転生ニートは迷宮王

三黒

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第5.5章

148 王立図書館

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「あら、イヴェル。ご機嫌よう。……どうかなさいまして?」
「少し調べ物を、ね」
「……何か悩み事でも? 相談なら乗りますわよ」
「いや、いいんだ。それより今は一人になりたい」
 
 心配そうな顔をするセシリアを後目に、僕は召喚術に関する学術書が置いてある方へ向かう。今ほど禁書庫への入室許可を望んだことはない。
 使い魔と魔力、契約とその歴史……手掛かりがあるならこの辺りかな。片っ端から関連しそうな項目を見ていこう。
 
 
※ 
 
 
『――だが、使い魔も永遠に生き続けるわけではない』
  
 ――ここだ。
 
『基本的には魔力さえあれば生きていけるが、魔力が尽きれば死は訪れる。使い魔の死因として代表的なものには、術者の死、使い魔側の損傷などが挙げられる。前者は代替となる魔力の供給源の確保、後者は一時的な素因エレメントへの返還より消滅を防ぐことが可能である』
 
 ロロトスの場合は後者だ。けど、あのときは素因エレメントに還す間もなく消滅した。
 契約は切れていなくても、召喚に必要な繋がりは既に絶たれている。ロロトスを構成する全ての情報は、バラバラになって消えてしまった。
 
「……っ」
 
 喉の辺りが熱くなる。けど、今は泣いてる場合じゃない。
 この本によれば、似たような個体に記憶を引き継ぐ実験もかつて行われていたとか。実用化寸前で倫理に反するとして中止されたらしいけど、その内容が書いてあるようなのは禁書庫行きかな。
 ……『素因エレメント内部における情報の基礎保存構造』。あった。直接的に書かれていなくても、原理を理解して自分なりに術式を組み立てられればそれでいい。
 ただの一召喚士見習いにできるかは分からないけど、儀式・詠唱の簡略化をはじめとした技術は年々向上している。術者が素因エレメントにはたらきかけることは魔術の基礎中の基礎だし、それは召喚も例外ではない。学院でも教わったことだ。
 問題は魔力量。通常の召喚では、契約者の他にも数人が魔力を流し込んで召喚陣を起動することが多い。
 
「……イヴェル?」
「……ああ、セシリア」
「話しかけてしまって、ごめんなさい。あんまり悲しそうな顔をしているものだから」 
 
 セシリア。彼女なら、僕の計画に協力してくれるかもしれない。
 いや……駄目だ。最低だ。良心を利用するつもりか。でもきっと断らない。僕が頼めば。
 ただ恐らく禁術に近いものを使うことになるし、監獄送りになってもおかしくない。だけど、もしセシリアが協力してくれたら成功に近付くのは確実だろう。
 
「……あの、さ。セシリアにお願いがあるんだ」 
「私を頼ってくださいますのね! 嬉しいですわ! なんでも仰って?」 
「ありがとう。とりあえず場所を移そう」 
 
 セシリアは大事な友人だけど、ロロトスだってそうだ。これは利用じゃない。嫌なら断るはずだ。感謝こそすれど、罪悪感を覚える必要はない。とにかく今は、ロロトスを蘇らせることだけを考える。
 


 
 
「……そんなことがありましたのね。勿論協力致しますわ。私にできることなら、なんでも」
「え、あ……その、いいの? 誰かにバレたら、退学どころじゃ済まないかもしれない」
「ええ。ここで学べることは粗方学んでしまいましたもの。それに、他でもない私の友人の頼みですから」 

 セシリアは僕に微笑んでみせる。罪悪感で胸が少し痛むけど、本人もこう言ってくれてるし協力してもらおう。
 
「セシリア、今日の予定は?」
「ええと、午後に講義が一つ……そのあとにハインベル学園で剣術のお稽古ですわ」 
「わかった。誰かに召喚陣を見られるわけにはいかないし、計画は町外れで実行しよう。学園まで迎えに行くよ」
「いいえ、集合は現地に致しましょう。地図は頭に入っていますし、個人の方が言い訳もし易いですから」
 
