転生ニートは迷宮王

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第8章

247 回帰

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 この校門。懐かしい……ような、そうでもないような。見たことはある気がするが、そう頻繁に来てたわけではない気がする。やっぱ単位やべえよ俺。実際ずっとダンツクやってたような記憶はあるし、多分そういうことなんだろう。どうやって3年までストレートで上がって来れたんだ。
 
 一応財布の学生証を確認しておく。やっぱりちゃんと3年らしい。良かった。
 ついでにジムの会員証が目に入る――信じられないが、そこには俺の名前が載ってる。全く契約した記憶がない。多分碌に行ってなかったか、行っても大したことはしてなかったんだろうな。ジム通いでこの体力の無さのわけがない。
 
「ええと、レルアさん。4号館ってどっちか分かりますか?」
「いえ……」
「ですよね。じゃあ俺ちょっと聞いてきます」  
 
 目の前を歩いてた男子3人組に声を掛けてみる。
 
「あのー、すみません。4号館の場所教えてもらえませんか?」 
「ああそれなら俺らが……って水嶋!?」
  
 おっと、知り合いか?
 
「久しぶりじゃねえか! もう辞めたのかと思ってたぜ」
「てか今週で春学期終わるよー? テストだけ受けたって単位取れなくなくなくない?」
「ま、まあな……ハハ……」 
 
 そうだよな。俺もそう思う。これまで進級できてた理由を俺自身に聞きたい。

「水嶋さん、4号館を忘れるなんて中々ですね。趣味の悪いオブジェの群れって言えば思い出せますか?」   
「あー、悪いんだけど……俺記憶喪失気味でさ。全然覚えてないんだ。その……お前らのことも」
「おいおいどういう冗談だよ、素直に忘れたって言えよな?」 
 
 まあ忘れたことに変わりはないんだが。マジで記憶喪失なんだよ。
 
「んじゃ軽く自己紹介いっとくか、俺は栄井、こっちのメガネが田中。んでこっちの派手髪が桃山。モモは初対面かもな」
「桃色の髪で桃山でーっす。よろしく、水嶋クン」  
「あ、ああ。よろしく」
  
 すげえ、見事に全然思い出せん。そして全員陽キャの匂いがプンプンしやがる。ガタイのいい体育会系栄井・なんか化粧してそうな派手髪美青年桃山はともかくとしても、オタ枠メガネの田中ですら洒落たネックレス付けてる始末だ。俺ほんとにこいつらと絡みあったのかよ。別次元の存在すぎないか。
 
「つってもよ、俺みてえな恩人の名前まで忘れてんのは悲しいよな。何回ノート貸してやったと思ってんだよ」
「そ、そうだったのか。その節は助かった」 
 
 この体育会系にノートを借りてたらしい。俺が進級できてたのはこいつのおかげってわけか。
 
「栄井クン、嘘は良くないよ。未だにほぼ全部の講義寝てるくせに」
 
 ……そういう訳ではなかったらしい。
 
「なーにネタバレしてんだよモモ。ただまあ悪かったな、マジで記憶喪失ならからかうのも良くない。俺が貸した3万も返さなくていいぜ」
「それも嘘ですね。万年金欠の栄井さんが3万も持ってたら犯罪を疑います」
「ガハハ、バレたか」 
 
 流れるような連続の嘘にタジタジになる。なんでこんなインパクト強いのを思い出せないんだ。
 
「ってやべえ、立ち止まって話してる場合でもなかった」 
「そうだよ。早く行かないと席なくなっちゃう」 
「丁度俺たちも4号館なんだ。雑談は歩きながらでもできる」
 
 結構余裕もって到着したと思ったが、気付けばもう10分前。一番前の席くらいしか残ってなさそうだな。
 
「じゃ、行きましょうレルアさん」
「……水嶋さんのお知り合いですか?」 
 
 田中の問いに頷くレルアさん。
 
「おいおい水嶋、こりゃどういうことだ? しばらく休んでたと思えばやるじゃねえかおい!」
「やるって……レルアさんは留学生だっての。たまたま今は俺の部屋に泊まってるけど、それ以上でもそれ以下でもない」
 
