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第2章 大聖堂都市『イストランダ』史徒文書館 7つの教会 編

22.聖ヨハネウス史徒文書館④ メフィストとルーベルト

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 サンマルコの書斎部屋を出てからも、エルとアイリスは頭に靄が掛かったようにぼぉっとしていた。
 ――いろいろなことが盛沢山すぎて、考えても考えても、上手くまとまらない。

 リアードはいつもどおり黙って何も言わないが、言葉にしないだけで何かをずっと考えているようだった。

 エレベーターで1階へと下る。文書館内をトボトボと覚束ない足取りで歩いていると――背後からドタドタと慌ただしい足音が近づいてきた。

「――エル!あぁ、リアードも…!きみたち無事だったんですね?私は心配で心配で……生きた心地がしませんでした!」

 息を切らせて近づいてきたのは、神父服の上に白衣を着こんだ青年だった。瞳と同じ深いブルーの髪は好き勝手な向きに跳ねている。

「あっ!メフィストお兄ちゃん――ぐぇっ!」

 走り寄って来た青年――メフィストにグイっと抱き締められて、エルは変な声を出した。

「――あぁ!心配したんですよ?
 ――2人の任務中に、超悪魔的な書物が見つかったって聞いて……うん?そちらの女の子はどなたです?」
「メ、メフィストお兄ちゃん…苦しいよぉ」

 おっと失礼、と言うメフィストの腕から解放されて、エルは息を整えた。

「……この子は、ドラコーンの森のアイリスだよ。
 アイリス、この僕に負けず劣らずのおっちょこちょいなのは、メフィストお兄ちゃんだよ!こう見えて、文書館科学調査班の研究者なんだ」

 文書館科学調査班――それは、史徒ヒストリアが検閲し持ち帰った書物を、歴史学や言語学などの人文科学、政治学や法律学などの社会科学、生物学や化学などの自然科学、数学、建築学……様々な学術を駆使して、記述内容の検証、歴史背景や著述環境の分析などをする部門だ。

 メフィストはこう見えて、学問全般、万能に秀でた類まれない頭脳の持ち主で、若干16歳ながらも、ここ文書館の科学調査班に所属する研究者の1人だった。
 この文書館内では比較的エルとリアードと年齢が近く、2人とはまるで兄弟のように仲良くしていた。

「そうでしたか!アイリス、君も怪我はありませんか?
 ――それにしても君たち…何でも、超悪魔的な書物に出くわした、とか。専ら噂になっていますよ!
 あぁ、なんて――ぜひ、僕もお目にかかりたい!」

 超悪魔的な書物の何に魅力を感じるのか、メフィストは目をキラキラさせている。

「しかも、その超悪魔的な書物を巡って、と激しい闘いになったとか!
 ――そうそう、この事態になんと聖女帝マリア様が『7つの教会』を招集するそうなんです!」

 これは十字教国始まって以来の、超衝撃的な大事件です!と鼻息荒く興奮気味のメフィストに、サンマルコの書斎で聞いた話はもっと衝撃的だったよ、とは言えない3人だった。

 それにしても…メフィストの話から推測するに、公には『大罪の黙示録』は『超悪魔的な書物』として伝えられ、聖ヨハネウス直筆の罪告白本の存在は伏せられているようだ。反十字教結社のことも、『黒魔術的な秘密結社』とされている。

 メフィストは、声を潜めて3人にこそこそと話を続けた。

「……それに、文書館事務局長が急に辞任されたそうですよ。噂ですけど、事務局長とその秘密結社、裏で繋がっていたって話です。
 ――それにね、ほかにも……」
「――お子様たちが集まって、何の内緒話をしているんだい?僕も仲間に入れてほしいな」

 ふいに、メフィストの頭上…背後から穏やかな声が掛けられた。

「!…うげっ!ルーベルト…様」

 振り返ったメフィストは、自分を見下ろす薄情そうな笑顔を張り付けた男――ルーベルトに、あからさまに嫌そうな顔をした。

 ルーベルト――彼は、序列としてルシフィーの前にあたる、第9番目にあたる史徒ヒストリアだ。
 オルミス族特有のシルバーの髪を後ろに流した、いかにも女性受けのよさそうな(実際によいのだ)整った顔立ちをした、抜け目のない男だ。

