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第5.5章
152 ディッセールト
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「我が友よ、何を呆けている?」
「……ああ、ちょっと考え事してた」
「決戦を前に思案に耽るか! だが良い、緊張で震えるよりかは余程良い!」
グァハハハ、と豪快に笑ってみせるこの鎧騎士はロロトス。想像とかなり違って、正直驚いた。
魔力の質や細かい癖はスケルトンのときと変わらないけど、初めは違和感がすごかった。
「大丈夫、緊張はしてないよ」
「当然よな! この我を従えて尚緊張するなど有り得んわ!」
そう言ってまた笑う姿は確かに頼もしい。
僕らは今、魔術大会の控え室にいる。自分でも信じられないけど……次は決勝だ。相手はあのディッセールト。
まさか僕が、というかロロトスがセシリアに勝ってしまうなんて。誰もが決勝はセシリア対ディッセールトだと思っていたし、僕もそう信じて疑わなかった。
ただロロトスはとんでもなく強かった。そして手を抜かないタイプだったようで、あのセシリアでさえも一撃で沈めた。宮廷筆頭候補を一撃だ。
殺しはご法度だし勿論峰打ちだけど、セシリア以外は剣を受け止めることもできずに気絶した。確かにあの距離の騎士は魔術師に対して有利ではある……けど、所詮は使い魔だ。普通は指示もなく単独で魔術師を倒すのは難しいし、大会でも初めてらしい。
一応決勝では相手の詠唱を待つっていう決まりになった。補助目的以外での魔術結晶の使用は禁止されてるから、前回みたいに���大聖浄で殺されることはないと思う、けど……。不安があるとすれば、彼は腐っても上級貴族の五男、それも魔術に長けた名家の出ってことだ。
でも僕だって何もせず今日まで過ごしてきたわけじゃない。ロロトスが思う存分戦えるように、色々と準備はしてきた。
*
「脆い脆い脆い! その程度ではザトゥーグの犬にすら負けかねんぞ! まだ訓練用の魔動兵の方が戦りがいがあるわ」
「ぼ、僕は元々戦闘は得意じゃないんだ……魔術だってまともに使えるのは氷弾くらいだし、今まではロロトスへの指示に徹してた」
「だが最早我に指示は必要ない。思う存分、我が友自身の戦闘技術を鍛えられるいうわけであるな! さあ始めるぞ、構えよ! まずは回避だ――闇鎖!」
目が覚めた途端、いきなり過酷な訓練が始まった。僕に流れ込んできた記憶とか、セシリアは平気だったのかとか、気になることは沢山あったはずなんだけど……しばらくはうねる闇の鎖を避けるので精一杯で、そんなこと考えてる暇もなかった。
ロロトスはオーガも泣いて逃げ出すほどの鬼教官だった。僕が通う魔術学院には勿論、戦闘総合のハインベルにもこんなに厳しい人はいないと思う。
召喚士なんて軽い攻撃魔術と、いくつかの補助魔術が使えれば十分なはずなんだけど、ロロトスはそうは思っていないらしい。最初は闇鎖を回避してるだけだったのが、途中からは魔術の種類も増えたし反撃するようにも言われた。流石に無理だ。
被弾したら治してはくれたけど、痛いのは痛いし使う魔術には一切の容赦がない。鬼だ。確かに召喚士は術者が狙われるし、最低限の回避はできた方がいい。でもこれはもっと上を目指す人のための訓練だと思う。
訓練は初日から夜まで続いて、床についたのは日が変わってからだった。当然翌日も講義があるし、二日連続で欠席なんてしてられない。僕はもう全身くたくたで、朝まで泥のように眠った。
ロロトスは再召喚が難しそうだったから隠蔽で隠れておいてもらうことにした。顕現時の魔力消費はスケルトンだった頃と同じくらいだったし、多分それが正解なんだと思う。
ただ、使い魔を還せない召喚士なんて落ちこぼれもいいところだから、出てきてもらうときには一応召喚口上を述べることにした。そうすれば体裁も保たれる。