 何言ってんだこいつみたいな顔で俺を見る男性陣。本当にそうなんです。神に誓ってやましいことはしてません。そんな勇気もないしな。
  
「じゃあさ、連絡先とか聞いてもいいかな?」 
「おいモモ。いい加減人のツレに手ぇ出すのやめろって」
「ええ~別にそんなんじゃないって」
「盛り上がってるとこ悪いが、レルアさんはスマホ持ってないんだ。ほら行くぞ、席がなくなるのは困る」
「そんなあ、じゃあもう実家の電話番号とかでもいいから。僕結構外国語できますよ?」   
「レルアさん、桃山さんはやめといた方がいいですよ。女グセが悪いので」
「ちょっと田中クン! 勝手に僕のイメージ下げるのやめてくれるかな!」 
    
 そんな調子でワイワイ雑談しながら4号館へ。大講堂の中は既に学生で溢れかえっていて、案の定前の方の席しか残ってなかった。  
 
「はい到着と。じゃ、俺らは行くわ」
「え、講義受けてかないのか?」  
「これ去年受けたもん。僕らの目的地は3かーい」 
 
 ……去年?
 
「え……お前ら何年なのか聞いてもいいか?」 
「4年。モモ以外は就活も終わってるぞ」 
 
 やっぱ留年ダブってるじゃねえか俺!
 誕生日2月だしなんかおかしいような気はしてたんだよ。まあ仕方ねえか。
 
「過去問とか欲しかったら言ってくださいね」
「レルアさんも、またね!」  

 3人に手を振って別れる。前の席なんて座んの初めてな気がするな。下手に寝れないぜ。
 
「それじゃ、始めますよーう。プリント回してくださいねえ」
 
 チャイムと同時に教授らしき人が入ってくる。白髪の男性。穏やかそうな人だ。
 回されたプリントには魔法陣が描いてあって、開幕からテンションが少し上がる。レルアさんにペンを1本渡して、とりあえず名前を記入。 
 
「皆さんは、魔法って信じますかー? 信じてますって人は挙手……ありがとーう。なかなか、皆さんくらいの歳になると少ないですよねえ」
 
 うっかり手を挙げそうになったがギリギリ堪えた。質問とかされたら困るしな。俺は今回が初回なんだ。
 だが、これなら寝なくて済みそうだぞ。
 
 
* 
   
 
 3限の講義は錬金術と魔術についてだった。結構面白くて、そしてどこか懐かしくて、また何かを思い出しそうな感じがした。
 
 で、続く4限の近現代史。これが微妙すぎる。あと5分が長すぎて死にそうだ。声小さくて聞き取れねーし。隣のレルアさんが熱心にノート取ってるから、後でそれ見せてもらうんでいいかな。 
 
「……以上。本日はここまで」 
 
 チャイムが鳴った。眠たげな空気がザワつきに塗り替えられる。 
 大きく伸びをして、真っ白のノートをしまって席を立つ。うーん、布団買うのとか面倒になってきたぞ。明日でいいか。
 
「お疲れ様です、レルアさん」
「お疲れ様です」  

 チラっと見えたノートの文字はやたら綺麗だった。文字まで綺麗なのかよ。完璧だな。
 
「帰りますか」

 もう一度伸びをする。今日の晩飯はどうするかな。そういやレルアさんに聞いたことなかった。
 
「アヤトさんの好きなものを」 
「俺の? じゃあ……ラーメンで」 
 
 駅から大学までの間にいくつかラーメン屋があったはずだ。今日はそうだな、豚骨の気分。 
 ……本当にラーメンでいいのかね。もっと主張していいんだぜとも思うが、慣れないことが色々あって大変なんだろう。俺が気を利かせて和食とかにすべきだったか。
 そもそも俺は女性経験0なんだ。ほんと、なんで俺みたいな謎の一人暮らし男性のとこが選ばれたんだろうな。俺も俺でなんで申請したんだか……これは悪ノリとかだな。どうせ通るわけないと思ってたのが容易に想像できる。
 呑気に美女来い! とか言ってそうだ。いざ来たら来たで自分の不足に申し訳なくなってくる。

「アヤトさん――!」
 
 腕を強く引っ張られる――そこで初めて気付く。目の前に、歩道に乗り上げながらとんでもない速度で突っ込んでくるトラック。ハハ、突然すぎだろ。こんな漫画みたいなことありかよ。まあレルアさんを守って死ねるなら悪くもねーか、なんて思いたいとこだが残念ながらそうもいかない。  
 幸い俺の方が外側、とはいえこの勢いじゃどのみち両方潰れてジ・エンドだ。突き飛ばして助かる距離じゃない。
 絶体絶命。やべえなと思う気持ちはあるが、不思議と落ち着いてるし妙に頭が冴えてる。さてどうするか――加速する思考とは別に、体が勝手に動き始めた。まずトラックに向けて腕が動く。口も勝手に動いた。
 