「『うげっ』なんて反応されると、傷つくなぁ。ねぇ、メフィスト」

 傷つく、なんて繊細な言葉ほどこの男に似合わないものはない、とメフィストは思う。

「きゅ、急に頭の上から声を掛けてこないで下さいよ!驚くじゃないですか!それに、僕はお子様ではありません!」

 メフィストは、この男――ルーベルトが、苦手なのだ。食えない感じで飄々としたところも、事ある毎にメフィストを子供扱いしてくるところも。何を考えているか分かったものではないし、何といっても小馬鹿にされている感じがするのだ。

「僕からしたら、君も十分お子様だよ。
 それはさておき、お嬢さんがサンマルコ第1史徒ヒストリアが連れ帰ってきた、ドラコーンのアイリスかな?」

 ぷんぷん腹を立てるメフィストを軽くあしらって、ルーベルトはアイリスに声を掛けてきた。

「は、はい!」
「そんなに固くならないで――君とは、仲良くしたいな。アミリア族には興味があるんだ」

 ルーベルトは、大半の女性を一撃で仕留めそうな甘ったるい笑顔をアイリスに向けてきた。

「…?」
「今は分からなくてもいいさ。…それより、向こうでルシフィーが君を探していたよ。文書館内を案内したいって張り切っていた。
 ほら、噂をしたら…だ」

 タタっと軽やかな足音と共に、ルシフィーが息を切らせて駆け寄って来た。

「はぁ、はぁ。探しましたよ、アイリスちゃん。
 もうサンマルコ様のお話は終わったのですよね?そうしたら、文書館内を…女子宿舎を案内しますね!
 ――さあ、ついてきてください!」
「あっ、わわ、ルシフィー様!ま、待って待って!」

 付いていけないアイリスを気にせず、ルシフィーは嬉しそうにアイリスを引っ張って連れて行った――エルやリアードと同い年のアイリスは、ルシフィーにとって妹のように可愛いのだろう。

「ふふ、女子が2人揃うと微笑ましいね。――では、僕も失礼するよ」

 またね、お子様たち、と言い残して、ルーベルトは去っていった。

「もう、まったく!僕はお子様ではないのに!
 ――そうそう、あの野郎のせいで、話が途中でした。僕が言いたかったのはね、文書館内には事務局長のほかにも、秘密結社と繋がっている内通者がいるだろうっていう噂なんですけど、それが僕が思うに…怪しいのは、ルーベルト第9史徒ヒストリアだっていう話なんですよ!」

 メフィストはフンフン鼻息荒く、一層興奮しながら話を続ける。

「ルーベルトお兄ちゃんに限ってそんなこと…。ねぇ、リア?」

 ルーベルトお兄ちゃんは、いいお兄ちゃんだよ?お菓子をくれたり…とエルとリアードは顔を見合わせて、頷きあった。メフィストはとんでもない、という顔をしている。

「あの甘ったるいフェイスに騙されてはダメですよ!
 僕はあの野郎のことは、常日頃怪しいと思っていたんです!やたらと科学調査班の研究室にやってくるし、きっと何かを探っているんですよ!…何かは分かりませんけど。
 ――それに、最近は何やらルシフィー様の周りを嗅ぎまわっているようなんですよ!きっとあの野郎、ルシフィー様のことも、手籠めにするつもりなんですよ!」

 もう、まったく油断も隙もない男です!と、後半は私怨でしかない理由から、メフィストはルーベルトを怪しんでいるようだ。

「……ルシフィーの周り云々は置いといても――なにか探っているのは気になるな」

 リアードは、昨日からずっと、いつも通り言葉少なではあるが、自分なりに考えていた。
 ――エルを、聖カルメア教会で『大罪の黙示録』と『ハコブネ』に出会わせたことの意味は?何がそうさせた?
 そして、サンマルコの書斎で知った真実。
 ――これからやってくるであろう脅威に、エルは耐えられるのか?自分は何ができる?

 まずは、反十字秘密結社『ハコブネ』と、イストランダに…文書館に潜んで、裏で仕組み、操っている人間を探りたいと思っていた。

「今までは実害がありませんでしたから、野郎の怪しい行動にも目を瞑っていましたが……
 君たちが、そしてこの国が危険に晒されている今、あの野郎を放ってはいられません!僕のほうも、いろいろと調べてみますよ」

 任せてください!と人の話も聞かず、空回り気味に意気込んで研究室に戻っていくメフィストの後ろ姿に、リアードは5、6年後のエルの姿を見ていた。

「あぁ、話も聞かずに行っちゃったよ。本当にメフィストお兄ちゃんはすっとこどっこいだよ。
 …はぁ~、いろいろなことがあり過ぎて、僕も疲れちゃった。――リア、僕らも一度、宿舎に戻ろう?」
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