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変わり映えのない地獄-2
しおりを挟む学校も変わらず、私だけを異物のように受け入れる。
他の子たちは友人たちと会話を楽しみながら、弾むように、入っていく。
私は、ただ一人、ぽつんと歩いている。
玄関口に入れば、先生方が朝のあいさつ運動をしていた。
朝から元気な声が、校舎内に響き渡っている。
「おはようございます! そこ、スカート短いぞ」
自分の下駄箱を開ければ、みんなと同じはずなのに薄グレーに染まってしまった上靴が目に入った。
床に投げ捨てるように下ろして、気に入らないローファーを仕舞い込む。
見るたびに、胸の奥の方でちくちくと痛むくらいなら、祖父母から貰ったお年玉から出してでも、欲しい方を買えばよかった。
上靴に履き替えれば、先生とバッチリ目が合う。
とんとんっと規則正しく、つま先を蹴り上げて足に合わせる。
先生の前でぴたりと立ち止まって、キレイなお辞儀をしてみせた。
今日は、うまく笑えてる気がする。
「先生、おはようございます」
「おはよう。若月は、しっかりしてるな。制服の着こなしもバッチリだ、今日もがんばれよ」
「はい、今日もよろしくお願いいたします」
迷惑をかけない、良い子でいなくちゃ。
良い子でいれば、先生たちは私の名前を呼んでくれる。
がんばれよ、と声をかけてくれる。
家でも、クラスでも、誰からも見てもらえない私が、唯一誰かに認められる方法。
だから、良い子を心がけて続けていた。
それでも、良い子でいなければいないという重圧は、体の中心を抉っていく。
まるで、勝手に誰かに体を操られているかのように、先生に朗らかに挨拶をした。
他人の顔色ばかり気にするように、インプットされた脳を今すぐ取り出したい。
そして、床に叩きつけて、踏みつけたい気持ちにも駆られた。
助けて、と言えば、変わっただろうか。
そんなことはないとわかっているけど。
ぐっと唇の端を噛み締めて、手のひらを握りしめる。
ここからも私にとって、気分が重たい時間は続く。
登下校の歩いてる時間だけが、私にとっての心穏やかな時間かもしれない。
先生は、私のそんな微妙な表情の変化にも気づかず、また次の生徒に「おはようございます」と大きな声であいさつを繰り返していた。
教室に向かうまでの廊下が、やけに長く感じられる。
このまま、永遠に着かなければいいのに。
脳裏に浮かんでしまった思いは、果たされることはない。
教室には、どうしても、たどり着いてしまうもので。
扉の前で、深呼吸を繰り返す。
すぅーっと吸い込んだ空気は、ホコリっぽく、むせてしまいそうになった。
教室は、外からでもわかるくらいに喧騒に包まれている。
黙ったまま扉を開ければ、クラスの女の子たちがこちらを確認してクスクスと笑い声をあげた。
笑い声の中心は、やっぱり西音さんだ。
西音さんは、茶色に染め上げた髪の毛を、くるくると人差し指で弄ぶ。
爪はキレイな色で彩られ、顔には注意されない程度の化粧を施している。
スッと通った鼻筋と、ふんわりとした雰囲気で、クラスの中でも目立つ存在だった。
そんな西音さんは、私を見つめて、声をあげる。
「おはよ、ミア!」
まるで親しい友人かのような表情で、私に白い手をひらひらと振る。
ここで、知らんぷりんしたら……どうなるか想像してみて、やめた。
胃の奥がジクジクと痛くなってくる。
「おはよう、西音さん」
「明るくないなぁー! 朝だよ? もっと声出していかないと?」
「おはよう!」
出来うる限り、笑顔を作って、声を張り上げる。
ひくひくと唇の横が揺れたのも気にせず。
「声がちっさいよ! もっと出るって、ほら、おはよう?」
西音さんの目には、光がなくて感情が読み取れない。
本人は、「仲良しだから心配なの」といつも言うけど。
本心では……どちらでもいい。
私には抵抗は許されてないから。
抵抗したらどうなるかは、簡単に想像できてしまう。
殴られたり、変な噂を流されたり……
それなら、まだいいかもしれない。
西音さんたちがよく撮ってる動画に無理矢理出されて、全国に情けない姿を流されるかも。
想像して、背筋がぶるりと震えた。
それくらいなら、まだマシ。
無視や、いじりの方がまだマシだ。
「おはよう!」
お腹の底から声を出せば、クラスメイトたちが一斉に振り返る。
しぃーんとクラス中が静まり返り、乾いた笑い声が微かに聞こえた。
氷のように冷たい視線が突き刺さり、「またかよ」という言葉がその上を走っている。
それでも、普通のことのように、顔を戻して席に向かう。
その様子を見ていた西音さんたちは、口に手を当ててぷっと吹き出す。
「ミアってば、本当おかしいんだから」
そんな言葉に、体中がバラバラと解け落ちそうだった。
それでも、否定することもできずに、小さく答える。
「本当におかしいよね」
遠くに響く、私の声は、誰か他人の声のように耳に聞こえる。
西音さんたちは、もう私に興味が向いていないらしく、ネイルの話をし始めていた。
「毎日毎日いじめられてんのに、よく学校来れんね」
聞こえた声は、話したこともないクラスメイトの声だった。
くすくすとバカにしたような笑いを含んでいて、私を心配したものではないことだけはわかる。
答えはしないけど、私だって来なくていいならこんなところ来たくない。
先生方は優しいし、私を見てくれるけど。
クラスは、やっぱり息が詰まる。
はぁとため息をこぼしたい気持ちを堪えて、席に座る。
机の中に、慎重に手を入れれば今日は空。
よかった、何も入ってなくて。
机に集中していた私の肩に、ずしんと誰かの両手が置かれる。
頭の真上から聞こえてきたのは、先ほどの西音さんの声だった。
「いじめじゃないよ、愛のあるいじり。ねっ、ミア、イヤじゃないもんね? 友だちだもんね、うちら」
「いじめられてなんかないない。西音さんは、明るくしようとしてるだけだもんね」
肩の重みに耐えきれなくて、このまま崩れ落ちてしまいそうだった。
それでも、そんなことはできない。
これくらいまだ良い方。
ケガをさせられたりはしないし、物が壊されたり汚されたりもしない。
これは、イジメじゃない。
それでも、死にたいと思うには十分なくらい、このクラスにいることは苦痛だった。
先ほどの声の方を遠く見つめても、誰が言ったのかもわからない。
男の子の声だったことだけは、わかったけど。
「まぁ本人がそういうならいいけど」
私の目が合ったかと思えば、ふいっと逸らされてしまう。
ここで、いじめだと私が言ったところで、助けてはくれないことを確信してしまった。
胃酸が喉の奥から競り上がってきて、吐き気がする。
トイレに行きたいと思ったけど、西音さんの手を跳ね除けて行くのは面倒だった。
抵抗しないんじゃない、面倒なだけ。
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