ディ――」 
 
 全く知らないようで、よく知っていた言葉。術式。
 
「――ロウ!」
 
 トラックはその速度を急激に落とし、俺らまで30cmほど残して完全に停止した。
 
 ああ、俺は、俺を思い出した。
 
 横のレルアさんを――レルアを見る。軽いかすり傷で済んでるみたいだ。
 次々に解錠されていく記憶の扉に顔をしかめながら、ゆっくり立ち上がる。
 
「おはよう、レルア」
「おはようございます。マスター」 
 
 そうそう。その呼び方だよ。
 にしても、いざ分かってみると色々違和感があるな。レルアってこんなキャラだっけ。
 
「いいえ、私はレルアではありませんので」
 
 勝手に心読むなんて珍しいな。いやまあ構わないが。 
 
「レルアじゃないなら誰なんだ?」
「マスターの……水嶋彩人の深くに眠る、記憶の残滓のようなものです。レルアの姿をとっていますが、それはマスターの望みを反映した結果」
 
 ずっと真面目な顔してるから冗談なのか分からん。ただ一つ分かるのは、俺たち以外の全てが止まってるってこと。遅延ディロウの効果じゃない。何かが起こってるのは確かだ。
 
「じゃあ全部記憶だってのか? でも俺ギガMAXなんての知らないぜ」
「仰る通り、原因の一つには外部の者――マコトによる干渉がありますが、この世界で経験したものも含まれています。一度経験すれば、次回はより鮮明に、詳細な情報になる」
「この世界……つまり何度か来てるってことか」 
「はい、数度。世界旅行を楽しんだのは、前回のマスター自身です」
 
 前回の? マコトに術を食らったのは一度だけだ。……少なくとも、今の俺はまだそう思ってるし、そう記憶してる。
 
「戻る方法はあるんだよな。何度か来てるってことは何度か戻ってんだろ?」 
「最初のマスターが見つけました。長い時間がかかりましたが、全てを無かったことにする術の前では些事。その名は、白還クリア」 
 
 白還クリア
 唯一使っていない魔術――魔法で、効果は不明だった。そしてラティスの話だと……
 
「……代償は?」 
「記憶。範囲は、戻る地点から先の全て」 
 
 また記憶か。折角取り戻したのにまた手放すことになるとはね。 
 
「今回のものも、今までと同様に失われます。尤も、再び私を思い出してくださればお教えすることはできますが」
 
 ぱん、と手を叩いて一回転するレルア。時間が動き出して、喧騒が戻ってきた。時間を止めてたのはレルアだったのか。
 
私が誤魔化せる時間ボーナスタイムはここまで。決断の刻が迫っていますよ。これもどうせ忘れるやり取りです。今までの夢と違って、ここでは僅かな時間すらも命取りになりうる。使った時間がそのまま、魔力の消費量に直結します」 
 
 もう俺にとっちゃ向こうが現実なんだ。戻らないなんて選択肢はない。そもそもここは夢の中だ。 
 
「そうだな――ちょっとだけ待ってくれ」 
 
 白還クリアの前に両親にメッセを送っておく。俺は元気でやってるぜと。ここで送っても意味ないだろうが、何となくな。
 
「じゃあ、行くことにする。元気でな……俺自身に言うのも変な話か」 
「おかしな話ではありませんよ。私はマスターの中に在って、マスター自身ではない。私たちが顔を合わせるのは、マスターが術に気付いたほんの一瞬だけ」 
 
 手を伸ばしてくる。握手か。前本人の手に触れたときはドキドキして仕方なかったっけな。
 柔らかな感触はそのままだったが、心は落ち着いていた。俺自身だって分かってるからかね。
 
「ではご武運を。今回も最後に、私に残るこの言葉を贈ります。――負けないで、迷宮王マスター」 
「ああ。――白還クリア」 
 
 台風みたいな音がして、景色が高速で逆戻りする。
 同時に記憶が剥がれ落ちていく。向かっているのは、あの瞬間の、あの場所。
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