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第1章 商業都市『ベレンツィア』聖カルメア教会 初任務 編

12.書物の魔物① 闇の歴史と歪んだ思想

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「――アイリス、ノームたちに、いくつか質問したいことがあるんだ。お願いできるかい?」

 ノームたちはすっかりアイリスのことがお気に召したのか、その肩に、膝に、手のひらに、とよじ登っている。

「うんっ!やってみる!」
「ノームたちに、この書庫に、強い邪悪な魔力を宿している書物がないか、聞いてみて」
「ノームさんたち、お願い!この書庫のなかに、邪悪な魔力を宿している本は、ありませんか?教えてください」

 アイリスが訊ねると、アイリスの肩に乗った1匹のノームが、アイリスの耳元でこちょこちょと囁いた。

「――うん、うん…。今はないって。だけど……15年くらい前まであったって!
 うん、うん…。それは、とても禍々しい魔力を発していて、書庫のほかの本の聖霊たちは、皆怯えていたって。
 その本は、聖カルメア教会が建てられて間もない頃から書庫に保管されていた本で、題名は……わからないって。
 あまりに恐ろしい魔力が宿っていて、近づくことができなかった、って言っている」

 エルは、15年前というノームの言葉に、考え込んでいる。
 ――ガレリア司祭が聖カルメア教会に赴任した頃だ。

「そ、そんな書物がこの書庫に…!気が付きませんでした…!」

 フーゴ神父が愕然としている。アイリスがノームの言葉を続ける。

「――うん、うん…。その本は、全ての人の前に現れるものではなかった。
 澄んだ心の持ち主には、見つけられない。その本の所有者に相応しい心の持ち主が、聖カルメア教会に現れたとき、本自身が主を選ぶ…って言ってる。
 ――うん、うん…。えっ!その本は、15年前に…」
「ガレリア司祭が、書庫から持ち出したんだね」

 ――書物が、主を選ぶ…聞いたことのない話に、エルは驚きが隠せなかった。

「アイリス、ノームたちに、聖カルメア教会について、ほかに何か知っていることがないか、聞いてほしい。――例えば、聖カルメア教会が建てられるより前のこととか…」

 アイリスは頷き、ノームたちに訊ねた。

「――うん、うん……。ノームたちは、教会が建てられる前から、ここ、ブルワイン川のほとりで、地面に穴を掘って暮らしていたんだって……でも…」

 ノームたちの話では、ブルワイン川西岸に住んでいたノームたちは、聖カルメア教会が建てられるときに、住処を奪われてしまったらしい。
 聖カルメア教会は、聖ヨハネウス十字教国が建国されるに至る『十字教軍戦争』時に、領土拡大の最東端であるブルワイン戦線の要塞として建てられた。
 ブルワイン戦線では、激しい戦いの最前線で、多くの魔獣らーードラゴンやグリフィンなども人間同士の争いに巻き込まれた。

「……魔獣たちは、聖カルメア教会の地下牢に捕らえられて、兵器として前線に立たされていたって…
 ――そういえば、ドラゴンの長老『ドラコーン』も、かつて人間同士の惨い争いに巻き込まれて、多くの同族を亡くしたって言っていた……。
 なんてひどいの…!私、そんなの許せないよ!」

 アイリスが、あまりに酷い歴史に、顔を両手で覆い、目を背けた。

「し、しかし!この聖カルメア教会には、地下牢など、どこにも…」

 フーゴ神父は、50年間聖カルメア教会で暮らしているが、教会に地下階は存在しないはずだという。

「う~ん……、ガレリア司祭の持つ古書と、地下牢……なにか関係がありそうだよ――」

 ノームたちはアイリスをえらく気に入って離れるのを嫌がり、なかなか書物のなかに戻ろうとしない。
 エルが無理やり、出てきたページに押し込めようとしたら、指を噛まれた。

「――っ~!いたたっ…こら、言うこと聞きなさ~い!
 『我が名は神の史徒エル。聖霊よ、書のなかに眠……』――痛ッ!こら~!」
「エル殿、ちびっこの扱いは私に任せてくだされ!ほ~ら、追い詰めましたぞ――
 …あいたたた!こ、腰が…!」

 プンプンと怒るエルと、腰を曲げたフーゴ神父の様子を見て、ノームらが指さしてケラケラと笑っている。

 ◆

 昼の礼拝の鐘が鳴った。仕方がないので、『ブルワインのノーム村』は空っぽのまま、ノームたちもぞろぞろと引き連れて、一同は書庫を後に、聖堂へと向かった。

「――史徒ヒストリアエル様よ、この小人たちは一体?」

 ガレリア司祭と、修道士たちが不思議そうに眺めている。
 ノームらは、一列に並び、見様見真似でお祈りのポーズをとっている。初めての礼拝が面白いのか、互いのポーズを見てクスクスと笑い合っている。

