転生ニートは迷宮王

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第8章

238 僕

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***イヴェル視点です。***




「イヴェル、そんなに緊張していると普段の力が出せませんわ」
「だ、大丈夫だよセシリア。一応元宮廷筆頭召喚士アルクコンスなんだ。恥ずかしい姿は見せられない」
 
 最近だって、いつ追っ手が来ても良いように自主的に訓練してたんだ。例え相手が勇者だって、全く歯が立たないってことはないはず。
 
「――多分、もうすぐ」
 
 アイラさんの言葉通り、少しして現れたのは三人。恐らく真ん中の男が……
 
「……もしかして、僕、か?」
 
 いいや、明らかに今の僕じゃない。けど、記憶の端にある僕の姿と一致する。
 
「――解析アナライズ。へえ、確かに僕自身だ。僕自身の魂・・・・・を持ってる・・・・・。一体どういうことなんだろう」
 
 そんなの僕が聞きたい。会ったことある、なんて生易しいものじゃない。僕は彼として生きていた記憶を持っている。
 
「まあ、僕は二人もいらないよね――創造クリエイト風槍ウィスペア」  
「――闇壁デアーダ!」 
 
 咄嗟のことで体が動かなかった。そんな、日常会話の雰囲気のまま攻撃に移るなんて。
 
「友よ! 呆けている場合ではないぞ!」
「っ、ああ!」
「――氷壁シャルディア」 
 
 セシリアが重ねて厚い氷壁を展開した。向こう側は完全に見えなくなったけど、別の魔力と素因エレメントの揺らぎを感じる。
 
「イヴェル、勇者の狙いは貴方ですわ! お気を付けて!」 
 
 瞬間、轟音と共に壁が崩れ去った。
 
「っ、氷槍ジャスペア!」  
 
 放った槍は、先頭の騎士の女性の剣の一振りで砕かれる。その勢いは今ので完全に死んだ、けど後ろの二人は止められない。
 
「――氷獄シャルジュ!」 
「遅いよ」 
 
 勇者はセシリアの氷獄シャルジュを躱した――この動き。加速アクサールか何かを入れてある。素因エレメントが動いた割には壁の破壊は物理だったし、おかしいとは思ったんだ。
 
「――土鎖グライド!」

 地面から伸びた鎖に足を取られた。まずい、 
 
「うわ、っ、」 
 
 突き飛ばされる感覚。
 
「目を閉じないで。敵を見て」
 
 アイラさんだった。足元の鎖は既に壊れている。動ける。 
 
「そう。''姿は常に視界の中に''ですわ、イヴェル!」 
 
 聞き覚えのある音の連なりは僕を冷静にさせた。これは訓練中、ロロトスが口酸っぱく言ってた言葉だ。
 
「――氷矢シャロウ!」 
「――創造クリエイト炎界ファリジア」 
 
 炎の幕が僕らを覆った。ロロトスとアイラさんの姿がない。
 
「そんな術では我に傷一つ付けられぬぞ! 人族の娘!」 
「逃がさない――聖鎖イサイド!」 
「やれやれ、そうまでして我とあそびたいか! 難儀な娘よの!」  
 
 ……ロロトスの方は大丈夫そうだ。勇者も、隣の天使も、何かを狙っているのか中々仕掛けてこない。
 
「イヴェル、私たちから攻めましょう」 
「そうしよう。――氷弾シャルダ!」 
「――創造クリエイト解呪ディスペル
 
 僕の氷弾シャルダは、解呪ディスペルの一発で消し飛んだ。
 セシリアと同時に魔術を使うか……いや、それを狙っている可能性も高い。あまりいい作戦とは言えなそうだ。

「――ここか」
「ぬぅっ!?」 

 と、勇者が炎の幕の向こうに何か飛ばした。次いでロロトスの声。
 
「シエル、エリッツさんの援護に行って」
「了解だよ――」  
「――氷鎖シャレイド、」
「――氷獄シャルジュ!」    
「――わわ!」 
 
 一人ずつ確実に減らしていきたい。セシリアも考えてることは同じだった。勇者と天使はここで止めて、ロロトスに残った騎士の女性――エリッツを倒してもらう。
 
「邪魔をするなッ! ――創造クリエイト風衝ルウィズ!」
「っ!?」 
 
 ただの風衝ルウィズとは思えない威力。ディッセールトを思い出すけど、多分あれより更に強い。
 炎の幕にぶつかるギリギリのところで、何とか体勢を立て直す。
 
「!」 
 
 同じ位置にもう一撃。躱しきれず、威力も殺しきれない。炎の幕に触れる面積は最小限に抑えたけど、それでも火傷の感覚がある。この程度なら治癒ヒールは後回しでいい。
 
「――流水リルルス!」
 
 服の一部が燃えていたので、消化しがてら火傷の方も冷やしておく。……竜種の炎にも耐える素材だって聞いてたのに。風の魔術があれだけ使えて、炎まで?
 