学院で会ったセシリアには術式の成功、そして改めて感謝を伝えた。あと連絡が遅れた謝罪も。疲れ切った様子を心配されたけど、なんとなく恥ずかしかったから適当に濁しておいた。
寮に帰ったらまた訓練だ。人気のない離れの庭で、魔術を避け続ける時間が始まる。
*
――これは二週間後の今日の大会、その前日まで続いた。
でも結局、その成果を発揮できていない……今のところは。ロロトスは相手が弱すぎて拍子抜けしていたようだったけど、一回今のシレンシア深奥魔術学院のレベルを学んだ方がいい。っていうか隠蔽で実技科目も見学してたんだし、少しは理解してると思ったんだけど。
まあでも、僕自身がこの二週間で成長できたのは良かった。内容も今までの甘えた鍛練とは違って、実戦を見据えた本格的なものだったし。これから先、役に立つこともあるはずだ。
「イヴェル殿、入場を」
「はい――行こう、ロロトス」
天幕を出ると、準決勝以上の歓声が僕らを包む。凄まじい音の圧だ。こういう場に慣れてないから、今更少し緊張してきた。
『さあいよいよ決勝、選手の入場だ! まずは名門ファルンスターク家の五男、ディッセールト! 風魔術の扱いなら、学院内で彼の横に出る者はいない!』
「なんと、相手は風の一族であったか。本気を出さねばならんようだな」
「ロロトス、ディッセールトを知ってるの?」
「正確には奴の先祖であるがな。かつての敵の幹部よ」
ロロトスが纏う雰囲気が変わった。今までの余裕と安心感に満ちたものじゃなくて、静かな殺気っていうか、歓声の中で僕らの周りだけ静まり返ってるような感じだ。
『対する相手は無敵の召喚士イヴェル! 全ての試合を一撃で終わらせてきた使い魔は、完全詠唱の魔術に耐えられるのか!?』
「まずは奴の出方を見るとしよう。一撃貰わねばならんのは癪だが、それが決まりであるなら仕方ない」
そう聞くと、なんだか向こうが有利すぎるように思えてきた。……別に避けるなとは言われてなかった気もするけど。
『試合――開始!』
「古なる風の精霊よ、汝が契約者、ディッセールト・ファルンスタークが望む!」
始まった。いつもみたいに小馬鹿にした態度でもなく、頭に血が上ってるような状態でもない。真面目なディッセールトはただの優秀な魔術師だから、かなり厄介だ。
「そう固くなるな、我が友。我の後ろでどんと構えていれば良い」
とは言っても、震える素因の前でただ無防備に術の着弾を待つなんて耐えられない。
こんなことなら、魔術障壁の一つでも使えるようにしておくんだった。氷属性でもいくつか防御魔術はあったし、時間もあったのに。
……後悔していても仕方がない。もしこれでロロトスがやられてしまったら、とにかく一直線にディッセールトの元に向かい、首筋に細剣を突き付ける。彼は僕が氷弾を使うと考えているだろうし、ロロトスを倒したら油断するはずだ。
「――我が敵を貫け! 風槍!」
――来た。高速で放たれた風の槍は、空気を裂いてロロトスの胸のあたりを狙う。素因の密度が高いからか、衝撃で地面を割りながら近付いてくる。
だけどロロトスは動じることはなかった。落ち着いた動作で、腕を前に突き出す。
「――闇壁」
……解呪じゃない。まさかただの壁で、あの槍を受け止めるつもりなのか。
ディッセールトも勝利を確信したのか、僕に嫌な笑みを投げかけてくる。着弾まであと数秒もない。細剣を握る腕に力が入る。
直後、轟音と突風。巻き上がった砂塵で様子が分からない。
「だから何を固まっている。我があんな小技に倒れるとでも思ったか?」
「ロロトス!」
ロロトスは無事だった。傷一つない。無詠唱の壁であれほどの魔術を食らって無事だなんて信じられないけど、これで僕らの勝ちだ――
「さてファルンスタークの小僧よ! もう一撃許す、次は本気で来い!」
「な、何言ってるんだロロトス。もう動いていいんだよ。峰打ちでもなんでも決めていいんだ」
「今のは挨拶代わりの魔術であろう。戦作法を理解した小僧であるな」
