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第1章 商業都市『ベレンツィア』聖カルメア教会 初任務 編
2.史徒(ヒストリア)のエル
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「はいよ、マンマミートパイとマンマクリームパイだよ。――それにしても、修道士の坊や、今さっきまで、お金がないない!って言っていたけれど……急にどうしたんだい?――それに、さっきまでそんな可愛いガールフレンド連れていたかい?」
おばさん店主がパイを2つ手渡しながら、エルに話しかけてきた。
「僕、お金を落としちゃったかと思っていたら、マントに引っかかっていました。さっきのお代と合わせて銅貨5枚ですね、はい」
◆
2人と1匹は、店先から少し歩いた先の広場のベンチに腰掛けた。パイを2つ手渡された少女は、夢中で齧り付いた。
「ん~っ、おいひぃ~!」
少女のその様子をやれやれと見つめるエルの足元では、やはり我関せずという顔で狼が1匹、そっぽを向いていた。
「あっ、あの!本当にありがとうございます、シスター。神に感謝して、いただきます。――さっきは、ごめんなさい!」
「神はいつでも迷える仔羊の罪を赦すものです。――っていうか、僕、シスターじゃないよ!」
エルは、ぱっと立ち上がり、頭から被ったマントのフードを脱いだ。
星屑を散りばめたようなシルバーの髪は夕日を反射させキラキラと輝き眩しかった。露わになった頬には、金色の六芒星が描かれている。
「僕は、新米『史徒』の、エルです!それと、この狼は、僕の使い魔獣のリアードです!」
得意げに名乗るエルの様子を、少女はぽかんと口を開けて、見つめた。
「わっ、私は、アイリス。ここから遥か東の『ドラコーン』の森から来ました。よろしくお願いします、え~っと…史徒?のエル」
「……アイリス、君もしかして、史徒のこと、知らないのかい?」
リアードの横にしゃがみこんで、黒い立派な毛並みを撫でながら、エルはアイリスと名乗った少女を見上げた。
「…っ!ご、ごめんなさい、ごめんなさい!――私、ずっと森にいて、都市に来たのは初めてで…」
エルはスッと立ち上がり、左手でロザリオへ触れ、右手で魔法の杖を掲げた。
「聞いて驚かないでね!僕、史徒のエルと狼のリアードは、大聖堂都市『イストランダ』から、ここ商業都市『ベレンツィア』へやってきたんだ。
ねぇ、アイリス…君は、『聖ヨハネウス史徒文書館』のことは知っているかい?イストランダにあるその場所は、誰もが知っている聖典から、秘密の魔導書まで――すべての書物の在処…つまり、この世界の真理と叡智が集められた場所だよ!
そこで、書物と、書物の秘めたる魔力が、歴史とともに失われることがないよう、護る役目を担っているのが、僕たち史徒なんだ!」
エルは、イストランダの外で初めて自らを名乗り、フンフンと鼻息荒く得意気だ。その足元でリアードはやれやれと呆れて寝そべっている。
「その――聖ヨハネウス史徒文書館?…っていうところで、書物を護らなくちゃならないエルが、どうして商業都市に?――おつかいかな…?」
「僕は、初任務でここ『ベレンツィア』に来ているんだ。――史徒は10歳になると、国じゅうの書物を『検閲』する任務につくようになる。
聖ヨハネウス十字教国内には、それぞれの地域にたくさんの教会や修道院が存在する。そして、神に祈りを捧げるその場所には、書庫が設けられている。聖ヨハネウス十字教の教えを広く伝えるための聖書の写本や、教会史が記された歴史書なんかが保管されていることが多いよ。
――でも、中には聖人の偉大な魔力を宿した書物や、神の福音が記された書物が発見されることもあるんだ。――そんなすばらしい書物の存在が史徒文書館に報告されれば、僕たち史徒が赴いて『検閲』し、その書物を『正典』として認定し、記録をとって文書館へ持ち帰る。これが1つ目の任務さ。