「流石は勇者か……でも!」 
 
 天使を行かせてしまったから、こっちは数で勝ってる。こいつを早めに片付けて、ロロトスに加勢しないと。
 
「イヴェル!」 
 
 セシリアの焦ったような声。勇者が片手剣を構えて跳んでくる。魔術で受けられる速度じゃないから、腰の短剣を抜き、構える。 
  
「っ、く……――氷壁シャルディア!」
 
 斬撃はセシリアの術によって防がれた。気持ちは嬉しいけど、今は守ってる場合じゃない。 
 
「僕のことは気にしないで! 攻撃を!」 
 
 僕は被弾しないように、戦闘不能にならないように立ち回るだけでいい。そうすれば一方的に勇者だけを殴れる。
 
「――創造クリエイト土鎖グライド!」 
 
 拘束系の術に切り替えてきた。簡単にはいかないか。でも相手の魔力だって有限、上手く躱し続ければ勝機はある。
 
「――遅延ディロウ」 
 
 足が重くなった。というか、重いのは全身だ。知覚速度は変わってないけど、世界の方が加速してると錯覚するくらいだ。まずい、
 
「――氷柱シャルスト!」 
 
 セシリアの術で氷の柱に閉じ込めた……のも束の間、数瞬と経たずに出てくる。最近やっと使えるようになったばかりだけど、解呪は僕の方でやるしかない。
 
「――ディ――」
  
 口が動くのが遅い。動け。早く。
 
「――スペル!」 
 
 体が軽くなる、と同時に全力で横に転がる。上手くいった。間一髪、間に合った――はずだった。
 
「っ、ああああ!」 
 
 激痛。右足がズタズタに裂かれていた。見るだけで気分が悪くなるけど、ここで気絶するわけにはいかない
 
「ひ、治癒ヒール!」 
 
 まだ、戦える。受けた痛みの総和でいえばロロトスからのものには遠く及ばない。出血は止めた。
  
「――創造クリエイト炎獄ファルジュ!」 
「――氷弾シャルダ!」 
「――氷槍ジャスペア!」 
  
 炎の渦は、僕の氷弾シャルダで軌道を逸れ、消滅。無防備な勇者に氷の槍が突き刺さった。
 
「ぐ、ああ!」 
 
 効いてる。この調子だ――考えろ。彼は次にどう動く。僕の記憶にいる彼なら。
 
「――創造クリエイト具現化リディアァ!」 
 
 短剣よりは長いけど、片手剣よりは短い剣を握って走ってくる勇者。
 このタイミングで正面から来ることはありえない――つまりフェイク。
 念の為に距離をとって、誘い込む形にする。セシリアの方に視線を送ると、頷きが返ってきた。
 
「「――氷獄シャルジュ!」」 
 
 無数の氷片が勇者に襲いかかる。それらは弾けた先から勇者の体を凍り付かせていく。
 
「これで――」 
 
 視界の端に、勇者の姿が映った。
 そこにいるはずがない勇者の姿が。
 セシリアに言わないと。伝えないと。剣はもう頸に向かって振り出されている。ああ間に合わない。
 
 セシリアの頭部が、宙を舞って、落ちた。
  
「……っ!!」 
 
 あの隙は、わざと。あのフェイクも、僕を見破った気にさせるため。
 
「あああああ! ――氷槍ジャスペア!」 
「無駄だよ、君の考えは全部読めてたんだ」
 
 声は後ろから聞こえた。セシリアを斬った勇者は、既にその場所から消えていた。 
 
「魂が同じっていうのはそういうことだ――聖焔フリディア」 
 
 聖なる焔が身を灼いていくのを感じる……そんな。
 ――セシリア、ロロトス、ごめん。
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