転生ニートは迷宮王

三黒

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第6章

167 加速

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「――起動せよイダイア!」 
 
 まずは加速アクサール。からの――
 
「――破空フェーヌ!」
 
 勿論アヤトに向けて撃ったわけじゃない。その周りだ。考え通り、自分に対する攻撃魔術以外は無効化できないらしい。
 まだ動き出す様子はない。躱した様子も。真正面から受けるつもりか? 罠か?
 だが相手が仕掛けるのを待ってたら100%負ける。
 
「――穿空フェルラス!」 
 
 今度はアヤトを狙って撃ったがこれはブラフ、本命は次。
 
「――裂空剣!」 
 
 加速アクサールのスピードを活かしての、背後に回り込んでの斬り込み。これを完全に躱すことはできないはずだ。俺なら。
 案の定、伸びる斬撃に少し驚いたような表情をした、が。
 
「なんだ、何かと思えばただの斬撃か」 
 
 
 俺はこれを知っている。当たったはずが当たっていない。斬った場所が斬れていない。
 急ぎバックステップで距離をとり、今度は守りの姿勢に入る。直後、ギィン! という派手な音と共に、何もない場所からの斬撃を受けた。
 これだ。俺は前回これで死んだ。アヤトは剣を抜いていなかった。仕組みは分からない。オートカウンターか? いや、恐らくそんなに便利なチートスキルじゃない。何か自分で魔術を使ったはずだ。素因エレメントの動きがあった。だが何を使った。そんなのが時空魔術にあるのか? 受けた衝撃をそっくりそのまま返すようなのが?
 
「おお! これを受けきるのは予想外だった。お前の知る俺は、どこまで手の内を見せたかな」
 
 残念ながら今ので最後だ。それに、気付かなければ同じ攻撃で二回死んでるところだった。
 
「しかし、咄嗟のことだったとはいえ無詠唱で使わされたのは痛いな。意外と魔力消費が馬鹿にならないんだ。こんなことなら、街の売店でマナポーションを買っておくべきだったか」 
 
 魔力消費が多いのは本当だろう。素因エレメントの動きは戦闘中でもハッキリと分かるくらいのものだった。
 これを使わせるために斬り込みを続けるか? いや、無謀すぎる。相手がどんな魔術を使えるのか分からないんだからな。
 
「どうした、まさかネタ切れか?」
「んなわけねえだろ――起動せよイダイア!」 
「そう来ないとな」
 
 なわけねえなんて大嘘だ、今起動したのは白煙モックル。言ってしまえばただの煙玉。目くらましにしかならない。
 
「うおおおおお! 裂空剣――」 
「――吹風ウィレスカ」 
 
 煙が吹き飛ばされた。まずい、今回は真正面からの斬りかかりなんだ。背後警戒を予想したのが仇になった。
 だがもう止まれない。こっちの胴はガラ空きだが、相手が剣を抜くのよりは早い。
 
「なんだ、本当にネタ切れだったのか――保持レディスト」 
 
 剣を片手で、掌で受け止められた。斬り込んだ感じがない。何も跳ね返ってこない。俺の体はそのまま空中で静止した。
 ……理屈は分からないが、とにかく一刻も早く距離を取らないとまずい。ラッキーなことに手も足も痺れていない――
 
「遅えよ。解放イルクス」 
「――っ!?」 
 
 瞬間、体が宙に浮いた。
 吹き飛ばされたと理解できたのは数秒後のことだった。受身を取ろうにも、浮遊感で目を瞑りそうになるのを抑えるので精一杯だ。
 置換レプリアスで何かと入れ替わっても、落下時のエネルギーはそのままだったはずだ。つまり死ぬ。落下死なんてしてたまるか。
 かくなる上は自分に少しの間だけ軽い遅延ディロウをかける。ミスれば終わりだがそんなことは言ってられない。集中しろ俺、やればできる。
 
「――遅延ディロウ!」 
 
 って待て失敗か、全然速度落ちてないぞこのままだと――
 
「……お、あ」 
 
 ――大丈夫だった。精々1、2メートルの高さからジャンプしたくらいの感覚だ。まあ成功したならいい、次の動きを考えないと。
 
「――痛ってえ!」
 
 右手首に激痛が走る。……そういやさっきの魔術。無理な姿勢で受けたせいで骨から嫌な音が鳴ってたんだ。あの掌から発せられた衝撃は、重い斬り込みのそれだった。
 
「――時遡ヒール」 
 
 幸いそこまで時間も経ってないからすぐに治った。と、同時に考える。
 
 アヤトの言葉を借りるならネタ切れか。勝つ手段がまるで思い浮かばない。
 情けない話だが、俺はいつも皆に助けられて戦ってきたんだ。能力もサポート寄りだし、タイマンで戦えるようになったアヤトに勝てるわけがない。
 ……それでも諦めるわけにはいかない。残機は1、死ねば即ゲームオーバーだ。
 
「どこまで吹っ飛んだかと思ったぞ。気絶すらしてないとは感心だな」  
 
 まずはこの状況を抜け出す。相手が作った、相手に有利なこのタイマンって状況を。
 
「――破空フェーヌ!」
「無駄だ!」
「――起動せよイダイア!」 
 
 加速アクサールを起動して走る。幸い勇者になってスタミナは増えてるからな。多少無駄に動き回っても息切れすることはない。
 そして魔力もそこそこある。まあBランクの魔術メイン冒険者と同じくらいか、それより少し多いくらい。破空フェーヌ換算で数百発ってとこだ。
 
破空フェーヌ――置換レプリアス!」
「なんのつもりだ――っ!?」 
 
 アヤトの足元の花と、発動したばかりの破空フェーヌを入れ替えた。ほぼダメージはないだろうし、これはまあちょっとした嫌がらせみたいなもんだ。
 問題はここから。俺の読みが外れてれば何の意味もなかったことになるが、そうならないことを祈る。
 
「――加速ヴァレーク!」 
「どこ狙って撃ってんだ、ついに狙いも定まらなくなってきたか!」
「さあ、そうかもな――穿空フェルラス!」 
 
 今度はアヤトの近くの柱を叩き折る。
 レルアのネックレスは自分に対する攻撃魔術しか防がない、つまりこういう地味なのが効くってわけだな。
 ただこれはあくまで時間稼ぎ。間に上手く加速ヴァレークを挟み込んでいく。
 加速ヴァレークの魔力消費はそこまで重くない。恐らく加速倍率を上げると大変なことになるんだろう。大昔それで魔力切れを起こした覚えがある。……当時は術式名すら言ってなかったし、そういうのも関係してそうだが。
 
「武器の劣化を狙っているわけじゃなさそうだな? 俺を老けさせようってのか! 老人相手なら勝てるとでも?」
 
 違う、だが加速ヴァレークを多く使ってることには気付かれたか。
 状況のわりに不思議と焦りはない。これが俺の戦い方だからな。時間稼ぎは得意分野だ。
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