今のが挨拶? そんなはずない。僕の知る限りでは風槍は彼の一番の得意魔術だし、あの詠唱は確実に殺しにきてた。
「我が友こそ、背の裏に隠れていなくて良いのか? これからあの数倍はあるのが来る。吹き飛ばされんようにな」
いや、そんな魔術は来ない。これは確信に近い。大嵐の継承は才能ある長男に行われたっていう話だし、それを扱えるほど彼の魔力量が多いとも思えない。
ディッセールトの方を盗み見ると、案の定あの嫌な笑みは消え、少し焦ったような表情になっていた。
「何故仕掛けてこない、挨拶を返せとでも言うのか? ならば応えるとしよう――闇鎖!」
瞬間、会場の地面全体から数え切れないほどの闇の鎖が生えた。思わずマナポーションに手を伸ばしたけど、魔力の枯渇は感じない。通常、使い魔の魔術ではその召喚者の魔力が消費される……んだけど。一切減ってる様子はないし、恐ろしいほど普段通りだ。やっぱりロロトスは普通の使い魔とは違うらしい。
「――そら!」
鎖が一斉にディッセールトに襲いかかる。風壁か何かで防御していたようだけど、耐えかねて弾け飛ぶ様子がうっすらと見えた。
「……どうした、早く起き上がらんか。まさかその程度ではあるまい?」
ダメだ。完全にダウンしてるし、もうカウントも始まってる。
と、しばらく黙り込んでいたロロトスが口を開いた。
「……そうか。あれが本気であったというわけか。ファルンスターク家の面汚しよ。せめて戦場で散れ――」
「まま、待ってよロロトス! 殺すのはダメだ、僕が決着を付けるからそこで止まってて!」
ディッセールトはピクリとも動かない。ただ場外まで吹き飛んだわけじゃないし、敗北が決まるほどの時間も経っていない……状態異常を使う魔術師も多いから時間は長めに設定されてるんだ。ロロトスがうっかり殺しちゃう前に、僕が終わらせる。
急いで彼の方へ走って――その首筋に細剣を添える。相手が動かなければ、これで5秒だったはずだ。
「勝者――イヴェル!」
終わった。……とりあえず、これで、勝ちだ。
「……ああ、ちょっと考え事してた」
「決戦を前に思案に耽るか! だが良い、緊張で震えるよりかは余程良い!」
グァハハハ、と豪快に笑ってみせるこの鎧騎士はロロトス。想像とかなり違って、正直驚いた。
魔力の質や細かい癖はスケルトンのときと変わらないけど、初めは違和感がすごかった。
「大丈夫、緊張はしてないよ」
「当然よな! この我を従えて尚緊張するなど有り得んわ!」
そう言ってまた笑う姿は確かに頼もしい。
僕らは今、魔術大会の控え室にいる。自分でも信じられないけど……次は決勝だ。相手はあのディッセールト。
まさか僕が、というかロロトスがセシリアに勝ってしまうなんて。誰もが決勝はセシリア対ディッセールトだと思っていたし、僕もそう信じて疑わなかった。
ただロロトスはとんでもなく強かった。そして手を抜かないタイプだったようで、あのセシリアでさえも一撃で沈めた。宮廷筆頭候補を一撃だ。
殺しはご法度だし勿論峰打ちだけど、セシリア以外は剣を受け止めることもできずに気絶した。確かにあの距離の騎士は魔術師に対して有利ではある……けど、所詮は使い魔だ。普通は指示もなく単独で魔術師を倒すのは難しいし、大会でも初めてらしい。
一応決勝では相手の詠唱を待つっていう決まりになった。補助目的以外での魔術結晶の使用は禁止されてるから、前回みたいに���大聖浄で殺されることはないと思う、けど……。不安があるとすれば、彼は腐っても上級貴族の五男、それも魔術に長けた名家の出ってことだ。
でも僕だって何もせず今日まで過ごしてきたわけじゃない。ロロトスが思う存分戦えるように、色々と準備はしてきた。
*
「脆い脆い脆い! その程度ではザトゥーグの犬にすら負けかねんぞ! まだ訓練用の魔動兵の方が戦りがいがあるわ」
「ぼ、僕は元々戦闘は得意じゃないんだ……魔術だってまともに使えるのは氷弾くらいだし、今まではロロトスへの指示に徹してた」