 確かにセシリアの言う通りだ。僕らは仲がいいけれど、二人きりで放課後にどこかへ出掛けるほどではない。噂が立ってけられたりしても面倒だ。
 でも、本当にそれで大丈夫かな。
 
「……いや、やっぱり現地で集合するのはやめよう。召喚陣の設置は貧民街の方を考えてる。女の子が一人で歩くのは危険だ」
「あら、私の心配をしてくださってましたのね。それなら大丈夫ですわ。私はこれでも学年首席、ゴロツキなどに後れを取ることは有り得ません。例え何十人来ようと、魔術で全て吹き飛ばして差し上げます」
 
 これもセシリアの言う通り。なんなら、その辺を歩いている冒険者よりも強いかもしれない。僕みたいなのが心配するなんて烏滸おこがましいのもいいとこだ。彼女は公式に実戦形式の訓練も受けてるし、ただのお嬢様ってわけじゃない。
 そもそもセシリアは隠蔽バルドが使える。貧民街に彼女の隠蔽バルドを破れる人がいるとは思えない。どちらかと言えば、使い魔ロロトスがいなくて初級魔術も一つしか使えない僕の方が危険なくらいだ。……まあ、自衛用の魔術結晶はいくつか買ってあるけど。
 
「そう……だね。じゃあ現地集合にしようか。刻二十に、エフィム大聖堂跡に集合でいいかな」
「ええ。ところでイヴェル、貴方もそろそろ講義の時間でなくて?」 
「いや、今日は――」 
 
 と、セシリアは僕の唇に人差し指を当て、耳元で囁いた。
 
(誰か来ましたわ。それでは、また夜に)
(あ、ああ)
 
 セシリアが出ていくのと入れ違いに、初老の男が一人別館に入ってきた。冒険者ではなさそうだけど、学院にもこんな教員はいなかったはずだ。ハインベルの人かな。
 それにしても人が来るなんて珍しい。本館と違って、ここはあまり読まれない本が雑多に並んでいるだけの場所だ。静かではあるけど、埃っぽい上どこかカビ臭いし、作業には向いていない。
 男に軽く会釈して別館を出ようとする――と、男から声をかけられた。
 
「――やぁ、少し私と話さないか?」
 
 振り向くと、こちらを真っ直ぐに見つめる男と目が合う。その声は思ったより若く、優しげだった。
 だけど、その全てを見透かすような目が不気味だった。急いでいるので、と言って会話を切る。
 
「――そうか。なら一つだけ言っておくよ。君の召喚は、そのままだと失敗する」

 ……聞かれていた。どこから? 何まで?
 少なくとも、場所は変更する必要がある。早急にセシリアに連絡――彼女の部屋に記録型の通信結晶があったはず。きっと集合場所に来る前に部屋で支度をするはずだ。寮の共用のものを使ってその旨を伝えておかないと。
 いや、それはあくまで運が良かった場合の話だ。この男が何者なのかによっては僕もセシリアも今日中にシレンシアを出なければならない。或いはもう遅いかもしれない。先に出ていった彼女が既に騎士団に捕まっていてもおかしくはない。
 でも、まだ決定的な証拠はないはずだ。陣の種類も術式構築に関する詳細な話もしていない。第一、擬似記憶継承なんてまだ仮説の段階だ。僕らは図書館で出会い、同じ本を読んで、他愛もない雑談をしただけ。
 
「――僕らの会話の何を聞いたのかは知りませんが、あれは単なる雑談ですよ。何かを喚び出そうとしているわけじゃない」
「聞き耳なんて立ててはいないさ。熱心な学生がいたから、魔力を辿って少し助言でも、とね」 
 
 まあ座りなよ、と言って男が椅子を引く。仕方なく腰を下ろすと机は新品のように綺麗になっていた。……椅子もだ。埃一つない。
 
「話をしてくれる気になったかな?」
「……はい」
「それは嬉しいね」
 
 異常なまでの静寂が、館内を包み込んでいた。
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