転生ニートは迷宮王

三黒

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第7章

181 男

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「返還、ですか」
「はい。彼の所属はシレンシアであり、貴殿には身柄返還の義務があります」
 
 ああこの雰囲気は知ってる。この嫌な……首を竦めたくなるような空気。宿題を忘れて担任に絞られてるときの気分だ。
 別にやましいことはない。向こうなら児童誘拐の罪に問われそうだが、今の俺は親切なお兄さんだ。
 返すことにも抵抗はない。アルデムともリフェアとも仲良くやってるし少し惜しい気持ちはあるが、ちゃんと親がシレンシアにいるなら仕方ない。もっとも、捨て子でもないのにあんなボロ雑巾みたいな服を着せるのかって話はある。
 
「えーと、急にそう言われましても……つまり、親御さんがシレンシアにいらっしゃると?」 
「親は、エルイムの国民全員です。とぼけるおつもりですか?」 
 
 アナの視線がめ付けるようなものに変わった。全く身に覚えがない。なんで俺こんな詰められてるんだ?

「いやその、よく分からないんですが、ハハ……」 
「エルイムのようなことをシレンシアでまで起こされては困る、と言っているのです」 
  
 記憶にございません。訳分からなすぎて半笑いになったのが悪かったのか、アナはさっきよりも調子を強めた。

「あくまで知らぬ存ぜぬを突き通すのであれば、シレンシアの代表として然るべき対応を取らざるを得ません」
「あのですね、マジで知らないんですよ。何ですか? エルイム?」 
「先ほど申しました通り、私に敵対する意思はありません。平和に対談を終えたいというのは、貴殿も同じではないのですか?」 
 
 クソっ決めつけてやがる。エルイムって何だよ。いや待て、聞いたことがあるぞ……確か……思い出せん。
 まあいい、とにかく今はシルヴァのことだ。
 
「分かりましたよ。じゃあ一つ教えてください。シルヴァの親はどこにいるんですか? 親代わりでもいい。俺がそこまで送り届けますよ」 

 アナはわざとらしく大きな溜息をつく。 
 
「今の親代わりがシレンシアです。だからこそシレンシアで保護します――このような辺境の迷宮街ではなく!」
 
 なんだァ? てめェ……
 さっきから態度悪すぎだぞこいつ。素直に引き渡す気も失せた。つーかシレンシアの所属ってのも勝手に言ってるだけだろ。せめてシルヴァ本人に確認してからにしよう。
 
「それじゃ後で本人の意思を確認するんで。今はお引き取り願えますかね?」 
「いいえ、そもそも彼は貴殿の――」
「お邪魔するよ」 
 
 アナの背後――入口側に、男が立っていた。いつの間に扉を開けて閉めた? つーか、誰だ?
 普通こういうときは全身がヤバさを訴えかけてくるんだが、こいつからは何もそういう……脅威みたいなのを感じない。ただの一般人にしか見えない。それが逆に怖い。
 レルアとゼーヴェは共に剣を作り出したが、男は優しげに微笑むばかりだ。
 
「先客がいるとは。私も運が悪い」
「あー、あの、誰ですか?」 
「しがないゴースト研究家さ。こちらのお嬢さんとお話中だったかな?」
 
 こいつの声も聞いたことある気がするんだよな。つってもゴースト研究家の知り合いはいないし、気のせいか?
 
「まあそっすね。交渉決裂ってことで、もう終わりそうですけど」  
「な……! 貴殿は戦争を望んでいると!?」 
「はあ、なんで急に戦争になるんですか。シルヴァは俺が責任持って親元まで送り届ける、それでいいでしょう。見つかるまではここで保護しますよ」
 
 と、ここで男が口を開く。
 
「シルヴァ。なるほど、つまり目的は同じだったというわけだ」 
「えーと、あなたもシルヴァのためにここまで来たと?」 
「そういうことになる。私は彼の親ではないが、近縁の関係にあるのでね」
 
 なるほどよく見れば髪色も瞳の色も同じだ。シルヴァに会わせるならこっちだな。なんかいいやつっぽいし。団長殿もこれなら納得するだろう。
 
「そ、そんなはずがありません。彼と近縁? では貴殿は……まさか……!」  
 
 アナは目を見開くと、口をパクパクさせ始めた。どうしたんだよ。何に気付いた?
 
「やれやれ流石に察しがいい。だけど困るな、うん。消えてもらうよ。痛みはない」 
 
 男が指を鳴らすと、アナの体が椅子ごと……いや、椅子の下の床ごと浮かんだ。
 
「お、おい、あんた何を」
「まあまあ、あまり汚さないから安心してほしい」 
  
 アナは椅子に座ったまま声も出さずにじっとしている。と、椅子や床が崩れ始めた。
 アナは尚も動かない――見間違いじゃなければ、アナの体も崩れ出しているように見える。ちょうどパズルのピースみたいに、徐々にバラバラになっていく。
 それらは球体を作るように広がると、中央に向かうように急速に圧縮され始めた。
 どういうマジックなんだ、と思う間もなく、アナは豆粒ほどの大きさまで押し固められ、そして消えた。
 
「あ……? 彼女は……?」 
「概ね君の想像通りだろう。それにしても、慣れない術を使うと肩がこるね」 
 
 男はハハハ、と明るく笑う。前言撤回、めちゃくちゃやべえじゃねえかこいつ。シルヴァこんなのと親戚なのかよ。
 
「私の部屋でもないし、血の出ない方法でと思ったんだが。椅子を一つと、床を一部ダメにしてしまったか。すまないね」 
 
 すまないねじゃないが。なんで未だにヤバさを感じないんだ? 口調と声色が優しげだから? 表情もそうだ。たった今人を殺したとは思えない。
 
「おっと、私はここで争う気はないんだ。剣を下ろしてくれないか」 
「応じかねます。マスター、指示を」 
「いや、君たちがその気なら争っても構わないが……折角の台本が無駄になってしまう。非常に勿体ない。こうして出会えた縁を大切にしようじゃないか?」 
 
 二本の剣先が男の首筋を捉えていた――どうすべきだ、俺は。
 まずここで交戦するメリットはほぼない、気がする。相手が何者なのかも分からないし、何をしてくるかも分からない。こっちの準備は万端とは言い難いし、首を一撃で刎ねられるかも微妙なところだ。第一、首を刎ねるだけで死ぬようには思えない。こいつは何か得体の知れない怪物だ。
 
「……二人とも剣を下ろしてくれ。で、えーと、研究家。どういうつもりだ?」
「理性的な王で助かるね。だが質問は曖昧すぎる、減点だ。彼女の件なら邪魔だったから、邪魔者を消すのはおかしなことじゃないだろう? シルヴァについては、そうだね、簡単に返されてもつまらないってだけさ。今ここで君らを全員殺して連れ帰るのも、不可能じゃあないだろうが」 
 
 ハッタリか、本当にその実力があるのか、それともこちらの戦力を見誤っているのか。レルアは魔力を抑えてるし、ゼーヴェも魔力的には強いレイス止まりだ。迷宮内には他にも仲間がいる。どこまでを指しての言葉なのか。
 
「ひとまず私は帰るとするよ。色々と準備があるんだ。準備をする必要ができた、と言うべきか」 
「ああ、俺の迷宮は一筋縄じゃいかないからな」 
「楽しみしておくよ。それでは、また会おう。首を洗って待っていたまえ――シルヴァのね」 
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