――その一方で、史徒文書館には、邪悪な書物の報告もあがってくる。悪魔信仰や黒魔術の類が記された魔導書、この世界に数々存在する秘密組織の陰謀を後世に伝える古文書なんかを密かに所持していることもある。それらは、時に国を滅亡させるほどの魔力を秘めていたり、そこに存在することで周囲の人々に邪悪な影響を及ぼしてしまったりするものもあるんだ。――史徒はそれらを『禁書』として認定し、『禁書封印』を施して史徒文書館の『秘密の書庫』に持ち帰る。これが2つ目の任務さ」
アイリスは、聞きなれない言葉の多いエルの話を、何とか理解しようと必死である。
――書物の魔力を護る…書物を封印する…。アイリスは、目の前のエルの姿と史徒の任務を想像してみる。
「あの……エルは――史徒は、魔導士なの?」
「えっと…僕たちは魔導士ってわけではないんだ。
書物ってやつにはいろいろあって、人々の生活に溶け込み親しまれている料理教本や研究の賜物である医学書もあるね。
ほかには、長い歴史を経て、人々に語り継がれるなかで力を宿した聖書のようなものもあれば――例えば、『アブラメリンの聖なる書』のように様々な難解な魔術が記された魔導書、『ゴエティア』のように書物そのものに数体の悪魔を封印しているような古書もある。
――僕たち史徒は、書物に愛されていて、この世界のすべての書物を解読することができ、秘める魔力を借りることができるんだ」
エルは、リアードの元にしゃがみこんだ。
「このリアも、僕がもっと小さい頃に『召喚魔獣―伝説の聖獣編―』で喚び起こしたウルフなんだよ!――ねっ、リア」
エルはリアードをぎゅっと抱きしめ、わしゃわしゃと撫で回した。リアードはエルの腕のなかでもがいている……心から面倒くさそうだ。
エルは話を続ける。
「普通の人は、その人が手にした書物で、その人の解読する力と書物の魔力が共鳴する範囲が、魔力を利用できる範囲なんだけどね。――僕たちは、解読し記憶したすべての書物の力を利用できるのさ!」
――アイリスは、初めて知る史徒という存在に、目をキラキラと輝かせた。
おばさん店主がパイを2つ手渡しながら、エルに話しかけてきた。
「僕、お金を落としちゃったかと思っていたら、マントに引っかかっていました。さっきのお代と合わせて銅貨5枚ですね、はい」
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2人と1匹は、店先から少し歩いた先の広場のベンチに腰掛けた。パイを2つ手渡された少女は、夢中で齧り付いた。
「ん~っ、おいひぃ~!」
少女のその様子をやれやれと見つめるエルの足元では、やはり我関せずという顔で狼が1匹、そっぽを向いていた。
「あっ、あの!本当にありがとうございます、シスター。神に感謝して、いただきます。――さっきは、ごめんなさい!」
「神はいつでも迷える仔羊の罪を赦すものです。――っていうか、僕、シスターじゃないよ!」
エルは、ぱっと立ち上がり、頭から被ったマントのフードを脱いだ。
星屑を散りばめたようなシルバーの髪は夕日を反射させキラキラと輝き眩しかった。露わになった頬には、金色の六芒星が描かれている。
「僕は、新米『史徒』の、エルです!それと、この狼は、僕の使い魔獣のリアードです!」
得意げに名乗るエルの様子を、少女はぽかんと口を開けて、見つめた。
「わっ、私は、アイリス。ここから遥か東の『ドラコーン』の森から来ました。よろしくお願いします、え~っと…史徒?のエル」
「……アイリス、君もしかして、史徒のこと、知らないのかい?」
リアードの横にしゃがみこんで、黒い立派な毛並みを撫でながら、エルはアイリスと名乗った少女を見上げた。
「…っ!ご、ごめんなさい、ごめんなさい!――私、ずっと森にいて、都市に来たのは初めてで…」
エルはスッと立ち上がり、左手でロザリオへ触れ、右手で魔法の杖を掲げた。
「聞いて驚かないでね!僕、史徒のエルと狼のリアードは、大聖堂都市『イストランダ』から、ここ商業都市『ベレンツィア』へやってきたんだ。
ねぇ、アイリス…君は、『聖ヨハネウス史徒文書館』のことは知っているかい?イストランダにあるその場所は、誰もが知っている聖典から、秘密の魔導書まで――すべての書物の在処…つまり、この世界の真理と叡智が集められた場所だよ!
