せますが、くれぐれもやけを起こさないで、最後まで人としてのありようを胸に抱いてください。以上で放送を終わります。お家に帰る人は、車に気をつけて帰宅してください」
これから核ミサイルが飛んでくるっていうのに、車に気をつけろって笑える。
「つぐみちゃんはどうするの?」
「あたしはゲーセンでも行くわ」
「こんなときに?」
「こんなときだからよ。あの世にゲーセンなんてないでしょうから。未来はどうすんの?」
「あたしは…」
答えにつまった。走ってどこかに逃げ出したい気もするし、何もせずただぼーっと空を眺めていたい気もする。まあ、家で母も待っているだろう。帰るかな。帰って手紙でも書くか。っていうかまんま遺書じゃないの、それ。
学校を出ると車が何台もすごいスピードを出して走って行く。どうせすぐに渋滞につかまる。地下鉄の入り口にすごい人の行列ができていた。警察官が何人も出て止めようとしているが、あの人数じゃ止めようがないだろう。ついにすごい悲鳴とともに人が流れ込んでいった。悲鳴はどんどん重なっていった。あたしはいたたまれず、その場を走って去った。
すべてに秩序が失われたみたいだった。校長先生の、人としてのありようって言葉が、妙に虚しく頭の中をよぎった。
家にはカギがかかっていた。カギはもっていたけど、開けずにそのまま玄関から庭に回ると、サッシを開けて母が座っていた。
「あら、お帰り」
「ただいま」
「早かったね」
「母さんもじゃない」
「そうね」
「寒くないの?」
「寒いよ」
「中入んなよ」
「もう少しこうしていたい」
「しょうがないなー」
「レンジにミルク入ってるよ。温めようと思って」
「いまはいい」
「ねえ」
「なによ」
「母さん、何か悪いことしたっけ?」
「ううん、してないよ」
「ならなんで」
答えを知りたい?いえ、答えなんかない。まったく他人のせいでもないけど。これは何もしなかったことの報いなんだ。
ついにあの日が来た。予兆はあった。聖霊流しがその予兆だったんだ。未来が過去のあたしに警告してたんだ。でも、警告されたってどうにもならなかったじゃない。核ミサイルを、止められるわけないじゃないの。
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