「だが最早我に指示は必要ない。思う存分、我が友自身の戦闘技術を鍛えられるいうわけであるな! さあ始めるぞ、構えよ! まずは回避だ――闇鎖!」
目が覚めた途端、いきなり過酷な訓練が始まった。僕に流れ込んできた記憶とか、セシリアは平気だったのかとか、気になることは沢山あったはずなんだけど……しばらくはうねる闇の鎖を避けるので精一杯で、そんなこと考えてる暇もなかった。
ロロトスはオーガも泣いて逃げ出すほどの鬼教官だった。僕が通う魔術学院には勿論、戦闘総合のハインベルにもこんなに厳しい人はいないと思う。
召喚士なんて軽い攻撃魔術と、いくつかの補助魔術が使えれば十分なはずなんだけど、ロロトスはそうは思っていないらしい。最初は闇鎖を回避してるだけだったのが、途中からは魔術の種類も増えたし反撃するようにも言われた。流石に無理だ。
被弾したら治してはくれたけど、痛いのは痛いし使う魔術には一切の容赦がない。鬼だ。確かに召喚士は術者が狙われるし、最低限の回避はできた方がいい。でもこれはもっと上を目指す人のための訓練だと思う。
訓練は初日から夜まで続いて、床についたのは日が変わってからだった。当然翌日も講義があるし、二日連続で欠席なんてしてられない。僕はもう全身くたくたで、朝まで泥のように眠った。
ロロトスは再召喚が難しそうだったから隠蔽で隠れておいてもらうことにした。顕現時の魔力消費はスケルトンだった頃と同じくらいだったし、多分それが正解なんだと思う。
ただ、使い魔を還せない召喚士なんて落ちこぼれもいいところだから、出てきてもらうときには一応召喚口上を述べることにした。そうすれば体裁も保たれる。
学院で会ったセシリアには術式の成功、そして改めて感謝を伝えた。あと連絡が遅れた謝罪も。疲れ切った様子を心配されたけど、なんとなく恥ずかしかったから適当に濁しておいた。
寮に帰ったらまた訓練だ。人気のない離れの庭で、魔術を避け続ける時間が始まる。
*
――これは二週間後の今日の大会、その前日まで続いた。
でも結局、その成果を発揮できていない……今のところは。ロロトスは相手が弱すぎて拍子抜けしていたようだったけど、一回今のシレンシア深奥魔術学院のレベルを学んだ方がいい。っていうか隠蔽で実技科目も見学してたんだし、少しは理解してると思ったんだけど。
まあでも、僕自身がこの二週間で成長できたのは良かった。内容も今までの甘えた鍛練とは違って、実戦を見据えた本格的なものだったし。これから先、役に立つこともあるはずだ。
「イヴェル殿、入場を」
「はい――行こう、ロロトス」
天幕を出ると、準決勝以上の歓声が僕らを包む。凄まじい音の圧だ。こういう場に慣れてないから、今更少し緊張してきた。
『さあいよいよ決勝、選手の入場だ! まずは名門ファルンスターク家の五男、ディッセールト! 風魔術の扱いなら、学院内で彼の横に出る者はいない!』
「なんと、相手は風の一族であったか。本気を出さねばならんようだな」
「ロロトス、ディッセールトを知ってるの?」
「正確には奴の先祖であるがな。かつての敵の幹部よ」
ロロトスが纏う雰囲気が変わった。今までの余裕と安心感に満ちたものじゃなくて、静かな殺気っていうか、歓声の中で僕らの周りだけ静まり返ってるような感じだ。
『対する相手は無敵の召喚士イヴェル! 全ての試合を一撃で終わらせてきた使い魔は、完全詠唱の魔術に耐えられるのか!?』
「まずは奴の出方を見るとしよう。一撃貰わねばならんのは癪だが、それが決まりであるなら仕方ない」
そう聞くと、なんだか向こうが有利すぎるように思えてきた。……別に避けるなとは言われてなかった気もするけど。
『試合――開始!』
「古なる風の精霊よ、汝が契約者、ディッセールト・ファルンスタークが望む!」