「し~っ!聖堂内では静かに!…ガレリア司祭、お気になさらず。――これも僕らの任務の一環です。さあ、お祈りを続けてください」

 昼の礼拝後、その日の昼食は――チーズのキッシュと、トマトとひよこ豆のスープで、エルは機嫌良く、神に心から感謝して食べた。
 向かいの席では、フーゴ神父が、目を離した隙にキッシュを半分、ノームたち持っていかれ、悲しんでいる。

 食堂を出る際に、エルはフーゴ神父と、畑仕事に戻ろうとするモリリス修道士へ声を掛けた。

「フーゴ神父、モリリス修道士――
 僕たち、ガレリア司祭が書庫から持ち出したっていう――昨晩、祭壇に広げていた書物を探し出す必要があるんです。
 それで、この後、ガレリア司祭の部屋に忍び込もうと思うんです――こっそりと」
「な、なんと、恐れ多いことを!危険ですぞ、エル殿」
「見つかってしまったら…おぉ、神よ!」
「えぇ、見つかったら、危険です。――そこで、フーゴ神父とモリリス修道士。
 ガレリア司祭をなんとか司祭室から遠ざけて、僕たちが司祭室を探る隙を作ってほしいのです」

 ◆

「――ガレリア司祭、ガレリア司祭!大変です!」

 モリリス修道士は、迫真の演技で、ガレリア司祭を呼び止めた。

「どうしたのです、モリリス修道士?」
「――フーゴ神父が…フーゴ神父が、何やら奇怪な行動を…!
 おそらく、悪魔憑きの類です!こっち、こっちです!」

 モリリス修道士は、ガレリア司祭を引っ張って、中庭へと連れ出した。
 中庭では、フーゴ神父が、ブリッジの姿勢のまま、凄まじい勢いで少年修道士たちを追いかけ回している。
「――なんと!あれは紛れもなく、悪魔憑きの症状…!
 モリリス修道士、すぐに悪魔祓いの祈祷を行います。準備を!」

 ガレリア司祭の指示で、皆が悪魔祓いの準備に慌ただしくするなか、エル、リアード、アイリス(とノームら)は、司祭室へと忍び込んだ。

「――エル。あの神父のじいさんも、長くはもたない。早く」
「うん、わかってる。『扉の門番、我らを通せ≪鍵開け(アンロック)≫!』」

 ◆

 司祭室は、昨日と同じく、壁には聖ヨハネウス像に十字架。聖母帝マリア・テレアのステンドグラスから午後の日の光が色彩豊かに入り込んでいた。

 書斎机に、本棚に…数多くの書物の中から、エルは、昨晩ガレリア司祭が広げていた書物の魔力を感じ取ろうと、意識を集中させる
 ――しかし、この部屋の中から、昨晩のような恐ろしい魔力を宿した書物の気配は、感じられなかった。やはり、ガレリア司祭が隠し持っているのだろうか。

「エル!これを見て!」

 アイリスが何かを発見したようだ。アイリスが見つけたのは、本棚に並べられた数々の書物。
 『生物学的優劣性と進化論』、『下等魔獣の生態』、『奴隷生物の労働的価値』ほか数十冊の生物学問書……

「……ガレリア司祭は、かなり偏った思想の持ち主のようだね。魔獣らを私利私欲の犠牲にすることも厭わない――そんな強欲さの持ち主だよ」

「エル。こっちには、教会の図面がある」

 リアードが開けた書斎机の引き出しには、聖カルメア教会が建てられたときに書かれた、教会内の建築構造図が隠されていた。
 そこには、教会内の聖堂、居住棟や食堂、中庭はもちろんであるが、フーゴ神父すら知らない、地下階の所在についても記載されていた。構造図を見るに、地下階へと続く階段は、聖堂の祭壇下に隠されているようだ。

「――なるほど…どうやら、あの書物は、ノームたちが言っていた、聖カルメア教会の暗い闇の歴史に深い関わりがあるものみたいだ。
 そして、書物に宿った魔力は、地下階へと続く扉の鍵のような役割があるようだよ!
 ガレリア司祭は書物に宿った魔力によって手に入れた地下牢に、ドラコーンの森の皆を含め多くの魔獣たちを捕らえて、聖カルメア教会の暗い闇の歴史を繰り返しているのかもしれない…」
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