そこで、書物と、書物の秘めたる魔力が、歴史とともに失われることがないよう、護る役目を担っているのが、僕たち史徒なんだ!」
エルは、イストランダの外で初めて自らを名乗り、フンフンと鼻息荒く得意気だ。その足元でリアードはやれやれと呆れて寝そべっている。
「その――聖ヨハネウス史徒文書館?…っていうところで、書物を護らなくちゃならないエルが、どうして商業都市に?――おつかいかな…?」
「僕は、初任務でここ『ベレンツィア』に来ているんだ。――史徒は10歳になると、国じゅうの書物を『検閲』する任務につくようになる。
聖ヨハネウス十字教国内には、それぞれの地域にたくさんの教会や修道院が存在する。そして、神に祈りを捧げるその場所には、書庫が設けられている。聖ヨハネウス十字教の教えを広く伝えるための聖書の写本や、教会史が記された歴史書なんかが保管されていることが多いよ。
――でも、中には聖人の偉大な魔力を宿した書物や、神の福音が記された書物が発見されることもあるんだ。――そんなすばらしい書物の存在が史徒文書館に報告されれば、僕たち史徒が赴いて『検閲』し、その書物を『正典』として認定し、記録をとって文書館へ持ち帰る。これが1つ目の任務さ。
――その一方で、史徒文書館には、邪悪な書物の報告もあがってくる。悪魔信仰や黒魔術の類が記された魔導書、この世界に数々存在する秘密組織の陰謀を後世に伝える古文書なんかを密かに所持していることもある。それらは、時に国を滅亡させるほどの魔力を秘めていたり、そこに存在することで周囲の人々に邪悪な影響を及ぼしてしまったりするものもあるんだ。――史徒はそれらを『禁書』として認定し、『禁書封印』を施して史徒文書館の『秘密の書庫』に持ち帰る。これが2つ目の任務さ」
アイリスは、聞きなれない言葉の多いエルの話を、何とか理解しようと必死である。
――書物の魔力を護る…書物を封印する…。アイリスは、目の前のエルの姿と史徒の任務を想像してみる。
「あの……エルは――史徒は、魔導士なの?」
「えっと…僕たちは魔導士ってわけではないんだ。
書物ってやつにはいろいろあって、人々の生活に溶け込み親しまれている料理教本や研究の賜物である医学書もあるね。
ほかには、長い歴史を経て、人々に語り継がれるなかで力を宿した聖書のようなものもあれば――例えば、『アブラメリンの聖なる書』のように様々な難解な魔術が記された魔導書、『ゴエティア』のように書物そのものに数体の悪魔を封印しているような古書もある。
――僕たち史徒は、書物に愛されていて、この世界のすべての書物を解読することができ、秘める魔力を借りることができるんだ」
エルは、リアードの元にしゃがみこんだ。
「このリアも、僕がもっと小さい頃に『召喚魔獣―伝説の聖獣編―』で喚び起こしたウルフなんだよ!――ねっ、リア」
エルはリアードをぎゅっと抱きしめ、わしゃわしゃと撫で回した。リアードはエルの腕のなかでもがいている……心から面倒くさそうだ。
エルは話を続ける。
「普通の人は、その人が手にした書物で、その人の解読する力と書物の魔力が共鳴する範囲が、魔力を利用できる範囲なんだけどね。――僕たちは、解読し記憶したすべての書物の力を利用できるのさ!」
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