始まった。いつもみたいに小馬鹿にした態度でもなく、頭に血が上ってるような状態でもない。真面目なディッセールトはただの優秀な魔術師だから、かなり厄介だ。
「そう固くなるな、我が友。我の後ろでどんと構えていれば良い」
とは言っても、震える素因の前でただ無防備に術の着弾を待つなんて耐えられない。
こんなことなら、魔術障壁の一つでも使えるようにしておくんだった。氷属性でもいくつか防御魔術はあったし、時間もあったのに。
……後悔していても仕方がない。もしこれでロロトスがやられてしまったら、とにかく一直線にディッセールトの元に向かい、首筋に細剣を突き付ける。彼は僕が氷弾を使うと考えているだろうし、ロロトスを倒したら油断するはずだ。
「――我が敵を貫け! 風槍!」
――来た。高速で放たれた風の槍は、空気を裂いてロロトスの胸のあたりを狙う。素因の密度が高いからか、衝撃で地面を割りながら近付いてくる。
だけどロロトスは動じることはなかった。落ち着いた動作で、腕を前に突き出す。
「――闇壁」
……解呪じゃない。まさかただの壁で、あの槍を受け止めるつもりなのか。
ディッセールトも勝利を確信したのか、僕に嫌な笑みを投げかけてくる。着弾まであと数秒もない。細剣を握る腕に力が入る。
直後、轟音と突風。巻き上がった砂塵で様子が分からない。
「だから何を固まっている。我があんな小技に倒れるとでも思ったか?」
「ロロトス!」
ロロトスは無事だった。傷一つない。無詠唱の壁であれほどの魔術を食らって無事だなんて信じられないけど、これで僕らの勝ちだ――
「さてファルンスタークの小僧よ! もう一撃許す、次は本気で来い!」
「な、何言ってるんだロロトス。もう動いていいんだよ。峰打ちでもなんでも決めていいんだ」
「今のは挨拶代わりの魔術であろう。戦作法を理解した小僧であるな」
今のが挨拶? そんなはずない。僕の知る限りでは風槍は彼の一番の得意魔術だし、あの詠唱は確実に殺しにきてた。
「我が友こそ、背の裏に隠れていなくて良いのか? これからあの数倍はあるのが来る。吹き飛ばされんようにな」
いや、そんな魔術は来ない。これは確信に近い。大嵐の継承は才能ある長男に行われたっていう話だし、それを扱えるほど彼の魔力量が多いとも思えない。
ディッセールトの方を盗み見ると、案の定あの嫌な笑みは消え、少し焦ったような表情になっていた。
「何故仕掛けてこない、挨拶を返せとでも言うのか? ならば応えるとしよう――闇鎖!」
瞬間、会場の地面全体から数え切れないほどの闇の鎖が生えた。思わずマナポーションに手を伸ばしたけど、魔力の枯渇は感じない。通常、使い魔の魔術ではその召喚者の魔力が消費される……んだけど。一切減ってる様子はないし、恐ろしいほど普段通りだ。やっぱりロロトスは普通の使い魔とは違うらしい。
「――そら!」
鎖が一斉にディッセールトに襲いかかる。風壁か何かで防御していたようだけど、耐えかねて弾け飛ぶ様子がうっすらと見えた。
「……どうした、早く起き上がらんか。まさかその程度ではあるまい?」
ダメだ。完全にダウンしてるし、もうカウントも始まってる。
と、しばらく黙り込んでいたロロトスが口を開いた。
「……そうか。あれが本気であったというわけか。ファルンスターク家の面汚しよ。せめて戦場で散れ――」
「まま、待ってよロロトス! 殺すのはダメだ、僕が決着を付けるからそこで止まってて!」
ディッセールトはピクリとも動かない。ただ場外まで吹き飛んだわけじゃないし、敗北が決まるほどの時間も経っていない……状態異常を使う魔術師も多いから時間は長めに設定されてるんだ。ロロトスがうっかり殺しちゃう前に、僕が終わらせる。
急いで彼の方へ走って――その首筋に細剣を添える。相手が動かなければ、これで5秒だったはずだ。
「勝者――イヴェル!」
終わった。……とりあえず、これで、勝ちだ。
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